投稿者「dipex-j」のアーカイブ

乳がんの語り

医師は薬の値段の説明をしないので会計の窓口で驚いた。タキソテール点滴後は車の運転ができないので、タクシー代もかかる

治療を受けながら、まあ副作用にも苦しむわけですけども、経済的にもですね、これは大変だというふうに思うことがありました。まあ手術や入院はね、多少のお金がかかることはもう分かっていたので、ああ、こんなものかなと思いながら、お会計しましたけれども、やはり抗がん剤が高額なのはびっくりしましたね。
高いとは聞いていたんですけども、そういうお話はお医者さまはあんまりなさらないんですね。「点滴が1本、幾らですよ」とは言わないで、「次がタキソテールですよ」っておっしゃるから、「はい」って言って、点滴を受けてお会計の窓口に行って、初めて、それが3万5,000円するとかっていうことに直面するわけなので。だからといって、じゃあ、それをしないかというと、うーん、まあそういうわけにもなかなか今回は私の中ではいかなかったですけれども。うーん、まあね、誰もが潤沢に、その経済的に余裕があるかというと、そうでない場合もありますし。特にタキソテールの場合は、アルコールでそのお薬を溶いているので車は運転しないようにというふうなお話でしたから、必ずその日、気持ち悪くない時間に帰れるんですけども、「車では来ないでください」というふうに言われましたから、往復タクシーなんですね。なので、そのお金ももちろんかかりますし、ああ、やはりがんの治療というのは、お金がかかるなあというのが本当に実感として、お金を払う段になって初めて思いました。

乳がんの語り

がんには温熱療法がいいと聞き、テルミーというお灸の施術を受けて、ストレス解消になった

がんには温熱療法がいいというふうにも聞いていて、それは、その夫の母からの勧めで、お灸なんですけれども、テルミーというお灸がありまして。それは、何かこう、金属の部品の中にもぐさのですね、お灸の棒、お線香の棒のようなものを入れて、そこに一度火を付けて消して、その煙をですね、体にこう、当てていく治療、温熱療法なんですけれども。その施術をしてくださる方が、たまたま調べたらば、同じマンションにお住まいの方がいらして、とてもそれは幸運だったんですけれども。ご自分のマンションの一室を治療院として使っていらして、私はですから、抗がん剤を投与された次の日に必ず、一番きつい日にですね、そこに予約して伺って治療していただいたんですね。
その方がおっしゃるには、治療して、温熱療法ですね、そのテルミーのお灸の、その煙をこう掛けていくとですね、悪い場所が赤くなるっていうんですね。「体の部分が反応して赤くなるんですよ、背中痛いですか?」っておっしゃって、「そうなんです。背中がすごく凝っているんです」って言うと、「真っ赤ですよ」っていうふうにおっしゃって。そして、手術をしたところの箇所も、こうずっと煙を当ててくださって、そうすると不思議なことに体の中がふわーっとこう、温まるというかですね。とても巡りが良くなっているような感じがですね、実感できて。そして、その方ともいろんなお話をしながら、そういうことも、また、一つの、何ていうんでしょうかね、ストレス解消というか。何かこう、お話しできる場があって、とても良かったなというふうに思っています。

乳がんの語り

ホルモン感受性があったので、抗エストロゲン剤を5年間飲むことになった

で、抗がん剤が合計10回、まあ約半年間かけて行われまして、11月には終わりましたかね。11月に終わって、その後は今度からはホルモン療法というのをしましょうということになりました。で、まあホルモンの感受性があるがんかどうかということがタイプとして、人によって違うんですが、私の場合は感受性があったのでホルモン療法ができるということでした。投薬ですね。毎日1錠、毎朝必ず飲むというお薬をいただいて、女性ホルモンを止める薬なんですけれども、これは、ノルバデックスというのが通称名で、それのジェネリック(後発医薬品)ですね。後発品で若干こうお安いということで、効能は同じだからということで、まあそういう配慮をしていただいて助かっておりますが(笑)、これを5年間毎日飲みましょうということで、投薬を受けています。今は、その薬を飲むということが唯一の治療ですかね。

乳がんの語り

かつらは友人からもらったり、ひまわり基金でレンタルしたりして、事前に用意した。帽子と部分ウィッグの組み合わせも重宝している

あとは、脱毛するというのが分かっていましたので、かつらをどうするかっていうこととか、そんな心配を直前にはしていて、幾つか用意していました。また、友人が「もう自分は抗がん剤が終わったから」と言って送ってくれたかつらもあったり、自分で買い求めたものもあったり、あとは夏目雅子さんの「ひまわり基金」というのがあって、そちらでウィッグをレンタルしてくださるんですね、無料で。そこからも借りたりとか、結局、結局なかなか、何だろうなあ、今の若いお嬢さんは別なのかもしれませんけど、エクステンションとか、ウィッグの生活をしてきてないので、どういうのがいいのかも自分でもイメージがこう沸かなくて、結局は何かお店で試着するには勇気が要りますよね、自分でもう髪がないわけですから。なので、結局買ってきて、家で付けてちょっと違うかなあとかっていうことが、ありまして(笑)。うーん、そんなのを気にせずに試着すれば良かったのかなあなんて、今になってみれば思うんですけどもね、なかなか難しかったですね。で、帽子もそれまで、今はこんな毛糸の帽子をかぶっていますが、それまではあまり帽子をかぶる生活をしていなかったので、手元にはなかったので、いろんなものを買い求めて。で、この、今している、これも部分のウィッグなんですね。これは面白くてですね、通信販売で求めたんですけども、フルウィッグではなくて、部分ウィッグで、頭の部分、この帽子からで隠れている部分はメッシュの帽子の、本当に帽子、すっぽり上からかぶる帽子のような形になっていて、で、この見える部分だけが部分的に、髪が付いているんですね。なので、普通のかつらと違って長時間着けていてもとても楽ちんなんです。すぽっとかぶって、そして自分で好きなように何かバンダナでもいいんですけども、好きな帽子を合わせることができてとても重宝しています。

乳がんの語り

抗がん剤治療中、もともと通っていた整骨院で免疫をあげるつぼを刺激してもらっていた。効果はわからないが、予定通り最後まで治療することができた

 まあ真夏の間はちょうど私はこの抗がん剤をやっていまして、病院でやるその抗がん剤の治療以外に自分の中で努めて行っていたことは、まず体がしんどい、だるいということがあってですね、もうとにかく全身の倦怠(けんたい)感がひどくて、ごろごろごろごろ、まあ真夏だっていうせいもありますけれども、していて、で、抗がん剤のせいももちろんあったと思うんですけども、何かこう全くそれに術側の腕がですね、重だるいような気もしますし、整骨院にですね、指圧の治療に通っていたんですね。
それは、もともと、元から行っていたところなんですけども、私がそのがんの手術をするということになりましたらば、そこの院長先生が、「免疫力を上げるつぼに刺激をしましょう」っていうふうにおっしゃって。そういう治療を、炎症が起きないように、普通の針ではないんですけどね、何か鉛筆の先のようなこう痛くない針なんですよね。で、全身のこうそういう免疫力を上げるつぼというらしいんですけども、そこを一生懸命刺激をしてくださって。そして、こう、今、部分的にちょっと痛くない針を1ヶ所しているんですけども、それが何か良いということで、それを1週間に1回、その治療をしていただいて、そして、その特に白血球の数であるとか、リンパ球の数であるとか、血液の(検査結果を)気にされて、「病院で採血したら、その結果を教えてください」というふうに言われて。何か整骨院とそのイメージが、私は最初結び付かなかったんですけども、病院でコピーしていただいて持っていくと、なかなかにそのリンパ球の値も良いし、白血球も本当に落ちきってしまうと、抗がん剤自体の治療ができなくなるので、ぎりぎりまで、まあ最後落ちたんでけども、とうとう中止はせずに予定通り最後まで治療することができたんです。
私は、自分のやっていた、その免疫力アップのその治療も「まあ効いたかもしれませんね」って、整骨院の先生とは話して。でも、そんなに、あの保険適用の整骨院でしたから、経済的にもそんなに負担でもなく、家の近所でしたし、まあ負担にならなければ、まあ効いたとしても効かなかったとしても、ああ、やって良かったかなというふうには思っています。

乳がんの語り

治療は外来で、まず吐き気止めを入れてから抗がん剤の点滴が行われた。原則的に手術した腕には点滴を刺せないので、最後の方は血管を探すのが大変だった

まず、最初に吐き気止めですね。吐き気止めの点滴を小さな点滴を1本入れてから、先ほどの抗がん剤を点滴しました。そこの部屋に、お注射をする特別にする先生がわざわざ注射針を刺すためだけにいらっしゃって、とても本当に注射の上手な先生ばかりで、最後だんだん、何週、何回も続けていくと血管が硬くなってしまって大変だったんですけれども、とても皆さんお上手な先生でありがたかったなあと思いますけれども。ただ、それまでと違ったことは、乳がんの手術をしたほうの術側の腕は、点滴に使えないんですね。どうしても感染ですとか、心配なので、術側は使わないというのが原則だそうで。ですので、私の場合は左が手術をしたほうなので、右側の腕だけで点滴しましたので、採血も右側だけ、点滴も右側だけだったので、どうしても使える箇所がだんだんだんだん減ってきて、普通だったらば交代交代に点滴をしたらいいんでしょうけども、それができなかったので、最後のころはとても血管のよく出る腕だったんですけれども、なかなか出なくて手の甲だとか、あまりしてほしくないような、内側だとか、血管を探して刺すことになりました。まあでも、まだ何とかできたのでいいほうだったと思っています。

乳がんの語り

FECという3種類の抗がん剤を外来で3週おきに点滴した。毎回、治療前に採血をして白血球数を医師がチェックした上で、治療が始まる

使った抗がん剤はファルモルビシン、エンドキサン、5-FUという3種類で、その頭文字を取って、よくフェック、FEC(*)、フェックというふうに言われている抗がん剤の組み合わせだそうです。3週間ごとに1回の点滴です。なので、その間に体を休めて、特に心配されていたのが白血球の低下についてです。なので、まず点滴を受ける前に採血を朝一番にします。そして、採血の結果が上がってくるのが1時間ぐらいかかるんですね。その間待たされまして、採血の結果をドクターが診て、この白血球の数だったらば抗がん剤を投与しても体に対して大丈夫だということが分かってから、薬局に抗がん剤をオーダーするんですね。
それから、また薬局から抗がん剤が上がってくるのを待ちますので、結構な待ち時間になりまして。で、私の場合は通院で抗がん剤を最後までやりましたので、通院治療室というのが、お2階にあったんですけれども、そこでこう何ていうんでしょう。簡易ベッドのようなタイプのベッドに横たわりながら点滴を受けました。ベッドの正面に小さいテレビがありまして、退屈しないようにということだと思いますが、そして、こう小さなテーブルがこう置かれていて、そこにテレビのリモコンやちょっとした飲み物や本や、まあ、点滴にどうしても3時間とかかかってしまうんですね。なので、その時間まあ退屈しないようにという、いろいろな計らいをされていました。

*FECとは抗がん剤の多剤併用療法で、5-FUの一般名フルオロウラシル(F)とファルモルビシンの一般名塩酸エピルビシン(E)とエンドキサンの一般名シクロホスファミド(C)の頭文字をとった略称です。

乳がんの語り

リンパ節転移もあったので、再建手術はきちんとがんが治るまで3年待つようにいわれたが、日にちがたつうちに次第におっくうになってきた

で、都立病院の先生は、「いつでも再建はできるから、きちんとまずがんを治して、それから、いらっしゃい」というような言葉をいただきました。ただ、あの、私のそのがんの組織、しこりが小さくないこととか、まあこれは術後に分かるんですけれども、リンパ節に転移がありましたので、再発や、ほかのところへの、まあもっと言えば、片方の胸に転移する可能性とか、取ったほうの胸に再発する可能性というのが少なからずあるので、乳房の再建については3年間は待ってほしいという、手術する主治医の先生がおっしゃって。3年というのが長いのか短いのか、よく分かりませんが、3年以内に再発する可能性が高いんだなあと、そのときには受け止めて。
で、私は、その同時再建というのも本で読んで知っていましたので、そういうのが本当は良かったなあ。どうせなら、一度の麻酔で痛い思いするのも1回で済んだら良かったなっていうのは、今でも思っていますが。ただ、せっかく胸を作っても、また、再発したりしたら、また切らなければいけないし、そして、がんの再発についても見落とすことが、まあ出てきてしまうから、3年は我慢してねという言葉を何度も今も反すうしていますけども、結果的には良かったかなというふうに思っています。
けど、不思議なもので、手術をして、日にちが、まだ1年たっていませんけれども、だんだんたってくると、もう一度、手術をするのがだんだんおっくうになってくるんですね。それがとても不思議な感じで、最初はすぐにでもと思っていた気持ちがもう一度再建をする、ああ、手術をするという、痛い思いをする。で、そして今、あの、乳房の再建には保険適用については、自分の組織を使わないと保険適用ができないというふうに聞いていますから、おなかとか背中の肉を使うんでしょうけれども、そちらにも傷がまた入るということなので、うーん、どうしたもんかなあと思って、まあ3年間のうちに考えればいいと思って、私の中では保留して、今、いるんですね。

乳がんの語り

家に戻ってから半月くらいの間、ガーゼがびっしょりぬれるほど傷口から大量の体液がにじみ出て不安になり、メーリングリストに質問した

私は今のところリンパ浮腫の兆候はまるで見られなくて、そして、手術された執刀された先生が「神経をね、切っていないから、支障ないはずなので」というふうにおっしゃって、神経を切る場合なんてあるのかしらって思ったんですけれども(笑)、本当に何も支障なく。ただ、自分でもびっくりしたのは、手術が終わって抜糸をして、家に戻ってから、傷口からですね、リンパ液のような体液がですね、たくさん出たんです。それで、ガーゼを当てて過ごしていたんですけども、本当に普通に暮らしているのに、そのガーゼが最初は黄色い液体なんですけれども、びっしょりぬれるんですね。で、やっぱり傷口なので。で、まあそれまで、抜糸するまで、ドレーンでそこから管で体液を抜いていましたから、ああ、その分なのかしら。で、ドレーンは直前にもう抜糸のときに抜いていますから、小さな穴として残っていますけどもふさがっていますよね。だから、傷口というのは、まあ縫ってありますけども、その縫い目のところからこうにじみ出てくるような形で、そのガーゼがぬれるんですね、びっくりしましたね。
で、しばらくの間、どのぐらいだったかしら、半月ぐらいですかね、本当に換えても、換えても、ガーゼがぬれていくので、私も入れていただいた乳がんのメーリングリストの方に質問をね、してみましたら、そこに参加されているお医者さまがお返事をくださって、本当に生活に支障が出るほど、それが大量であれば、心配なので、執刀された病院に行くようにというふうな、でも、少しだったらね、溜まってしまうよりは、中に溜まってしまうということがやっぱり浮腫の原因の一つになってくると思うので、溜まってしまうよりはね、少しぐらいは大丈夫って返事をくださって。ああ、そう。そんなもんかしらって思う間もなく、次の診察のころには止まっていましたから、ああ、若干そういうこともあるのかなと初めて思いました。ただ、それは、事前に読んでいた本とか、中には全然そういう記載がなかったので、まあ格別に私の場合そういうことがあったのかしらというふうに思いましたね。

乳がんの語り

麻酔から目覚めてから朝までは、嘔吐や傷の痛みが辛かったが、明け方に酸素や導尿の管を外してもらってからは点滴台を押して自分でトイレに行った

本当に、あの、一晩が長く感じられて。ただ、麻酔からさめて、すぐに一度、戻したんですね。吐き気が強くて。でも、何かそれはよくあることらしくて、看護師さんがすぐ枕元に用意していってくださっていて。きれいに本当に、朝絶食だったにもかかわらず、胃の中のものがスッとこう、戻すことができて、まあでも、それ、1回きりで、ああ、こんなものかなと思いながら過ごしました。一晩、とても長くて、早く、ああ、夜が明けないかな、明けないかなと思いながら過ごしましたけれども。途中、傷痕の痛みがひどくて、えー、痛み止めの注射を1回、2回かな、していただきました。
もう我慢しないで、すぐ言うようにということだったので、お言葉に甘えて、すぐ痛い痛いと言って(注射)していただいたので、割とスムーズに過ごすことができました。で、もう5月ですから、結構日が長くて、夜明けも早くて、5時ごろかな、もうちょっと明るくなってきて、看護師さんに、「もう外して、外して」って言って、あの、お願いして、「もうしょうがないわね」などと言われながら、「でも、まあ元気だし、大丈夫そうね」と言われて、導尿の管と酸素と、あの脚のエアマッサージの全部外していただいて、ああ、すっきりした。まあ点滴だけはどうしてもね、抗生物質なんかの点滴がありますから。
そして、私は左胸でしたけれども。手術した後、すぐその傷痕のちょっと下のところからドレーンで、中から、こう出るんですね。体液とか、溜まった血液などが、術後出るものが、中に溜まらないように、そこから外に排出されるドレーンを2本、こう、管が、細い管が出ていて。その何ていうんでしょうね、それがこう、パックに出て、あの、出た血液とか体液が小さなパックに溜まるようになっているんですけども。それを点滴のまたその下のほうに引っ掛けて。で、その点滴と、そのドレーンだけが外れないわけですけれども、まあ、それを押して、もう自分でお手洗いにも行くことができて、やっと1人で動けるといって、その朝、もう外していただいて。すぐに反動を付けて思いっ切り起き上がったら、また同じ部屋の患者さんが、すっごくびっくりして、「すごいわねー」とおっしゃいましたけども。私はもう自力で起き上がることができて、何かとてもホッとしたというか、まあ確かに傷痕は痛いんですけれども、ああ、動けるっていうのが、何かこう、嬉しいっていうような気持ちでおりました。うん。