インタビュー16:プロフィール

インタビュー16

診断時:43歳  インタビュー時:46歳(2008年6月)
首都圏在住。2005年、右乳がんの診断で乳房切除術+リンパ節郭清術を受ける。その後、3年間に皮膚、肝臓、骨、脳、胃への転移が見つかり、皮膚転移の切除、化学療法、ホルモン療法、全脳照射、坐骨への放射線療法、痛みの緩和治療を受けてきた。看護師の免許を持ち、医療人材関係の会社に勤務。1人暮らしで在宅勤務を取り入れながら、仕事を続けている。

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FHさん(仮名)が異常に気づいたのは、2005年の春だった。パートナーが「ここに何かある」と右乳房のしこりを発見した。1ヶ月ほど様子を見て、眼科で通院している病院の医師に紹介してもらい、同じ病院の外科を受診した。触診で良性との診断であったが、1ヶ月後、しこりが大きくなってきたような気がして、切除を希望し、もう一度、受診し、マンモグラフィ、エコー、MRIなどの検査を受けた。そのとき看護師より乳腺専門医に主治医を変えるよう勧められたが、がんだと伝えられていなかったので、主治医の変更は希望せず、手術目的で入院日が決まった。手術前日に入院したところ、主治医ではない医師から検査の結果、「がんであった」と告げられた。その上、しこりは2つあり、その間も怪しいものがあるので、乳房切除が必要だと説明された。

良性のしこりを切除する目的で入院した日に、突然のがん告知でショックを受けた。検査に携わった乳腺外科の医師から、一旦仕切りなおすことを勧められたが、仕事の調整などをして入院した経緯もあり、そのまま主治医は変えず、翌日、乳房切除術を受けることにした。

手術後は薬物療法・ホルモン療法を勧められたが、妊娠可能なギリギリの年齢であり、十分な説明もなく迷っているうちに、9ヶ月後、傷口に沿って数珠玉のような皮膚転移が見つかり、切除。その5ヶ月後、再び皮膚と腋窩リンパ節転移し、切除。とうとう治療を受けることを決意し、乳腺専門医に主治医を変えることにした。ちょうど同時期に腫瘍マーカーの上昇が見られ、骨転移と肝転移が見つかった。骨に関しては、少し前から首や腰の痛みを感じていたので、思い当たる節があった。

新しい主治医より「このままだと年を越せないかも」と告げられ、強いショックを受けて、さっそく2006年11月からゾメタとナベルビンによる治療を開始した。抗がん剤の選択は、「安くて吐き気がなくて脱毛がないこと」で選んだ。2007年2月に腫瘍マーカーが再度上昇し、脳転移が見つかり、全脳照射(トータル40グレイ)を受けた。副作用の倦怠感、吐き気、脱毛で、入院が必要となる辛い治療だった。放射線療法中、抗がん剤は一時中止し、ホルモン療法(ノルバデックス内服とゾラデックス注射)を開始した。2007年12月、腫瘍マーカーが上昇、ホルモン剤を変更し(ノルバデックス→フェマーラ、ゾラデックス→リュープリン)、その後、頸部リンパ節転移が見つかり、フェマーラ内服のみ続行し、経口抗がん剤(エンドキサン)を追加した。その後、検査でたまたま胃転移も見つかった。2008年になって足の痛みがあり、坐骨転移に放射線をかけることになり、5月に入院。入院中に、痛みのため、緩和ケア科の医師に診てもらい、痛み止め(ボルタレンSRと鎮痛補助薬ランドセン)を始めると痛みが楽になった。以後、ホルモン療法と抗がん剤治療を続けながら、緩和ケア外来にも通っている。

主治医の選択については振り返ると後悔がある。しかし、周りの人に助けられたと思っている。仕事は医療人材関係の会社に勤務し、在宅勤務を取り入れながら、続けている。これからも体の声を聞きながら、自分に合うことを生活に取り入れて、少し先の目標を持って毎日を過ごしたいと思っている。

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