診断時:58歳
インタビュー時:59歳

2000年に乳がんの診断。乳房切除術、化学療法、放射線療法、タモキシフェン投与。

語りの内容

それから上の階の病棟へ戻りました。すると外科医たちが私を待っていました。彼らは、私に準備はいいかどうかを尋ねて、これからどういうことをするのか説明しようとしたんです。だから、私は言ったんですよ。「先生方は、自分のやるべきことをしてください。私は私のやるべきことをやりますから」って。医者はがんを取り去るわけだから、取ってくれればそれでいいんです。あなたたちがこれからどんなことをするのか、前もって知っておきたいなんて、思わないんですからってね。
先生に「本当にいいんですか?」と聞かれて、私は「はい、本当にいいんです。知りたくないですよ。目が覚めたら、もうがんはなくなっているということがわかればいいんですから」と答えました。それから先生方は私を下の階へ連れて行きました。そこで麻酔薬の注射とガス麻酔をしてねむってしまって。そして目が覚めたときには回復室(リカバリールーム)にいました。
そこでは、子供たちが側で私が目を覚ますのを待っていてくれました。そして子供たちが私を病棟へ連れて来てくれたのです。
痛みはまったく感じませんでしたが、翌日になると痛みがあって、体操を始めました。乳がんの手術をした従姉妹がいて、体操が載っているリーフレットを送ってくれたんです。それで、ほんとに手術の翌朝から体操を始めました。理学療法士の女性が入って来た時には、私はもう起き上がって腕を上げたり下げたりしていました。彼女は「まあ、すばらしいですね」と言いましたよ。あれはおかしかったですね。
孫たちがお見舞いに来てくれて、息子の嫁たちも、家族のみんなですよ。家族みんなが来てくれました。

私は: です。

(アンケート結果の扱いについては個人情報の取り扱いについてをご覧ください。)

認定 NPO 法人「健康と病いの語りディペックス・ジャパン」では、一緒に活動をしてくださる方
寄付という形で活動をご支援くださる方を常時大募集しています。

ご支援
ご協力ください

モジュール一覧