インタビュー内容テキスト

その後、奥さんの顔を見る機会はありましたか。

はい、事故の2日後、身元確認のために、病院の遺体安置所に行かなければなりませんでした。警察の連絡係の方が、私と私の姉、そしてステフの父母、そしてステフの二人の姉妹を連れて行ってくれました。私が正式な身元確認をするために先に警察に行きました。それまで遺体安置所に行ったことはありませんでした。初めに病院の待合室のような小さな部屋に通されました。すると、警察の連絡係の方に、妻の顔にいくつかあざがある、と言われました。私はこれからどんな姿の妻を見るのか、と全く想像がつきませんでした。部屋に入ると、妻は首までは覆われ、左手だけがシーツから出されていました。私が彼女の手を握ることができるように配慮してくださったんです。
あれが軽いあざというものならば、重症のあざやケガは絶対に見たくないと思いました。私の姉も、「本当にステフなの?」と尋ねたほどの形相でした。姉は、ステフが死に至るまで本当にひどく打ちつけられたことを思い知ったようでした。この時の記憶は定かではないですが、何となく、彼女の口は開いたままで、目の周りは縫われ、口から鼻にかけては黒と青色に変色していたことを覚えています。事故の時、タイヤが彼女の顔の上を通ったのでしょう。しっかりとステフの手を握り締めましたが、彼女の冷たさにまたショックを受けました。

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