投稿者「dipex-j」のアーカイブ

乳がんの語り

母子2人暮らしだが、20代の息子は男なので、乳がんになった気持ちをわかってもらうのは難しく、心細かった(音声のみ)

 まあ家族は息子しかいないので、息子には、「がんかもしれない。ほとんどがんだよ」っていうので、病院に行く前に言ってたんですけど。息子なので、どうしてもやっぱり分かって…分かってないっていうことはないんでしょうけど、「大丈夫だよ」っていう、もう軽い感じだったので。そうですね。場所もどうしても胸なので、女性にとったら、気になるところではあるけれど、息子にとったら母親なのでね、その女性の胸に対しての、こう感情とかは分からないでしょうし。周りに乳がんの人も知り合いにいなかったので、そうですね、何か…1人になっちゃったって感じでしたね。

乳がんの語り

派遣先から辞めないでほしいと言われ、手術を1ヶ月半延ばして仕事の段取りをしたにもかかわらず、復帰するとき降格を持ち出されて結局辞めることになった(音声のみ)

仕事場の人がちょうど辞めたときだったので、新しい人を育ててからじゃないと私は休めないっていう状態だったので、もうそっちを先に優先して、手術は1ヶ月半ぐらい延ばしたんですね。で、すぐ取れますよみたいな感じで、まあ1ヶ月半ぐらい延ばしたからといって、リスクはそんなに変わりはないということだったので。で、延ばしたんですが、まあ仕事場は派遣でもあるし、契約もまだあるので。でも、自分でも初めての経験なので、仕事できるかどうかっていうのは分からないので「辞めさせてください」とお話をしたんですけど、あのう、上司の部長の方が「戻ってきてくれ」と、「いつまでも待っている」って言ってくださって、それはすごい嬉しかったんですね。嬉しかったんですけれど、まあ結局は退院して戻るっていう話をしたときに、あの、降格させ…させられて、それで結局仕事は、私は辞めたんですけれど。
仕事に復帰をしたいと思ったので、待っててくださるということだったので、「復帰をするために抗がん剤とかを使うと、いろんな副作用とかが出て、仕事に行けない可能性もあるから、なるべくそういうのは避けて」、みたいな形で、「放射線も毎日5日間を5週間連続行かなければいけないので、ちょっと無理なのかなあ」、あるいは、仕事の、会社の近くの病院だったので、「休憩時間をそこ(放射線治療)に使わせてもらおうか」みたいな話をしていて。そこまで、考えていたんだけど、企業側は何も考えてくれなくて。結局、私を要らないような形で、復帰をするときに言われたりとかしたので。だったら初めから、辞めさせてくれていれば、もっとちゃんと治療はできたのかなとか思ったりもしますね。仕事があるので、手術も1ヶ月半延ばしたっていうのが、それが原因かどうかは分からないんですけれど、リンパまで転移していたので。うーん。何かバカだったかな…とか思いますね。

乳がんの語り

ホルモン療法の副作用で肝機能の数値が悪くなったので、肝臓にいいというマリアアザミという植物のサプリメントを飲み始めた (音声のみ)

肝臓が今、ホルモン療法の副作用で肝機能が、あの、3倍から4倍に数値が上がっちゃっているので、サプリとかすると、どうしても負担にまた、なっちゃうのでね、それは避けてきたんですけれど。ちょうど、アメリカでサプリが、「こういうのがあったよ」っていうので教えていただいたのがあって。「マリアアザミ」っていうんですけれど、それは肝臓を強くする、というお薬なので、飲み始めたんですけれど、2ヶ月ぐらいで、数値は私は下がりましたね、はい。何か、あの、お酒に弱い人がそれを飲むと酔わなくなるとかって言って、肝臓にはいいみたいで、アメリカでは、ドクターが出すみたいですね。

――普通に手に入るんですか?

はい。普通にドラッグストアで、はい。で、今回、アメリカで探したんですけれど、アメリカでは、なぜかほかのメーカーしかなくて高かったので、やっぱり日本で買おうと思いました(笑)、はい。

乳がんの語り

肝機能検査の値が悪くなったが、再発が不安で肝臓の注射をしながら、ホルモン治療を続けている (音声のみ)

で、ホルモン療法が始まったんですが、もともと肝臓の機能が悪いんではなくて、弱かったみたいなので、昔から蕁麻疹とかが出やすかったりしたんですね。アレルギーとかが多くて。そのせいなのかもしれないんですけど、肝機能の数値が3、4倍に、1ヶ月フェアストンを飲んだら上がってしまって。で、お医者さまがもう1ヶ月でやめたんですね。投薬をやめたので、ホルモンの注射だけになったので、私としたら、リスクがどんどん大きくなっていって、抗がん剤も使わなかった。もうホルモン療法も半分だけしかできないみたいな、すごいそういう不安がずーっとあったんですけど。
で、家の近くに転院をしたんですが、その転院をしたところの先生が、ホルモン注射だけだったのを、「ホルモンの投薬も始めましょう」っていうことで、で、ホルモンの投薬を(再び)始めたら、やはり肝臓の数値が4倍ぐらいに、ちょっと落ち着いていたのが、4倍ぐらいに上がってしまって。で、まあ近くの病院で、肝臓、肝機能は診ていただいているので、そこの先生にご相談をして、毎日、強ミノの注射を打っているんですけれども、その「強ミノの注射の量を40から60に換えましょう」っておっしゃって、量を増やして。で、週に5回ですかね、毎日、まあ注射を打っている状態ですね。

乳がんの語り

手を握ったときにぼーっとした感じがあって受診し、リンパシンチ(※)を受けてリンパ浮腫とわかった (音声のみ)

何かぼーっとしている感じですね、手が。何か、朝とか、多分皆さんそうだと思うんですけど、起きてこう握ってみると、ちょっとぼーっとしている感じがあると思うんですけど、それがずうっと昼間もそんな感じで、あのう、指で押さえると戻ってこないみたいな感じですね。はい。で、やっぱりこれはむくんでいるんだなと思って。で、診察していただいて、リンパシンチっていう検査をしていただいて、これはまだ保険が利かないのかな。それも保険が利くようになるべきだなと思いますけどね。

――リンパシンチって、どんな検査なんでしょうかね。

はい。ああ、リンパシンチはね、指先に針を刺すんですね、針を刺してこう造影剤を入れるんですけど、それがすごい痛くて男の人でも何か大騒ぎするとか言われましたけど、私は痛みに強いので、2カ所かな、2本だったと思いますけど。で、右と左と比べるために患肢と患肢じゃないほうと両手を刺すので。で、両方全部を、それから、ああ、注射をしてから1時間か2時間後に戻って撮るのかな、こう体に回るようにしてというか。腕に回るようにして、そのリンパのところがどこまで行っているか。リンパ取っちゃっているところは行ってないので。で、それで見るっていう感じですね。

乳がんの語り

術後に傷のひきつれを治そうとしてマッサージを受けていたら腕が上がらなくなり、インターネットで調べて「モンドール病」(※)だとわかった(音声のみ)

手が上がらなくて。で、これは何なんだろうと思って、「乳がん 手が上がらない」とかっていう形で、あの、スペース、「乳がんスペース手が上がらない」とか、「腕が上がらない」とかって、入れてったら、誰かのブログで何とかっていう病気みたいのが出たりとかして、モンドール病っていうんですけれど、まあ血管とかリンパの問題で、あの、突っ張っちゃうらしいんですね。はい。だから、突っ張っちゃうので、こう手が上がらない…くなってしまって。で、それも、もう本当分かるまでに、どこの先生に言っても全然分からなくて。で、インターネットでもう必死に探したら、あの、お一人の患者さんのブログがあって、そこで分かって。で、あの、外科に行って、「モンドールじゃないでしょうか?」って言ったら、「ああ、そうねえ」って言われて。でも、まあモンドール病っていうんだけれども、やることはない。「安静にしていなさい」っていう。
私がこう、あのう、乳がんのこう、傷の拘縮(こうしゅく=傷が癒える過程で皮膚や皮下組織などがひきつれてしまった状態)とかを早く治そうと思って、エステとかに行ってマッサージをしてもらっちゃったんですね。で、最初の先生が「それはどんどんマッサージして柔らかくしなさい」っておっしゃったからなんですけど。なんですけど、そのマッサージをしたことによって、血管とかリンパが、あのう、手術した後で傷ついていた、もう半年以上過ぎてからやったんですけど、なので、そのリンパか血管が太くなってしまって、紐状になっちゃって突っ張っちゃう。はい。なので、腕が上がらなくなったんです。
しかも何か触ると突っ張っているんですよ。もう何か…何か繊維みたいな形なんです、脇が。はい。

――それは、脇の下がガツッと何とか……。

はい。太くなってて、「これは何なの?」、「これは筋肉なの?」、「何なの?」って。でも、誰もこう解決してくれなくて。うん。そういう病気もあるっていうことも知らなかったですからね。お医者さまも教えてくれないし。まああの、何か手術とか外科…的な手術をしたときには、起こってもおかしくないみたいなことはあるみたいですね。あのう、乳がんだけじゃなくて、ほかの足とかでも、外科の先生が、「ああ、モンドールだったのね」みたいな。もう、それをこう治療するために、こう切るみたいなのは、その太くなったもの。治療法あるらしいんですけど、やってもまたできる。だから、「安静にして置いとけば1ヶ月ぐらいで治るから。だから、触らないで」って(笑)。
で、やはり、そうですね、もんじゃって、そういうふうに私はなったので。1ヶ月より、2ヶ月か、2ヶ月半ぐらいちょっと治るまでかかりましたね、突っ張りは。1本ずつ、こう取れていくような形で、はい。

乳がんの語り

がんを取った部分が引きつれて、クシュッと空気が抜けてくっついてしまったような状態になっている(音声のみ)

傷口というか、あの、がんを取ったところの胸自体が、なぜか、拘縮(こうしゅく=傷が癒える過程で皮膚や皮下組織などがひきつれてしまった状態)してしまっていて。で、それは最初の病院のときの検診で、「何かくっついちゃっているんですけど、どうなんですか?」って伺ったら、「どうしちゃったんだろうね」って、お医者さまがおっしゃった(笑)。どうしちゃったんだろうねって、私は知らない素人なのよ、と思いましたけれど、何かそのドクターは「どうしてこんなになっちゃったんだろうね」って、私に聞くんですよね。「ええー?」みたいな。
で、あの、転院したところの先生に、「そう言われたんですけど、どうなんですか?」って言ったら、「いや、何、えー? それだけしか説明してくれないの?」みたいに、「は、はい」みたいな感じで。で、まあ最初の先生は、「もう1年ぐらいたったら、はがしゃいいんだから」って言われて。はがす?(笑) 「へえ?」みたいな、癒着をはがす、うん。「あの、再建とかそういうことですか」って、「乳房再建のことですか」って言ったら、「いや、そうじゃなくて、うちの形成外科に来て、もうチッとはがせばいいだけだから、すぐだよ。1日で帰れるよ」って言われて、「入院しなくて大丈夫だよ」と言われて。ああ、そうなのと思ったんですけど。
でも、何か最近聞いたら違うみたいで、形成外科ではがして。「でも、はがしたとしても、中身がないから、中身に何か入れないと駄目ですよ」と言われたんですよ。「結局、再建しないと駄目ですよ」ということらしいんですね。だから、何かそういうことからして、全部説明がされてなくて。えー、そう、でも、何でかは分からないですけどね。何でこう、拘縮しちゃって、胸がひきつれちゃったままなんですよね。今でもね。
傷、傷じゃないんですよね。あの…乳房がこうあって、その下のほうにがんがあって。で、がんは取ったのは、切り口は乳首のところを、回りを切って、中から出しているんですね。中身がなくなっちゃったから、このクシュッて、空気がなくなっちゃったみたいな感じですね、袋の空気がなくなっちゃったら、ピチャッとくっついちゃうみたいな、そんなイメージ、で、くっついちゃったんですね。はい。

乳がんの語り

どうしてもダメなら主治医を変えるという選択もあると思う(音声のみ)

あの、がんっていうと重くなっちゃうと思うんですけど。確かに私も一瞬は重くなったんですけど、まあ今の医療はとても進んでいるので、いろんなお薬もあるし、あの、本当にいいドクターに出会えれば、あの、そんなに私みたいに悩むことはないと思うので、何しろ質問したいことは質問して、あの、どうしても駄目だったら変えてもいいと思うんですね。私も変えたので、その変えるという勇気があればいいのかなと思いますね。あの、絶対その先生じゃなきゃいけないっていう、そう思わないでほしいっていうことはありますね。

乳がんの語り

再発して、いいことも悪いことも全部、両親に話している。その方が自分は楽だし、両親にとっても安心だろうと思うが、やはり自分以上にショックを受けていると思う

 私、はっきり、「がんの転移っていうのは、こういうことだから。で、セカンド・オピニオン行って、余命もこんなふうに言われちゃった」とかいうのを、やっぱり言ったときはすごくショックで、ちょっとそれは、衝撃大きかったから言わなければ良かったかなとも思うんですけれども。ただ、そうですね。自分が今、こんな勉強しているとか、こんな情報を得たとか、いいことも悪いことも全部言っているんですよ。親が分かっても分からなくても。「今、こんな薬使っているけど、実はこんな薬」とか、「今、(抗がん剤が)すごく進んでてて」とか、「こんな情報もある」とか、「インターネットでこんなこと言ってる」とか、「今度この先生に会いに行く」とか。で、結果がこんなふうに出ているとか、いいことも悪いことも分かっても分からなくても話をしていたら、何て言うんでしょう、その状況に慣れて。「あ、子どもはこういうふうに病気とその、うん、接しているんだ」とかね、「向かい合っているんだ」と。「自分で勉強してしっかりやっているじゃないか」とか。で、結果もちゃんと出て、先生とも話してというのを、その状況を見て、まあある意味安心しているんじゃないかなあと、思います。
 だから、そういうのを全部いいことも悪いことも含めて話すことで、私はそのなるべく話さないとかね、言わないっていうことではなくって、そっちのやり方を取っているっていうか。それで、自分が楽だし、もう親もある意味、安心なのかなっていうふうに。
 ただ、そうですね、また母親と父親とちょっとまた、ねえ、反応が微妙に違うんですけどね。まあ父親は、何かやっぱりすごく、自分の子どもに対して、その感情が強くって、まあ「転移して、自分より先に死ぬかもしれない」っていうことに関しては、頭で分かっているかもしれないけれども、それはもう「絶対にあってはならない、世の中であってはならない」っていうふうに、多分今でも思っていて。もし、その抗がん剤でね、例えば未承認の抗がん剤でその莫大な費用がかかるとしたら、「もう家売ってでもお金を作るから」みたいなことを、言うんですよね。だから、その辺の思いっていうのは、やっぱりすごく、親の思いって幾つになってもね、強いなあっていうのは思います。
 だから、まあ再発とか再々発とかそういう時期があったんですけども、例えば悪い結果が出たときって、言うの辛いんですけれども、隠してても後で分かるし、随時言ってたほうが、こうなる、ああなるっていう状況を随時言ってたほうがいいかと。ただ、言うと、自分以上にやっぱりショックを受けますよね。その意味すること、すごく悪く取ったり、すごく心配して。

乳がんの語り

5歳の息子は「ママの病気はがん」と言う。ときどき子どもに甘えて、「ママのこと忘れないでね」と言ってしまい、夫に怒られる

毎週、病院に行くときは、おじいちゃん、おばあちゃんが世話してくれるので、「病院に行って、点滴をして帰ってくる」っていうのも全部分かっています。で、病名も分かっています。「がん」っていう病気も分かっています。
「がんが死ぬ病気だ」っていうのを分かっています。というのは、そうですね、昨年、相次いでおばと義父ががんで亡くなっているので、「がんは死ぬんだ」っていうのは分かっています。ただ、「がんは死ぬときもあるし、死なないときもあるし。で、ママのがんも進んでいるから死ぬかもしれないけれども、でも、なるべく、子どもと、あなたと一緒にいたいから頑張って点滴受けているんだよ」っていうふうにかなり言っちゃっています。もしかしたら、子どもにとっては残酷なことかもしれないけれども、逆に私が子どもに甘えてしまっている。その自分でこううまく隠したり、コントロールしたりできないっていうかな。いずれ、別の局面が来ますよね。そのときに、ねえ、急にいなくなったり、「実は」って言うよりももう少しずつ。子どももだんだん年齢もこう上がってきて、その年齢なりの理解が、まあできているっていうか、そこにちょっと甘えているか、期待している部分もあって。うん、ちょっと子ども小さいんですけれども言ってしまっています。

――ご主人は、そのお子さんに対して、何かその辺でこうかかわったりとか。

うん、「あんまり言うな」って言われます。あまり、「がんで、死ぬかもしれない」とか、まあそんなダイレクトに言ってないけれども、時々それに近いことを言うこともあるんですよね。「ママ、そんなにずっと長くいられないかもしれないけど」って言うときが何かあって、それはすごく怒られます。「そんなことは絶対言うな。子どもには関係ないし、残酷だから」。確かにそうだなあと思うんですけれども、そうですね、何でしょうね。言っちゃいけないのかなあ。ちょっと子どもに慰めてもらいたいときがあるのかもしれなくって、「ママのこと忘れないでね」なんて言っちゃったりね、ということがあるんですよね。
 

――お子さんは何ておっしゃいますか?

さまざまで、あんまり言うと泣きます。「ママと別れたくない」とか。うん、そうですね。「何でそんな寂しいこと言うの。そんなこと言ったら、本当にいなくなっちゃう」とかって、もうそうですね。4、5歳になると、そういう表現ができるので、ちょっとびっくりしたり。うん、まだ、たまには、「あ、でも、ママは自分が大きくなったら死ぬんでしょう。でも、大丈夫だよ」とか、「夢で会えるんでしょう」とか、「でも、夢で会うのと、あの、本当に会うのとは違うんだよ」って言ったり、何か、子どもに甘えてそんな会話をしてしまうことがあって。笑って話せるときはいいんですけど、ちょっと子どもが、それでこうガクーンと泣いちゃうときは後悔したり。自分も何のためにしゃべったのか、慰めてもらいたいのか、何なのか、自分本位なのかなと思って反省したり、そういうことは主人は怒りますね。