インタビュー内容テキスト

一月のある晴れた日曜日の朝、兄はガールフレンドを始めてバイクに乗せたい、ということでバイク用の皮ジャンを借りに来ました。
その時は20分位話をしたのかしら。兄は私のパートナーと、マシューのガールフレンドのために無理のないバイクコースはどこかなどについて話し合っていました。それで、私は皮ジャンを貸しました。その後、兄はすぐに出かけていきましたね。
車を走らせた兄は、家の前を通るとき、いつものように私に変な顔を作っていったことを今でもはっきりと覚えているわ。 朝はそんな感じだったのよ。そして、その夜ね、夕食が終わった時頃だったわ。私はお風呂に入っていたの。電話が鳴って・・・。私のパートナーが父と話したんだけど、兄が交通事故にあった、それか、あったんじゃないかと言われているって告げられたのよ。それと、警察が母の所にいて、別居している父の元へ車をもう一台出している、と言われたわ。
父の住む所は私の所からそう遠くありません。私のパートナーはお風呂から私を呼び出し、何がおこったのか話してくれました。私はすぐに母に電話をしてマシューのいるかもしれない病院へ行かなければいけない、と伝えました。
その時、警察官はすぐに動いてくれました。誰がお父さんや私を迎えに来るか、などを素早く手配してくれました。そして、30マイルほど離れたところにある病院へと、私と父をできるだけ早く送ってくれました。父と車に乗っていて、とても奇妙なドライブでした。
ほとんど誰も言葉を交わしませんでした。何といったら良いかのか分からなかったのでしょう。帰宅する前に母には話しました。そして、母はその時、「本当な訳ないわ」と言っていました。母が言ったことなんか忘れていたのですけど、今回のインタビューについて一緒に話しているうちに母が思い出させてくれました。「そうよ、もちろん本当な訳ないわ」って、私も否定したことを覚えています。
でも、本当は分かっていたんです。なぜだか分からないけど、マシューだと、兄のことだと、聞いた瞬間すぐに分かったんです。
そして、もう二度と兄に会うことはできない。そして、私たちは病院へ到着しました。そこら辺の記憶ははっきりしてないんですけれど。母とあった時、皆ショックだったことは確かです。とにかく警察官の指示に従いました。病院の救急病棟の廊下を歩いていました。日曜日の夜だったので、結構混んでいましたね。
病院内の静かなチャペルに行くと、永遠と感じるような長さ、人々から色々なことの説明を受けました。法律的にも沢山やることがあって、その人々は皆、私たちを助けようとしてくれていたことは分かるのですが、辛い時間でしたね。
私たち家族が知りたかったことは本当にこの一つだけでした。本当にマシューなのか、という事実だけです。 そして・・・

頭の中でお兄さんの死を受け止める準備ができなかったのでしょうか。

頭の中の準備は出来ていたんですけれども。死亡したのがマシューだと確認されていませんでしたし、誰もまだ彼を見ていませんでしたからね。

その後はどうなりましたか?その時、何かを感じましたか?

はい、感じたと思います。ショックはありませしたが、私の場合、すぐに現実だと分かりました。電話を受けた瞬間、すでにそう感じていたと思います。だから、すぐに分かりました。私にもうお兄さんはいない、ということをね。

お気の毒です

でも、その人と一生会えないという事実は、とても大きくて、切なくて、理解不能なことで、ある時、どこかでこの話題についての討論を読んだんですけれども、これは少しずつにじり寄るというかちらっと見て、後ずさりする、というかそのような状態で向き合っていくべきものだと書いてありました・・・。
そのことについてずっと考えていることはできないんですよね。してはいけないというか。だから、次の数日は本当に奇妙でした。なぜ、世界がいつものように循環していて、人々はいつも通り仕事に行き、車に乗っているのかを理解できずにいる自分と、「仕事を何日か休ませて下さい」と普通に電話を入れる自分がいる。そして、家族をいかに支えていくか、ベストを尽くして。まあ、母と父とパートナーとですけれども。本当にみんなで良く協力してくれました。そしてある時には、兄について語り合って、どれだけ私にとって大切な人だったかなど、もちろん私の兄ですからね・・・。
私の兄は、いつも物事の良い方に着目しました。そして、いつでも冗談を言って私を笑わせてくれました。 この話をした時は、みんなでゲラゲラ笑っていましたね。

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