投稿者「dipex-j」のアーカイブ

乳がんの語り

持病があったので入院して放射線療法を受けた。持病の影響で肌がただれやすくとても痛かったが、ステロイドの塗り薬で治療をやりとおすことができた(テキストのみ)

その後、まあ、あの、傷口が落ち着いたあとに、わたしは、放射線治療を、したんですね。で、放射線治療も、一応、25回、50グレイやったんですけど。それで、追加照射もなく、普通に、まあ、50で終わったんですが。わたしは、皮膚が少し、弱くて、放射線を照射したときに、照射したかたちに、ものすごい日焼けというか、黒くなってしまって、それが、ちょっとただれてしまったんですね。で、そのときに、やっぱり、乳房の色に合わせてこう焼けてくるので、非常にもう痛くて痛くて、もう、放射線をやるたびにもう涙が出て、そのまま、その足で家まで帰ってしまおうと思うぐらい――わたしは、入院して治療を受けたんですけど――ひどかったですね。
それで、毎回看護師さんに、冷やしていただいて、それで、下着もつけられない状態でしたから、それを見かねた、がんのお友達のそのまたお友達が、がん友さんのお友達なんですが、下着を作ってくれたんです。胸が、こう当たらない下着ですね。それを、その2枚作ってくださって、それをつけながら、放射線治療に通って。そして、やっぱり、さらにただれてきちゃうんですけど、「やめる? どうする? やめる?」って先生に言われたんですが、でも、やっぱり、ちょっと不安なので、「やります」っていうことで、やりとおしたんですが。そのときに、先生から、ステロイドを出していただいたんですが。ステロイドの塗り方をものすごく丁寧に教えていただいて。あの、乳房のところを、指でこう広げて、きれいにその間に塗るんですね。で、そうすることで、乳房が平らになるので、照射が当たるところが痛くないっていうことで、先生に教えていただいたんですね。で、それを、「ちょっと量が多いんだけど、朝晩塗ってごらん」って言われて。で、塗って、照射する前にもまた塗って。そうしましたら痛みが消えてきたんです。だから、やっぱり、先生に伺ってよかったなと思って。

乳がんの語り

抗がん剤で髪が抜けるときは頭皮に痛みがあった。処理が嫌だったので、髪の毛は剃ってしまい、かつらは被らず、帽子で過ごした(テキストのみ)

髪の毛抜けてくるときに、痛いんですね。するっと抜けるテレビドラマとは違って、ものすごく痛くて、ちりちりしてくるというか、ちょっと表現がしづらいんですけど。髪を縛ったまま眠ってしまって、翌日それを取るとるのに痛いという状態ありますね、ああいう感じが、もう、ずうっと全部の頭皮にありまして、やっぱり、これはもう駄目だなということで。白血球が上がったときに、看護師さんにお願いして、床屋さんの予約を入れていただいて、大学病院の1階にあるんですけど、そこで、頭を丸めたんですけど。もう、これしかないと思って。周囲に不愉快に思われるのも嫌だし、自分ももう何か髪をとるのが日課になるのが嫌だったので。わたしの場合は剃ってしまいました。で、かつらは、かぶりませんでした。帽子をかぶって過していました。

乳がんの語り

一回目の抗がん剤治療で、白血球が減り、感染症を起こしてしまった。その原因は抜歯予定の親知らずだった(テキストのみ)

抗がん剤で入院したんですけれど。まあ、準備がよかったのか、事なきを得て、1度目の抗がん剤が終わり帰ろうと退院しょうかと思った矢先に、白血球が、激減しまして。結局、ノイトロジンという薬を打って、白血球を少し上げながら、いったん家に戻るんですが。それから、もう、副作用…副作用というよりも、高熱が出まして、感染症をおこしてしまったみたいで。親知らずがあったんですね。そこから感染症を起こしまして、親知らずは、気になっていたので抜いておけばよかった。ずうっと、もう、それは後悔しますけど。「体の弱いところに出るのよ」っていうことで。結局、もう、意識が、もうろうとしてしまいまして、何とか病院に通院したんですけど、それでも、熱が全然下がらなくって、白血球が、上がってこない状態で。かなり白血球が激減してしまいまして。結局、深夜に、緊急入院をして、隔離されてしまったんですね。
それで、もう熱にうなされて。がんで死ぬんじゃなくて、抗がん剤の副作用でわたしは死ぬ、死ぬのかなっていうことちょっと不安に思ったんですけど。でも、とりあえず、やれることだけやっていただいて、回復するんだったら、回復するのを待てばいいっていうことで。そしたら、翌日の先生方が、たくさん来てくださって、いろんな検査をしてくださって。で、まあ、しばらくしたら落ちついてきたので。まあ、「原因は親知らずです」っていうことで。「親知らずを抜いてからじゃないと、次の抗がん剤をできないんだけれども、白血球が下がっているので、抜けません」っていうことで。結局、まあ、個室に入ってしばらく、療養しながら、白血球が上がるのを待って。それから、状態がよく安定したので、親知らずを抜いて。で、抜いてから、また、しばらく落ち着くまで入院してということで、落ち着いたんで、2度目の、今度、抗がん剤をやったんですね。

乳がんの語り

抗がん剤の点滴が終わってまもなく吐き気が襲ってきたが、吐き気止めを飲むと楽になった。同病の仲間に聞いたキリンレモンでげっぷを出すとすっきりした(テキストのみ)

抗がん剤の吐き気っていうのは、ほんとに何か、普通の吐き気とはちょっと違いまして。結構、何ていうんでしょう。こみあげてくるというか、一気に来るんですね。で、そのときに、わたし、一番最初のときなんかは、もう、吐く寸前、ものすごい勢いで吐く状態だったので、ごみ箱に顔を突っ込みまして、そのとき、よく吐くときに、出してくださる、嘔吐のときののう盆ってあると思うんですけど、のう盆が周りになかったんですね。まだ、抗がん剤入れたばかりだったので。点滴を終わって、もうまもなくですね、一瞬にして、もう吐き気がおそってきて。全部もう、出ちゃったんですけど、ごみ箱があったので、粗相しなくてよかったってそんなことばかり考えながら、だから、「ああ、これが、抗がん剤の苦しさなんだな」っていうのは感じました。でも、制吐剤といって、吐き気止めを、飲むことで、とても、楽になったので、まあ、ずっとムカムカはしているんですけど、そんなに自分の中で、気を紛らわしたりしながら、過ごすことができたので。それは、大丈夫だったんですね。
で、やっぱり、そのがん友さんって、とても助けになって、こう、気持ち悪いときはキリンレモンがいいということで、炭酸のドリンクをたくさん買ってきてくださって。それを飲むと、げぶっと出るとすっきりするんですね。で、それを、結構みんな受け継いで、「これがいいよ」っていうので、みんな炭酸をそのときとばかり飲んで、すっきりさせて、それで、ほんとに周りの人に助けてもらいながら、日々過ごしていきました。

乳がんの語り

乳房温存後、水がたまるくらいのくぼみができたが、この病気があったから今の自分がいると言うことを忘れないために、あえて再建はしないことにした(テキストのみ)

えーと、最初に診ていただいたときには、2.6っていうお話だったんですね。2.6センチ。まあ、わたしの胸の大きさからすると、2.6センチは非常に大きくって。まあ、ほかの方は、すごく大きな、しこりになっている方もいらっしゃるんですけど、わたしはなぜ気がつかなかったかというと、わたしの何か乳がんは、乳頭に向かってできていたのではなく、肺に向かってできていたそうなんですね。だから、乳房のかたちに沿って、がんがきれいにできていたので、違和感がなかった、ない時間がこれだけ続いたんだろうっておっしゃっていたので。ですから、あの、筋肉も少し取っているんですね。うーん、ですから、こう、表面に、乳頭に向かってできている人が温存で取っている量より少し大きい量を、奥に向かって取っている状態で。

――そうすると、その傷は結構広がった感じにはなっているんですか?

はい、水がたまるぐらいやっぱりちょっとくぼんでいるんですね。うーん、ですけど、何か、その傷を見ていると、何か病気のことを忘れないでいられるので、普通、何か皆さん忘れたいっておっしゃるんですけど、この病気があったから、今の自分があるので、病気を絶対忘れないためには、この傷はなければならないもんで、わたしにとっては。うん、なので、もちろん、あの、今、…IPS細胞っていうんですか、何か新しい細胞ができてきて、その細胞を埋め込めば、たぶん、そこからまたね、あのー、できてくるなんていう医療が進んでいるようですけど。ここに何かを、あの、乳房の再建とかっていう話とかもありましけど、わたしは、再建はしないままにいこうかなって、やはり思っています。だから、今もくぼんだ状態、ですね。はい。

乳がんの語り

ボランティアやサークル仲間、親友には病気のことを伝えたが、滅多に会わない人には伝えていない。副作用など人にはわかってもらえないと思うことは話さないようにしている

しょっちゅう会っているお友達には、はい。今、サークルとか。私が通っている病院で、ボランティアがありまして、そこのメンバーにも入っておりますし。その人たちには、お知らせしまして。皆さま、びっくりしましたけれども、みんな、まあ冷静なとり方で。それから、私の学生時代からの親友のような人たちに、今度一緒にカナダ行くお友達なんかにも、去年、その一緒に行くことで申し込んでいましたから、それがその方たちにも知らせましたけれど、もう皆さん、私の年代になると、ご家族とか、そういうがん体験者がいっぱいいますので、それほどの驚きもなく、知らせるべき人たちにはちゃんと知らせました。
 ただ、まあ必要のない方には、しょっちゅうめったに会わない方に、わざわざ知らせることもないし、相手を見て、まあ興味本位で、「あの人はがんなんだよ」っていうふうな、まあそういうお友達はいないですけれども、そういう話題になりそうな方にはお話はしておりません。まあ身近な方には全部お知らせして。ただ、そんなに、その私自身もそうでしたけれども、その、がんの治療といっても、そんなに知識がないですし、ですから、手術をすればそれで治るというふうな、まあ乳がんで、もう死にそうだっていうふうには誰もとらなくて。で、まあ手術もしたし、抗がん剤はまあひどいけれども、その間は、私も家にじっと居たし、会っていませんし。今は、まあ元に復帰しておりますけれど、多分、そんなにひどいという状態、言ってもそれは理解してもらえないことですし。あまりそういう、しびれがひどいとかということは、私自身も多分聞いても分からないと思いますから、それはしょうがないかなと思って話しておりません。

乳がんの語り

毎月8万円を超える出費は戻ってきたが、治療費は合計で100万円以上かかっている。健康食品が月3万円、マッサージ代も2万円くらいかかる

うちの場合は、8万円以上は高額医療(療養)費ということで、8万以上出費した場合は戻ってきました。これがほぼ10ヶ月ですので、それが80万ぐらいですね。
それで私の場合は、歩いても30分かからない病院なんです。で、元気なときは自転車で15分ぐらい、バスでも10分から15分なんですけれども、白血球が私は非常に減りましたし、とてもバスに乗って揺られて行きたくないというので、往復タクシーにしました。それが近くても往復、そうですね、2,500円か3,000円ぐらいかかりましたので、それが合計でいくらでしたっけ、9万円近く交通費にかかっております。
個室にしましたのは、がん保険に入っておりましたので、「ああ、それじゃあ、期間も短いですし、個室にしよう」って、新しいその外科病棟が立ち上がったばかりでしたので、もうそれはすこぶる快適なお部屋でした。ただ、その後の抗がん剤にそれだけお金がかかるとは思っていなかったので、いただいたがん保険料は、去年のうちに全部使い果たしました。でも、後の放射線も、ご存じない方多いかもしれないんですけれど、あれも手術費として、がん保険で出ます。私も一番最低限ですけど、7~8万はいただけて、おかげで、その辺も助かりました。ですから、そんなもう…。でも、100万円ぐらいは合計でかかったかなと思っています。
それで、健康食品は高いですね、やはりね。月、3万円ぐらいかかるかしら?で、まあマッサージが週に1回、月、2万ぐらいですね。

乳がんの語り

抗がん剤の副作用で足のしびれがあるときも、水中ウォーキングが抵抗なく歩けたし、腕のリハビリを兼ねて泳いでいたら1キロも泳げるようになった

私がもう30年以上、スイミングクラブに入って、大して泳げるわけじゃ…泳ぎとか、形なんかは下手なんですけれども、長く続けてきておりますので、楽には泳げていました、今までも。ですけど、この1年間水に入ってなかったし、最初は大丈夫かなと思って行ったんですけれど、最初プールに入ったら、何かくらくらっていう気持ちがしました。けれど、もうその辺は、やはり泳ぎ出しというのは、慣れていましたから、徐々に徐々に、最初は歩き、水中ウォーキングから始めまして。その水中ウォーキングというのは、これは膝とか、腰とか、悪い人にはとてもいいというふうに、私の行っているクラブでも高齢者がいっぱいやっております。
 私の場合は足の裏がしびれて、普通のとこをサッサと歩くのは、かなりしびれているなあと思いながら歩いているんですけれど、水中ですと、それほど抵抗なく歩けました。泳ぐのは最初25メートル行くかなと思ったんですけれど、何かもう思いのほかにたどり着きまして。それで私の場合、特に右の腕が動かしたり、リハビリをしたいというので、フォームも気を付けて、左右対称になるようにやって。それで、だんだん200メートル、500メートル、1キロぐらいまで泳げるようになりました。友達にも形を見てもらいましたけれど、左右対称に動いてるっていうように言われて。えー、バックはどうかなと思ったんですけれど、何とかバックも泳げますし。やはり水中ですと、抵抗が、普通の地上で動かすよりも動かしやすいなと思って、やはりこれは一番合っているかなと思っています。

乳がんの語り

エックス線照射を25回やった後で、追加で電子線照射(※)を5回やった。苦痛もなく、副作用は皮膚がヒリヒリする程度だった(テキストのみ)

そして、やっと放射線が始まったのは、5月の2日ごろです。放射線の医師は30代の女の先生で、何となくホッとしました。そして、書類を見ながら、放射線の種類とか、どのぐらいかけるとかいうのを説明していただきました。 放射線は全体的に、2グレイを週に5回を25回、合計50グレイですね。で、その後、手術した跡、切った跡ですね、その上にまーるく電子線というのを5グレイを5回、あ、5グレイじゃないですね、どうなんでしょう? 10グレイですね、5回。エックス線が50と、それから電子線が10グレイです。それで、うわさに聞いておりました(照射位置の)書き込みなんですが、私の図柄はアルファベットでEという字でした。それは、放射線をかける範囲を示すものなので、「こすったり、薄くなっても書き足さないように」と注意を受けました。で、その治療(を受ける人)の顔の…人まちがいをしないように、顔写真と図柄の写真を撮って、毎回見て、私も確認して受けました。 放射線の照射は、手を上に上げて上向きに寝て数分間です。ここは何も苦痛もなくできまして、放射線の副作用は1週目ぐらいから、少し赤くなって、徐々に深く熱を持ってきまして、それでも、そんなにひどい感じではなく、5週目ぐらいで脇の下がこすれるとこが少しヒリヒリ痛くなったので、やっと塗り薬を頂いたぐらいです。で、2ヶ月検診のときには、まだ少し赤く腫れてはいましたけれど、皮膚の状態もきれいになっていました。ただ、熱はちょっと触ると熱いので、それは汗腺が働かなくなったので、熱がこもるからだということなんですね。それから、まあ肌が乾燥しているのでクリームを塗るようにと、これから寒い季節には温めたほうがいいと言われてます。確かに触ると汗をかいてないですね。まあ熱いんですけれども、中が冷たいという感じがします。

乳がんの語り

抗がん剤の点滴をして2-3日は胃の中に鉄の塊が入っているような重い感じが続き、すーっと楽になる。白血球が減ったり、爪の変化や口内炎、脱毛が起きた

私のAC(*1)の副作用は、点滴後2、3日ですね。鉄の塊、石じゃなくてもっと重いという塊が胃の中にドスンとある感じが続きまして、それが、ずうっとだんだん軽くなっていくっていう、そのパターンでした。常に軽いつわり状態。そういう感じですね。そして、白血球が激減しますけれど、ただ、血小板とか、赤血球はさほど減らなかったですね。それから、爪がザラザラ波打って、それから、口内炎とか、唇にヘルペスなどができました。体調は常に悪いという、そういう感じでしたね。それが、3ヶ月半ぐらい続きました。抗がん剤ACの始まる前に説明を伺ってたんですけれど、何をやってもいい、日常生活、今までどおりできるよ、ということだったんですが、私は白血球が激減するので、なるべく人込みには出ないようにし、出るときには、マスクは必ずして、そう言いながらも頻繁に病院に検査に通って、アップ剤(*2)を打つという生活でした。治療前には、1週間のうち5日間ぐらいはスポーツやサークルに出歩いて、まあほとんど遊んで暮らしていましたけれど、そういうこともすべてストップで、もう家で、ゴロゴロという生活になりましたね。
髪の毛ですけれど、3週目ぐらいから抜けはじめて、もう手ぐしで際限なく…という感じになったんですけれど、それはもう必ず生えると言われていましたし、覚悟ができていますしね、それは。ですから、それほどショックはなかったですね、私の場合は。

*1 ACとは抗がん剤の多剤併用療法で、アドリアシン(A)とエンドキサンの一般名シクロフォスファミド(C)の頭文字をとった略称です。

*2 アップ剤とは白血球を増やすノイアップという薬剤です。