投稿者「dipex-j」のアーカイブ

乳がんの語り

人によっては男性に打ち明けづらいと言うが、自分にとって乳がんは自分の生き方と一体であるので、切り離せないものだと思っている

聞いた話ですけども、私の友だちとかも、同じような、友だちの友だちとかも、同じ病気で、それと女性として自信を失ったとか、男性に会うのも辛いとかって話を聞いたんですけども。私の場合は確かにそういうことを例えば好きな人に打ち明けるというのも、すごく勇気がある、勇気がいると思うんですけども。私の場合は自分の生き方にも関わってきてることなんで、私が、何て言うの、好きな人に対して自分の病気を打ち明けるっていうより、自分の生き方としてこういう、乳がんの啓発っていうか、患者さんのために、役立ちたいという思いで、手帳を作っているとかっていうことを話すことは、イコール私自身を喋ることなんで。そんなに抵抗はないって言ったら変ですけども、抵抗は後付けっていうんですけども(笑)、自分の生き方を先に言って、そこにくっ付いているものっていうか、それは切り離せないもの、で、イコール一体っていう感じですかね。だから普通の方よりちょっと違うかもしれませんね。乳がんそのものになっちゃってるみたいな感じですね。

乳がんの語り

デザイナーとして仕事をしてきたが、病気になったことをきっかけに、1年くらいかけて自分を見つめ直して、本当に向かいたい道は乳がんの啓発活動だと気づいた

今まで、デザイナーでずっとお仕事をしてきてまして、まあ病気になって、あ、同じことを続けなければいけないっていうか、続けるのかな、と思ったときに、もう素直にもうそれは嫌だと思ったんですね。確かに自分が好きでこのデザインの仕事をやって、いろいろな企業さんの広告とかデザインとか、本当にそれは好きでやってるんですけども、同じことは嫌だ、とにかく同じことは嫌だと思って。そのときじゃあ自分が、本当の自分は何をしたいんだろうかって思って、自分を見つめ直した1年ぐらいが一番精神的にしんどかったんですけども。
そこでようやく見つけ出したのが、ほんとに自分はものを作るのが好きだということで、それは変わらない。だけど、今までの仕事とはまあ違うような、違うことをやりたい。で、何なのかなって言った場合に、今もペットがたくさん飼われてますけども、あの、大事にされてないペットもいたりして、その子たちを助けるようなことはできないかなと思って、ずっと言ってたんですけども。すでに、私より先にそういう活動をされている方がいらっしゃって、そこのワーキングセミナーっていうか、そういうところに行ったときに、ふと思ったんですね。私はここで何をしてるんやろ、確かに自分の好きな、動物のことは大切だし、何とかしてあげたいと思うけど、そんなことよりまず自分のことやろうと思ったんですね。
自分が本当にやりたいことを見つけるまでに1年ぐらいかかりました。やりたいことっていうのはイコール自分の一番避けたい部分でもあったんで、乳がんの活動っていうのに辿り着くまで、やっぱ1年ぐらいかかりました。その手前で動物の病気とかっていうところまでは辿り着いたんですけども、そこからはちょっと実は本当は自分が何をやりたいかっていうのを見ていくまでに1年近くかかって、動物の病気、ペットの病気っていうところまで来て、で、乳がん。ようやく自分が本当にやりたいっていうか、向かいたい道っていうのが見つかりました。

乳がんの語り

もともとマクロビオティック(※)には関心があったが、あれこれと気を付けるよりも、積極的に生きることにエネルギーを費やしている

自然体と言ったら変ですけども、例えば食べるものにしたら、さっきも話が出ましたマクロビ(マクロビオティック)だったら、農薬を使っていないものであるとか、あの、オーガニックとかですね。もともと関心があったんですけども、そういうものに関して、より深く興味を持ったっていう感じかな。他の全般どうこうっていうより――そういうことで、いろんなところに気を付けたりとかすれば、例えば、もう少しちょっと、再発するかもしれないの(リスク)をちょっと軽減できるかもしれないんですけども――そういうことより、どちらかと言えば私はもっと自分が、積極的に生きる方向にエネルギーを費やしてる感じですね。
まあ、面倒臭がりもあるので、いっぱいいろんな代替療法があるのは、あるっていうのは知ってるし、聞いてもいてるんですけれども、特別そういうのは、やっていない。それよか、まあ自分の、どちらかというと気持ちのほうで、意に沿わぬことをなるべく避けちゃうっていうか。やらなければいけないことを不精してやらないとかいうんじゃないんですけども。気持ちの上で自分…自分の本当の、本当というか、自分とちょっとずれを感じるような活動とか行動とかっていうのは避けたいなあと。より自分の正しいと思う方向に進むというか、進みたいという、そっちのほうに焦点合わせをして、あとは食事とかそういう生活環境とかっていうのは、本当はもっとしたほうがいいんでしょうけど、どちらかというとちょっと不精もあってそういうのはあんまりやってなくて、どっちかといえば生き方のほうに、あの、重点を置いているっていう感じですかね。

乳がんの語り

ホルモン療法ではプールから上がったときのように流れ落ちる汗に苦労した

で、あとのホルモン療法のほうですけども、これはもう本当になんか激しくって、まだ更年期、更年期障害になってないんですけども、まあいわゆるこれが更年期障害と言われるものに近いもんだなと思ったのは、汗が異常に出てくるんですね。もともと汗っかきなんですけども、私の中での一番いい例えは、プールから上がった状態っていうのが(笑)、まさにもう、本当にもう額からもうザーッと流れ落ちる、滝のように流れ落ちるという、まさにそんな感じなんですけども、それが激しくて、ホットフラッシュ状態。それが激しくてですね、あとはまあ人によっては、鬱(うつ)っぽくなるとかいろいろ聞いたんですけども、私の場合は特になく、もう汗だけですね、症状っていうのは。

乳がんの語り

放射線を当てている皮膚が焦げ茶色になり、痕が残るのが心配で入浴時もこすらないようにしていたが、医師にきちんと洗うように言われて、そっとこすったらきれいな皮膚が出てきた

放射線のほうは本当に日焼け状態になって、きれいになったんですけども、日焼け状態になるとかって言われてて、でもほんとかなっていう感じですけども、なんか後半になってると本当にもう日焼けというか、本当にもう焦げ茶色みたいな感じになって、皮膚が。そのときに、たまに痕(あと)が残る人があるよって言われてて、すごく心配してたんですけども。皮膚が爛れたり(ただれたり)っていうか、強く石鹸で擦ったら駄目だって聞かれたんで、本当にもう泡だけでこう、撫でるように滑らすようにやってたんですけれども、そのときにあまりにも、その焦げ状態というか、ほんとに、なかなか落ちなかったんで、心配して、放射線の先生に「これって残るんですかね?」って相談したら、「まあ、この今の段階でまだちょっと落ちてないようだったら残るようかもしれないなあ」とか(言われて)、すごく心配だったんですけれども。私はその同時再建のときに形成の先生にも、診ていただいてたんで、形成の先生に診ていただいたら、逆に「体洗ってる?」 とかって言われて。「不潔になるよ」とかって。
えーっと思って、あ、じゃ、ちょっとこすってもいいんだって思って。それから、あの、帰ってもう恐る恐る、本当に、あのかさぶたを剥(は)ぐような感じで、あの、そーっとやってくと、なんかこの本当にこう、少しずつきれいな皮膚っていうか、顔を覗かせてきて。あ、ある程度はこすってもいいんだなという…なんかあとで笑い話になるんですけれども。逆に大事にしすぎて、日焼けあとをずっと長い間残してたっていう感じで。ちょっとずつでも、落とせばいいんだなあと思って。それは、放射線のほうは大丈夫でした。

乳がんの語り

移植したお腹の皮膚がちょっと毛穴が大きいような気がする程度で、乳房自体には変化がなかったが、年齢とともに健康なほうの乳房が下降してきた

私の場合は自分のおなかの皮膚とか血管とかを、乳房のほうに持ってきたっていう、自家素材で構成したんですけども、つくのはあのすごく自然で、ま、おなかの皮膚のほうがちょっと毛穴が大きいかなという、微妙に大きさがっていう、ほんとにもう細かい、自分がわかるレベルなんですけども。で、すごく傷跡もきれいで、特に乳房そのものの変化ってなかったんですけども、ただそれから何年か経って、あの、健康なほうの乳房っていうのがやっぱりちょっと下降してきて(笑)、手術したほうのほうは、結構何年か前の状態をこうキープしているという、自分のもともとあった自分の皮膚なんですけども、そういうなんか逆に時が経てば経つほど、だんだん健康なほうの乳房のほうが健康じゃなくなってくるような(笑)見え方になってます。

――具体的におなか(の傷)は何cmぐらいで、胸は何cmでっていうところを、伺えたら…

そうですね。えっと、乳房のほうは実際に15か16cmぐらいの、ちょっとアーモンド状の形の切り口はあります。で、おなかのほうは20cm、25cm? ちょっと測ってなかったんですけども、結構斜めに思ったより大きくあります。ちゃんとドッグイヤー(*)もあります、ドッグイヤーも。なんか端っこがちょっとどうしても盛り上がるみたいなんですけども、それをまたきれいにする手術もあるらしいんですけども、なかなかわずかなことでもその手術っていうのはちょっと二の足を踏んでいて、こうドッグイヤー、ピクっ、ちょっと飛び出てる部分を指で押さえながら、早く良くなれ、フラットになれと祈ってるんですけど、まだちょっぴりこう、飛び出た感じが残ってます。

*ドッグイヤーとは、乳房再建のために自家組織をとって縫い合わせたあとの、傷痕の端の部分が日本犬の耳のように三角に盛り上がることを言います

乳がんの語り

腹直筋皮弁の同時再建で入院期間はがんを取るだけの手術より3~4日延びた。胸の痛みよりお腹の痛みの方が激しかった

同時再建の場合は、その日のうちに終われたらいいって、まだ早いほうって言われまして、朝一番の手術で入って、次の日になって、まあ12時ごろ、1時ぐらいだった、かな。うん、ちょっと記憶があやふやなんですけども、あの、母親は終電に間に合うか間に合わないかっていうぐらいに、先生に、形成の先生に説明を聞いたっていうような記憶があるんで、確かに朝一番に、朝一番の手術で…手術になったんですけども、もう最終ぐらいになったと思います。遅くなった。12時間ぐらい。
普通の外科手術っていいますか、あの、がんを取るだけより3日か4日ぐらい伸びたと思います。それでも1週間かちょっとぐらいだったので、最初に言われてたのはもう少し、10日近くだったかな、大分ちょっと記憶が薄らいでいますけども、なんですけども、あの、最初に先生がおっしゃった期間よりちょっと短く、私は退院できました。それでもやっぱり普通の手術よりはちょっと、手術っていいますか、がんを取るときよりは長かったと思います。

――おなかの痛みは?

おなかの痛みは、そうですね、まさに切腹っていうのはこういうものかなという感じで、あの、今まで経験したことのない鋭い痛みっていうのは感じました。で、ときどきほんとに思い出したようにこうズキッという激しい痛みですね。で、あの、胸のほうも痛みはあったんですけども、深い痛み、鈍痛的な感じがしてたんですけども、おなかのほうはもうまさに切腹、多分鋭い刃物で切られた状況っていうのはこんな感じかなあとか思いました。あの、当然あの、中の、ただ単に切るだけじゃなくて、中の脂肪とかそういうのは取ったんでしょうけど、私自身が感じたのはまあそういう鈍い痛みもあるんですけども、なんか切り傷の痕の痛みっていうのが印象的に残っています。

乳がんの語り

同時再建だったので胸の傷に関するショックは少なかったが、お腹の傷が思ったよりひどくてびっくりした

――二期再建と同時再建ではどちらが?

はい、あのー、まずショックは少ないのは同時再建だと思います。私の場合は一番乳房の形が変わるとか、っていうのが絶対嫌だったんで、手術から目が覚めたときに、いっぱいあの、貼ったあととかあるんですけども、ちゃんとそこにあるっていうので、精神的な安心感はありました。
だけど、逆におなかの切腹状態を見ると、思った以上にひどい、ひどいっていうか、切ってたんで、胸のほうの傷口より、おなかの傷のほうがなんかすごい状態だったので、そのへんの安心感となんかびっくりとなんか両方、は、私の場合は感じたんですけども。
で、もし同じ状況だったら、もしかすると、きれいさでいえば二次再建のほうがいいという話も聞くので、二次再建を選んだかもしれないんですけども。また手術をするとなると二の足を踏んでずるずる手術しないでっていうか、かもしれないんですけども。とにかくどんなにしんどくってもいっぺんで済ませたいっていうのは私の中にあったんで、同時再建を選んだことには後悔はしてないです。

乳がんの語り

水着で隠れると言われて腹直筋皮弁法にしたが、お腹への負担が大きいので、出産のときにいきめるのかという不安を感じた

私の場合は自家素材、自分のおなかの皮、おなかの皮膚とかだったんですけども、あのー、エキスパンダーとか、何かその、別のものを入れるという手術とかもあったりするので、そちらの方のお話とかも聞かれて、どちらがご自身はいいかなっていうのを選ばれたらどうかなと思います。ただ自分の皮膚を移植するっていうのは、その、乳房だけ見るとすごくいいんですけども、新たな傷を作るっていうことなので、そのへんが私自身、選択はどうだったのかなあと思いました。確かにそのおなかへの負担がかなり大きいので、そのへんも考えられて、最終的にはご自身が選ばれたらいいかなと思います。

――具体的に大きな負担っていうのは、おなかの?

あ、そうです。今でもこの突っ張り感はありますし、あのー、よく聞かれたのは出産するかどうかっていう話を聞かれて、いきむのにだいぶん負担があるっていう話になって、まあ7年ぐらい前ですけども、あのー、そのへんを聞かれて、結婚の予定も出産の予定も全然ないけども、とりあえず可能性は捨てていないので、ということを形成の先生にお話したら、じゃあ筋肉みたいなのは残すかっていう話になって。ですけども、とはいえやっぱりちょっとあの、便秘気味のときなんかは、あのー、ちょっとしんどいので、出産の…出産される方は本当にこの状態でいきめるのかなという不安は残りました。幸か不幸かそういう目には、そういうことは私にはないのであれですけども。

乳がんの語り

最初の医師とは信頼関係が結べなかったので、メーリングリストで紹介された医師にセカンド・オピニオンを求め、手術をお願いした

実は、乳がんと言われて、手術って言われても、やっばり、お医者の判断がどうこうっていうより、それを受け入れたくないっていうのがあって、他のお医者さんにも聞きたいっていうのがありました。
やっぱり他の方もそうだと思うんですけども、百人に言われたら、「ああそうかな」っていう、なんか自分の中の踏ん切りというか、諦めというか、それだったんですけれども。
で、まだその最初に診ていただいた先生にかかっている間っていうか、具体的にもう少し詳しく聞きたいなあと思った段階で、セカンド・オピニオンを探してまして、そのまだセカンド・オピニオンという言葉も当時はまだ知らなかったんですけども、実は姉の友だちが乳がんで、そのときに、メーリングリストで、ボランティアのお医者さんと患者さんとで、こんな症状があるんですけど、先生どうでしょう?みたいな話を、言えば、ボランティアのお医者さんが実はこうじゃないかなっていう話をしていたんですけども、そういうのがまだコミュニティサイトとかブログとか全然ない時代で、まだメーリングリストだけだったんですけども、そういうのを私の姉の友達が乳がんでやってたもんで、そこの情報から、それだったら、「こういういい先生いてるよ」っていうことで、「その先生に聞いてみたら」っていうことで、その先生にセカンド・オピニオンを求めていったんですけども。その、セカンド・オピニオンを求めて、診察を受ける前に、その一番最初の先生と、何て言いますか、病院と、ちょっと信頼関係を築けなかったので、セカンド・オピニオンの先生に診てもらう段階で、「先生、すいません。ちょっともう、前の先生にちょっと、見放された状態だったんで、先生のほうで手術お願いします」っていう形になったんですけども。