投稿者「dipex-j」のアーカイブ

英国人の乳がんの語り

自分は補正用パッドに満足していたので再建術は望まなかった

望めば乳房の再建術をしてくれたかって?いいえ、それに私は望んでいなかった。病院ではシリコンのブラ補正用パッドをくれたわ、私のブラを調整するから、ブラがパッドに合うかをみるから病院に来るように言われたわ。だからとても快適に使っているの。補正用パッドを着けているのを時々忘れてしまうぐらいにね。

英国人の乳がんの語り

なぜ乳房再建術を選択しなかったかを述べている

たとえ泳ぎに行ったとしても、専用の水着を着なければなりません。自分の胸があることと同じことではないのです。そして医師が、新しい乳房をつけたいかどうか、私に訊ねてきました。私はnoと答えました。その手術は最悪だからと拒否しました。あまりにも大変だから、拒否しました。

英国人の乳がんの語り

再建術を望む理由を述べている

――手術の後、乳房再建術を勧められましたか?

ええ、もし再建を望むとしても、2,3年たってからになると言われました。
私は再建術は受けないと決めていたんです。でも今は、これを(人工乳房を指して)左側に着けて時間がたってみると、一生着け続けるにはちょっと重くなってきました。なので2,3年したら、再建術を受けられるかどうか確かめてみようと思います。先生方には大丈夫だろうと言われていますけれどね。

――2,3年のうちには再建術を受けたいのですね?

ええ、よく考えてみたんですが、受けたいと思っています。

英国人の乳がんの語り

なぜ乳房再建術を受けたいのか説明している

最初は「よし、手術しよう」と思ったのだけれど、後になって、「やっぱりやらない。」と思いなおしたりしたわ。なんだか虚しさがこみあげてきたの。「私はただ、虚栄心だけで手術を受けようとしている」ように思えてきたの。私は活動的な人間なの。とてもスポーツ好きなのよ。だから、「本当は欲しくない。偽のおっぱいなんか。ブラジャーにいつも偽物が詰まっているなんて。」と思ったの。だけど不便なの。要するにそれが再建術を受ける理由。とにかく不便なの。それが主な理由。それから虚栄心も明らかに理由の一つね。だってなんでも着られる訳じゃない。着る服を考えて選ばなければならないの。胸が開きすぎているものはだめだし、Tシャツの上にスリーブを羽織るなんて。ここの天気は暑くなるのに。だから、Tシャツを着てみて、確かめなくちゃならなかったわ。「腕の下の傷は見えるかしら。とか、ブラジャーは見えてないかしら。」とかね。今思い返してみると笑えるけど、その時は大まじめだったわ。とっても。だから、「やっぱり手術を受けなきゃ。」と思ったの。だけど再建術を受けるには、6ヶ月も順番待ちしなくちゃならないって言われたわ。

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なぜ自分が2回の乳房再建術を受けなければならなかったのかを説明している

驚いたのは、お腹から組織を採ってそれを内側で持ち上げてきて乳房を再建するということなんだけど、それは座った姿勢、つまり、足をあげ、膝も持ち上げた姿勢でベッドに三日間横たわっていなければならないということなんです。それがかなり窮屈でした。でも、ベッドから出てしまえば大丈夫でしたのでそれはよかったですが、その後、あまりうまく行かなかったのかもしれないと感じ始めました。というのは乳房が信じられないくらい真っ青になっていたのです。今ではそれが壊死だったのだと分かりますが、その時は知りませんでした。医師たちはなんとかしようと全力を注いでやってくれたと認めなければならないのですが、それは無駄に終りました。腹直筋皮弁法を行なった形成外科医が、広背筋皮弁法を行ないました。そして胸側は大丈夫でしたが、残念ながら背中は切り開かれて大きなくぼみが残りました。その時実際には、4週間ほど共同病室にいたのですが、それは乳房切除手術の時より長くなりました。背中は縫い合わされ、それでその段階の手術は終りでした。その後フルタイムで仕事をしながら、9月に予定された最後の手術を心待ちにしていました。それから、私はベッカータイプのインプラントを入れるつもりだったので、それはそのための手術で、シリコンを入れたくない私にとってまた妥協しなければならないことになりました。それは体内に埋め込む人工乳房で、中に生理食塩水を満たす方法です。取り出すための別の手術を受ける必要もなく、ティッシュエキスパンダー(組織拡張)兼用の人工乳房なのです。広背筋皮弁法を施した医師が、この手術も行いました。残念なことにその医師が入れた位置が良くなかった。だから拡張しようとすると、こちらにはひろがらないで、別の方向に引っ張られてしまうのです。それはものすごく痛かったです。結局、○○(医師の名前)に会ってそのことを伝え、彼はもう少し拡張すればよくなるのでやってみようと言って、出来る限り拡げようとしたのだけれど、結局は入れた位置が悪かったことを彼も認めました。取り出すよりほかに方法はありませんでした。それでその医師はそれを取り出して、従来型のティッシュエキスパンダーを入れて再度組織を拡張した後で、それを取り出してシリコン製人工乳房を入れました。結局、私は一通りのやり方全てを経験したことになります。またそれをやってみるかどうかはわかりません。私のことだから、多分またやるでしょう。腹直筋皮弁法をまたやってみたいのです。というのは、取り除かれた部分を再建するために自分の体の一部を使う、というのがとてもすばらしい考えだと思うのです。

英国人の乳がんの語り

乳房再建術を受け、次に乳頭の再建も検討している

パジェット病だと診断され、その時に、完全に乳房を切除しなくてはならないだろうと言われました。切除術について不安はありませんでした。私の場合、それでガンを取り除いてしまえると思いましたから。でも、担当医が「乳房の再建も可能ですよ」と教えてくれました。乳房切除術を受ける際に、同時に再建術を受けられるというのです。
とにかく、説明によれば、私の背中の左側から筋肉を取って胸を再建するという手術とのことでした。それと人工乳房も利用すてば、もう片方の健康な乳房と同じサイズにすることができるというのです。手術後、受けてよかったと思いました。その後聞いたのですが、乳房再建術後数週間にわたり、まず挿入した人工器官を膨らませてもう片方の胸と同じサイズにし、それから乳頭も再建するということでした。乳頭再建術の方は、最初の手術後6~8ヶ月経ってから受けられます。また外来患者として病院に来なくてはなりません。

英国人の乳がんの語り

乳房切除術と乳房再建術を同時に受けた

目覚めると、このあたり(胸を指して)から背中にかけて手術で縫った跡があるのはともかく、問題は激しい痛みを感じることでした。上半身を起こしていても、うつぶせになっても、仰向けになっても、いずれにしても痛いの。横向きには寝られるけど、身体が動いてしまう。ですから、痛みがこないように枕を抱えてただじっと動かずにいるようにしました。
手術が終わってみると、全てが終わったという、ある種の多幸感につつまれましたね。乳房は除去されて,そこには新しく再建されたおっぱいがあり、それはいままでにみたこともないものでしたけど、特に怖いというような感情はありませんでした。奇跡みたいな気がしましたね。
とにかく素晴らしいと思いましたよ。もともと私の乳房は小さいほうではなく、Dカップだったと思いますが、背中側から色んなものをもってきて、ずっと縫合して、ここに塊をつくってくれました。きれいに縫合してくれたおかげで私はこの辺まで開いているドレスやビキニの水着を着ることができるのです.
背中には傷跡があって、腕を持ち上げるとみえてしまうから憂鬱なんだけど、でもほんとに奇跡みたいだわ、違和感を感じないですもの。本物みたいに見えるっていうわけじゃないの。だって乳首はないのだから。でも、ブラでカバーしてしまえば、外から見た限りでは、その違いは一切分からないわ。
もちろん私にとっては,元通り完璧になれたって感じで、とても運が良かったのよ.喪失感はぜんぜんない、こんな素晴らしい新しい乳房が再建されたのですから。

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20 年以上前に受けた乳房再建術はとてもうまくいった

再建手術をうけて23年になるけれど、何も問題はなかった。私は乳房再建で23年もの素晴しい年月繕っていると言えます。当時、再建術が始められた初期の手術を受けたわけだけれど、現在ではかなり精巧な手術になっているのよ。今は背中の広背筋を切除、分割して、移植するの。腹部の皮膚を移植する方法や、拡張器で膨らます方法もあると言うわ。これらの3つの方法は全部違うもので、私が受けた再建手術も、これらとはまったく異なったものだったけど、でも、とてもうまくいったことは言っておくわ。私の乳房再建手術は素晴しいものでしたから、本当にこのとおり。どこかで再建乳房の写真も撮ってくれたし、ほら、そこにあるけど・・・本当に最高に素晴しいものだったの。

英国人の乳がんの語り

深刻な副作用の経験と、なぜそれ以上化学療法を続けなかったのかについて述べている

とにかく、私は化学療法を受ければなりませんでした。化学療法は、とてもとても辛い経験でした。本当に辛い経験だった。いつも気分が悪くて、始終むくんだ感じで、なんていうか、膨張感があった。そして視力までもぼやけた感じがしてきました。私の視力はかなりぼんやりとしていきました。最初のうちはそんなに悪くはなかったけど、2日目、3回目と…とにかくとっても辛い経験だった。それによく熱が出て、ひどい副作用でした。化学療法の半分が済んで、医師たちが放射線治療をすすめてきました。化学療法はとても辛かったから、私は安心しました。そして半年後に、医師は化学療法のあと半分をやるべきだと言ってきました。でも私は拒否しました。
「先生、私は何が起っても、もう化学療法はやりたくありません。あとは神様に委ねます、いいでしょう?」と私は言いました。だから化学療法はやりませんでした。医師は「分かりましたよ、あなたの判断に任せます」と言いました。私は、「再発がないかどうか、どうして分かるって言えるんでしょう?たった1個の細胞だって100万個に増えるんでしょう?」と言いました。「更に化学療法を続けたら大丈夫なんて、何を根拠に言えるのかしら?」と。だって、そうでしょう?医師は私に判断を委ねました。医師は、私次第だと。「もしこれ以上化学療法をやりたくなかったらいいですよ」と言いました。私はやりませんでした。

英国人の乳がんの語り

化学療法のために落ち着かない気持ちになったと述べている

自分の体をどう扱ったらいいか分かりません。自分がそこにいないような感じです。横になっていればいいのかどうか。私は横になっていることが多かった。横になっていて起き上がらなければならなっかり・・・、座ろうとしても座れなかったり・・、歩き回ったり・・。2、3日は何をしていいのか分かりませんでした。こう言っているのは私だけではありません。他の方達からもの同じように感じたと聞いています。でも、数日後にはこんな感じも消えていき、まあ普通の状態に戻ります。