投稿者「dipex-j」のアーカイブ

乳がんの語り

乳房は温存できたが、センチネルリンパ節の一つが陽性だったので、リンパ節の一次郭清(※)をした

手術当日は9月10日でしたね、えー、朝から教授や麻酔医が来てくださり、手術室には8時半に向かいました。私は、あの、全身麻酔の手術は4回目なので慣れております。大した不安もなく新しい手術室はきれいだなと思ってる間に名前を呼ばれて目が覚めました。そして、壁に掛かっている時計を見たら、11時を指していましたので、ああ、ひょっとしたら温存できなかったのかなあと思って、こう無意識に手をやりました。そしたら、まあ主治医の先生が「温存できたけれども、センチネルが1つ陽性だったので、リンパは一次郭清で、二次も3個ぐらい取ったよ」と教えてくださいました。

乳がんの語り

手術で切り取った部分は直径9センチ、厚み2.5センチということだったが、それほどひどい乳房の変形もなく、以前の水着を着ても気にならない

それで、驚いたのは検体、手術した大きさなんですけれども、直径が9センチで、厚みが2.5センチって書いてあるんです。えー、それで、私はまあ身長162センチで、手術時は62キロぐらいだったのですが、胸の大きさは並サイズなんです。ですから、そんなにそれは手術後、そんなに小さくなったというか、まあ取った分だけは減ったという気はありますけれど、それほどひどい変形もなく、今は水泳にも行くようになりましたけれど、以前の水着を着ても、そんなに気にならないという、手術の技術進歩が素晴らしいなと思います。

乳がんの語り

いつも待合室で深刻な顔をした家族連れを見て、自分はそうなりたくなかったので、一人で診断を聞きに行った

最初のマンモトームの検査を聞きに行くときは、「家族もご一緒に」と言われてたんですが、私は1人で行ったんです。それは、待合室で、いつもその深刻な顔をした家族連れを見ていまして、何かこれは重病な、重大な病気だという雰囲気がありまして、そういう一員になりたくなかったんですね。それで、私は結果、1人で行ったんですけれど。

乳がんの語り

段階を経てがんだと知らされたので、それほどショックはなかった

私の場合はいきなり、「がんだぞ」って言われたわけではなくて、「がんかもしれない」という近くの病院の、それも、マンモグラフィの検査も非常に古い形のレントゲンで撮っていただいたようなものですし、(乳腺の)専門医ではなく、婦人科の先生が診てくださって、「マンモ(乳房)のがんかもしれない」っていうふうなことで。そして、その当時、タレントさんなんかが、がんになって、いろいろテレビで話題にもなっていましたし、私が読んだ本なんかでも、それほど、がんは進行が遅いから、そんなに慌てて医者にすぐさまで駆け付けるっていうふうなふうには思っていなかったんです。
そして、だんだん、最初の教授のお話でも、その、非浸潤がんだろうという、エコーも、正常でしたし、そんなに自分でも大変なことだとは思ってなくて、段階を経て、段々がんだっていうふうに分かってきたので、それも今はそのがんと言っても治るというほうが、私の頭には強かったので、それほどショックはなかったですね。

乳がんの語り

婦人科で手術した経験があり、乳がんにならないと思っていたが、自治体の検診で見つかった

自治体の乳がん検診の募集がありましたので、今まで、その、2年に一度無料であるというのはよく知っていたんですけれど、私の場合は婦人科の手術を受けていましたので、乳がんにはかからないと思っていまして、それで全く無関心だったんです。
それは、でも、とても思い違いでして、太ると脂肪が乳がんの原因の一つのホルモンに変化するそうなんですね。それで、私は50代のころは基準の体重、標準体重よりも5キロから10キロぐらい常にオーバーのやや肥満体だと思うんですけど、だったんです。で、まあ思い当たる原因はそれぐらいかな、ということなんですけれど。それで、たまたまちょっと近くの病院で検査が受けられましたので、全く気楽に予約をしてマンモグラフィ検査を受けました。それが6月半ばですね。そして、1週間後に写真を見ながら説明を受けたんですが、右の乳首の少し上に1円玉ぐらいの丸い点々とした影がありまして、その辺は、以前から少し自分でも厚みがあるなという感じがしてたんですけれど、いわゆるコロコロと手に触れるというような感じではなかったのです。それで、そこの先生が「乳がんを疑うから、精密検査を受けるように」と言われて、今、通っている大学病院への紹介状を書いていただきました。

乳がんの語り

乳がんとわかってしばらくは自分も苦しかったし、相手を気遣って、病気のことを言えなかった。1年ほどして伝えたら、友人に水臭いと言われた

実は私、手術終わって半年…1年ぐらい、友達にも言えなかったんですよ。だから、知ってるのは職場の、同僚と、あと、本当に身近な家族、それぐらい。で、友達にも言って…まあ、友達の1人ぐらいですかね。たまたま、「あ、そういえば最近見ないよね」って言ったときに、「実はね」っていう感じで。あと、ほかの人に誰にも言えなかった部分あったんですけど。
そのときに、本当、1年以上経ったときに、友達に「実はね」って言ったときに、「すごい何か水臭いね」って言われたんですよ。「何でもっと早く言わないの」って言われて、何か普通に、まあ、手術のときはもちろん、あれだけど、何て言うの、手術終わって1カ月ぐらいは、何かそう、スポーツもできなかったし、外へもあまり行けなかったんですけど、その後とか交流は普通にあったので、だから、まさか私がそんなことをしてたって誰も知らないんです。周りとか。だから、「すごい水臭いね」って言われて。
で、私の中では、こう、相手のこと思って言ってなかったつもりだったのが、逆に相手を傷付けていたなっていうのがすごくあります。相手を傷付けてたし。逆に、何て言うんですか。相手を傷付けたっていうのと、言うことで自分が苦しくなるから、あえて言わなかった。触れたくなかったっていうのが、多分、正直な気持ちでしたね、そのときは。こう、「実はね、私、乳がんって言われてね、手術したんだよ」って、話をすることって、そのときのつらい気持ちがまたよみがえってくるじゃないですか。だから、あえて触れたくなかった。だから、誰にも言わなかったっていうのが(笑)、まあ、正直な話。後になって気が付いたのは、まあ、そういうところだと思いますね。

――まだ自分の気持ちがこう、準備ができてなかったって感じですか?

そうですね。受け入れていなかった。あえて、こう、明るく振る舞って。忘れたかった。避けていたっていうんですか。うん。でも、それが、受け入れてるつもりだったんですよ、自分では。でも、そうじゃなくって、あえて見ないようにしてたっていう。だから、「そこにはお願いだから触れないでね」って感じでしたね、きっと。

乳がんの語り

乳がんの自分を受け入れてくれる彼ができたが、卵巣の病気も見つかり、自分自身は大丈夫だと思っていても、彼にとっては心配しかなく別れることになった

私も病気を隠してね、付き合えないので、「実は私は乳がんになったことがあるし、しかも2回も」って。「それでもいいの?」って話したんですね。で、ちょっと、まあ、びっくりはしてましたけど、「まあ、でも、今は大丈夫なんでしょ? だったら、いい。大丈夫。うん、いいよ」っていうふうに言われたので、よかったなと思って。まあ、お付き合いが始まったんですけど。
付き合いだして半年ぐらいたったときかな。私、卵巣のほうにも腫瘍ができて、それの手術を今年の、あれはいつだっけ? 3月…にやったんですけど、そのときに、その彼にもなかなか言えなくって。でも、言わないわけにはいかないじゃないですか。で、まあ、思い切って、「実はこういう、こうやって見つかって、手術することになったのよ」っていうことを、手術の2週間ぐらい前に話をしたんです。で、そしたら、すごく、すごく、びっくりしていて、逆に何か、私のほうが励ましてたっていう感じ(笑)。
私自身が大丈夫だと思っていても、相手はそう思わないことっていうのがやっぱりあるんだなっていうのは、すごく思いましたね。そういった意味で、多分、すごく悩んで出した結論だと思うんですよ。何て言うんですかね。私のことが嫌いになってとかではなく、誰か好きな人が別にできたではなく、ただやっぱり何か怖いっていうんですか。心配。だから、一緒にいると自分が苦しくなるから。耐えられないみたいなところがあったみたいです。それで、結果的には別れることになったんですけど。だから、まあ、私は私で友達に相談したりとか、いろいろ愚痴ったりとかできるんですけど、多分、その人はきっとやってないだろうし、1人で悩んで抱えて苦しんで出した結論なんだなっていうのは、すごくやっぱありますね。

乳がんの語り

半日だけ出勤してそのあと放射線治療に通っていたが、生活にはほとんど影響がなく、運動不足解消のためにバドミントンをしていた

あの、半日だけ仕事をして、放射線、通ってたって感じですね。うん。まあ、休んでもよかったんですけど。でも、やっぱ家にいるとちょっとね。どうしても考えてしまうので、仕事してるほうが楽しかったので、まあ、上司に話をして、働ける時間だけ、無理のない程度の時間だけ働いて、あとは放射線へ通うっていう形で。まあ、その辺は配慮していただきながら通ったので、まあ、よかったのかなって思いましたね。うん。

――放射線に関しては、何か生活に影響とかはなかったんですか?

生活に影響はない…。あっ、まあ、多少だるかったですとか、うん、食欲がなかったりありましたけど。でも、逆に私の場合は、放射線をやっていたので、夜勤とかはやってなかったんですよ。だから、割と時間があったので、で、運動不足解消とかいって、スポーツやったりとか(笑)してたんです。先生は「あんまりやらないほうがいいんじゃない?」っては言われたんですけど、でも、別に、何て言うんですかね。やったほうがストレス発散になってたので、まあ、一応、先生も「まあ、大丈夫だったらいいけど」っていう感じだったので(笑)。やってました。えーと、バドミントンです。

乳がんの語り

乳腺専門クリニックだったので入院患者は皆乳がんで比較的元気な人が多く、一緒にリハビリをしたり、外出許可をもらってコーヒーを飲みに行ったりして、楽しい入院生活だった

手術終わってから、まあ、当日、手術の当日とかは、ちょっとやっぱり、少し朦朧(もうろう)とした感じではあったんですけど。まあ、まあ、翌日ぐらいからもう普通に食事も出て。で、少しずつ動くようになってっていう感じで、割とまあ、元気ではありましたね。入院してる患者さんたちも同じようにやっぱり乳がんの方たちだったので、その方たちとこう、何て言うんですかね。傷は痛いんですけど、やっぱ元気なので、こう割と楽しい。…まあ、こう言っちゃ何ですが、楽しい、まあ、入院生活だったってのはありますね。
で、入院生活が、そうですね、1週間…当時はあの、1週間ちょっと、8日、10日間ぐらいでしたね。その間、まあ、すごくやっぱ楽しく。あのー、みんなでリハビリとかいって、壁にこう、手をこう添えて上げてみたりとか、朝になると、みんなでラジオ体操やったり、まあ、ちょっと軽い、このー、ベッドの上でストレッチをやったりですとか、あと、外出届をもらって、ちょっとコーヒー飲みに行ったりとか、そういった感じの、まあ、入院生活でしたね。

乳がんの語り

しこりだけとるというのがイメージできず、ぼこっと空くのかと思って、術後1日2日は傷を見ることができなったが、形もボリュームもそんなに変わってなくてよかった

手術は、あのー、温存で。…うん、温存で。がん自体がこう、小さかった、2センチ以下だったので、1.8センチだったので、まあ、「これだと、全部取らなくて、大体、済むから」って言われて。
で、わたし的には、何かこう取る、何かイメージができなかったんですね。全部、もし例えば全摘だと全部なので、なくなるっていう(のが)、あるけど、そこだけ取るってこと。「え、じゃ、ここ、空いたところはどうするんですか?」って。「陥没するんですか?」っていう感じじゃないですか。その辺のイメージができなかったんですよ。で、それは先生に尋ねたら、「まあ、もちろんこう、ちょっと筒状にぽこってやっぱり取る、取り出してしまうから、そこは陥没する。そうした場合は、この横の、このわきの脂肪を持ってきて、えっと、元の形になるように整えるから大丈夫だよ」みたいなことは言われました、うん。
それで、ああ、それだったら、まあ、何とか。まあ、ちょっと形はね、ちょっといびつになるでしょうけども、もう本当にぼこっと空くのかなと思ったんですね(笑)。素人考えでしたけど。そんな感じでしたね。

――実際に終わってみてはどうでしたか?

ああー、実際に?

――はい。

うーん、そうですね。意外と…、割と形的にやっぱりきれいだったので。最初は見れなかったんです、傷も。まあ、最初っても1日ぐらいですけど、1日2日くらい。で、看護婦さんに「見る?」って言われて、「見る」って言って見たら、もう形は全然変わってなかったし、うん。こう、見た、外からって言ったら変ですけど。まあ、もちろん傷はね、ありますけどね。うん。形的には、ボリューム的には、そんなに変わりはなかったので、…よかったと思いますね。はい。