投稿者「dipex-j」のアーカイブ

英国人の乳がんの語り

再発の恐怖は中々頭から離れない

一旦治療が終ったら普通の生活がまた始まると思います。そして、普通の生活、ふだんの日常がもどってくるのね。もちろん気がかりもあります、心配なのです。
それで、いつもいつも自分の体をチェックしてばかりです。時にはやり過ぎだと思うこともあります。頭から離れることはありません。「おや、ここにしこりがある」と思ったり・・・もちろん、しこりではありません。でも、本当に心配なのです。心配しなくなるなんてないと思いますよ、がんが戻ってくるのじゃないかと。

英国人の乳がんの語り

再発の恐怖があり、定期検診を受けることが不安になる

どこかに、ガンが、ひょっこりできているのではと本当に恐れていました。ですから、自分の体について本当にまた知る必要があったのです。もう一度、自分の体に対する自信をつける必要が本当にあったのです。最初の数年は特に精神的に参っていました。頭痛がするといつも脳腫瘍ができたと思い込み、お腹に痛みがあれば肝ガンに違いないと考えました。
特に最初の頃は、次の検診までの日々を過ごすのがとても辛かったものです。検診の直前にはとても怯えました。前回の検診の時にはガンができていて、医師たちがそれを見落としたかもしれないと思ったのです。検診の直後も、次の検診まで丸々1年も待たなければならないけど、どこかに医者が見落としたガンがあるかもしれないと本当に怖がったものです。でも時が経つにつれて、自転車に乗っているように、自分の体にも自信がついてきました。

英国人の乳がんの語り

徐々に元の自分に戻りつつあることを説明している

私が言いたいことは、やっと先週になって、いい気分になり始めたっていうことなの。そう、もっとよくなるに違いない、かならずもっとよくなっていくわ。心配事がすべてなくなるだろうと思っているわけじゃないんだけれど。心配事がなくなることはないわね。私は常にどこかに痛みを感じることになるのだろうし、今までそうしてきたように「何でもない」と思うか、「そのうち何ともなくなるわ」と思うだろうし、健康という観点から見れば、すべてのことが、今まで私が考えていたよりも大きなことになってくるでしょう。
だけど私は必ず本来の自分自身を取り戻すことができると思うの。だって、以前の感じ方とは違ってきているから。バドミントンを始めたし、この前は求職の面接にも行ってきた。それで、私は私自身の生活を少しづつ取り戻してきていると感じているの。

英国人の乳がんの語り

がん転移の診断によって生じた将来への不安を話している

これからのことについて言えば、どうなっていくのかまったくわかりません。1ヶ月後に、また病院に行って経過を見るための検査だけをしてもらうことになっています。骨に転移したがんは治りません。それはある意味では理解できます。がんはここにあるんですから。医師たちはコントロールして、これ以上広がらないようにするんだ、というんですが、(この先のことは)誰も私にはっきりとは言ってくれません。たぶん彼らにもわからないんでしょうね。私が再び、まったく普通に歩けるようになるのか、それとももっと悪いことになって、最終的にはがんで死ぬことになるのか。ある意味、私はとても前向きに考えています。アリミデックスは確かに効いてる感じがしてますから。自分では、楽になっている感じがします。歩くのも、椅子から立ち上がるのも楽になっています。自分の中ではいろんなことが楽になっています。みなそれぞれ違うと思うんですよね。がんの種類もできる場所も、治療に対する反応も人それぞれですよね。ひとりひとり違うんで、エンジンの歯車の歯を1つ抜き取って、また戻して付ける、というようなわけにはいかないでしょう? みんな違うんです。ですから、今は調子がいいいけど、これからどうなるのかはわからないのが不安ですね。

英国人の乳がんの語り

サポートグループへの参加は、病気とうまくつきあっていくのに役立っただけでなく、生活全般の質を高めてくれた

手術を受けたあと家に戻り、半年後に転移の恐怖が襲ってきました。精神的にひどく落ち込み、憂鬱でした。まるで自分が癌にコントロールされているかのように感じました。結局、抗うつ剤を使うことになりました。だって座っていたと思ったら次の瞬間、突然泣き出していたのですから。
でもサポートグループとデイセンターの助けで私の人生は変わりました。
話し相手が必要なのです。誰かに話せば、乳癌と戦っているのは自分だけではないということが分かるからです。毎日何千人もの女性たちが戦っているのです。
この前私は、「乳癌を最高だと思っている」と言いました。ばかばかしく聞こえますが、でもこれこそが私に起きた最高の出来事なのです。なぜって、それがあったからこそ実際に今、みんなと出会い、社会生活を送っているのですから。
私の人生は以前とまったく変わりました。乳癌になる前と全く違っています。

英国人の乳がんの語り

他の患者とのあいだで感じられた姉妹のような絆について話している

私は他の女性たちから多くの助けを得ました。世の中には実にたくさんの勇敢でとても素晴らしい女性たちがいるのですね。本当に、乳がんは患者を成長させることになると思うの。そう言うのは本当はおかしいのかもしれないけれど、私は他の女性たちと姉妹のような絆をすごく感じたのです。
既に乳がんにかかったひと、いま乳がんになったひと、そんな女性たちの間に、こんなに良い感情が生まれ、お互いに連帯し、おたがいを気遣う、それはとても、とても素晴らしいことだと思いますよ。
たとえば、外出して乳がんにかかっている知り合いと会うとします。「お加減はいかが?」「私は元気よ。あなたはどう?」「元気よ」「次はいつ行くの?」「あら、もう行かなくちゃ。」 これは本当の仲間意識でとても快いものなの。素敵な親密感ね。(乳がんになったから知り合ったわけで)すごく良いことがご縁で生じたことじゃないのだけれど、でもやはりある種の親密感だわ。これで話はおしまい。

英国人の乳がんの語り

病院の看護師から受けた支援や励ましについて説明している

ある朝私は保健医療センターに行きました。一人の素敵な看護師さんが私の名前を「××さん」って呼んだの。彼女は私の傷に包帯を巻いただけではなくて、元気づけてくれたの。
彼女は私に何でも話してくれて、気持ちの持ち方や、私が落ち込んで疲れたと感じても気にしないことって言ってくれたの。だって、私は家事に疲れていたから。
そうしたら彼女はこう言ったの、“そうね、あなたはそれ(家事)をするつもりはないんだとだけ言えばいいのよ”って。そう、彼女はものすごく素晴らしい人だったの。そして今では私は彼女に会うたびに、そのときのことを思い出すの。だって、彼女は私を本当に助けて、励ましてくれたたった一人の人だったから。彼女に会うのがいつも嬉しかったわ。(結局は、家事をしてもらうために看護師にきてもらうことにしたのです)

英国人の乳がんの語り

乳がんに向き合うために、カトリックの信仰がどれほど役立ったか説明している

1日中調子のいい日もあるんですよ。大丈夫だと思えて、自由で幸せな気分がするんです。ところが次の日には、気持ちが逆戻りしてしまって。「ああ私はがんなんだ」って。
「ああ神様、なぜ私のこのがんが消えてしまわないんでしょう」と思うんです。でも、これが人生なんですね。向き合って生きていかなければなりません。

――では、調子のよくない日はどのように乗り切ったのですか?

お祈りをしたり聖書を読んだりしました。私はカトリックで、教会からもらう小さな本が何冊かあるんです。それを読んで、ロザリオのお祈りを唱えます。ロザリオのお祈りを病院の行き帰りに唱えることもありました。お祈りをすると心が安らかになります。他の方はどうかわかりませんが、私の場合は、お祈りをすると緊張がほぐれてリラックスできるんですよ。
手術の前には、前日に、聖餐をいただきました。それで心の準備ができたんです。どんなことが起こっても大丈夫と、覚悟がきまりました。うまくいって、神に感謝しています。

英国人の乳がんの語り

神への信仰がどのように病気のあいだ自分を助けたか説明している

私は根っからのクリスチャンだから、もちろんお祈りをしたわ。だけど、治りますように、とかそういうことを祈りはしなかったわ。ただ、これを乗り越えられるように、神の安らぎを願ったわ。ただ安らぎがほしかったの。正直どんな宗教であれ、信仰がないと、こんなこと乗り越えられないんじゃないかと思うのよ。私自身は熱心なクリスチャンだけど。
人生最悪の時でも神様はそこにいてくれたわ。だから話しかけることができた。神様に頼ることができたの。聖書を読んでいた時、その中の言葉が私の目に止まったの。何百回も読んだはずの聖書の言葉が、初めて読んだかのように私の胸に飛び込んできたのよ、神の約束の言葉が。「我、汝を去らず、汝を捨てず。汝には明日あり。汝に計画を与えん。」他にもいろいろな言葉がね。私を励まし続けてくれたのは信仰であり、みんなのお祈りのおかげよ。化学療法に行くときは、みんなそのことを知っていたから。それはもう、身体的な感覚と言ってもいいくらいよ。祈りを捧げているとき、気持ちが高まるわ。

英国人の乳がんの語り

病気のあいだ、ずっと支えてくれた友人のひとりと親密になった

間違いなく、誰が本当の友達かわかるようになる。ええ、少なくとも私は確かに自分の友だちが誰だかわかったわね。
中には病気のおかげで、より親しくなった人もいる。特にずっとそばにいてくれた友人とは絆が深まったわ。彼女は私にとってぴったりの人で、大騒ぎすることもなかったし、私を病人扱いすることもなく、かといって元気を出すよう無理強いすることもなかったの。
そして私たちは、外出したり一緒にいろんなことをしたわ。つらいこともほとんどは、いいえ、すべて一緒に乗り越えてくれた。