投稿者「dipex-j」のアーカイブ

乳がんの語り

トラブル続きで治療のスケジュールがどんどん遅れていったので、先が見えない状態だった。疑問や希望を主治医に伝え、スケジューリングを考えていった

まあ、その後もかなりトラブル続きだったんですけども、えーと、「まず、先に、その、右側を全摘しましょう」と。「でも、その前にちょっと期間が空くので、抗がん剤を始めましょう」ということになったんですけれども、抗がん剤始めたらば、えっと、白血球がガンと下がって、で、緊急で入院させられたりとかいうことが、まあ、病院が遠かったということもあって、その、心配されたんだと思うんですけども、そういう形であのー、入院したりとか、あと、まあ、近所のクリニックのほうで、抗がん剤も続けてたんですけども、そこでもやっぱり何度か、白血球が下がり過ぎて、近くのところを紹介されて入院という形になりました。で、本人的には、もう全く、その、痛くもかゆくも熱もないし、何ともないんですけど、数値が悪いから、結局、その、危ないからと。あの、後で考えると当然なんですけれども、これはなかなか納得しがたいというか、そういう感じでしたね。
で、えっと、病気自体は、その病理の結果とかを見ても、それほど悪性度高いわけでもないし、命は大丈夫なんだろうなっていう感じはあるんですけども、治療がどうなるんだっていうのが全く見えない状態。しかも、休みを取ったんだけども、いつになったら復職できるんだという計画が立たない、という状態だったんですね。そのときすごく思ったのは、乳がんは特にそうかもしれないですけども、あの、いろんな治療を並行してやったりすると思うんですね。手術はほんのごく一部で、抗がん剤だったり、分子標的剤だったり、いろいろあるんですけれども、そういうものと、その、いわゆる、そういうもののスケジューリングですね。これがなかなか大変なんですよね。特に私のように手術を後でもう一回やらなきゃいけないような場合には、例えば前の手術のせいで、えっと、あの、何というかな、貧血ぎみになってたりすると、手術ができないからって延びてしまう。でも、延びたところで、その、結局、そうすると、そのままずんずん、その、全部スケジュールがディレイしてしまうと、もういつになるか分からない(笑)。で、並行してできるものはないのかということを(笑)、結構思いまして、先生にお願いして、で、右側を全摘した後、もう抗がん剤を終わらせてしまって、えっと、FECを終わらせてしまって、それから、もう一回左のほうの全摘という形をとっていただきました。

乳がんの語り

紹介されたクリニックの提携病院で内視鏡手術を受けた。内視鏡だと傷が小さく、痛みがない点はいいが、時間がかかるので、両側乳がんだと一遍に手術ができなかった

病院に関しては、最初、選択は特にしていないんですね。紹介されたクリニックに行って、そこと提携している病院ということで、まず、そのままの流れで内視鏡(手術)、その先生は内視鏡でやられたので。で、いろいろ調べて、そのときに調べてみたんですけども、内視鏡について特に問題がありそうなことは見えなかったので、やってみようというふうに思いました。まあ、あの、逆に言うと、取っても、何て言っていいんでしょうね、内視鏡じゃなくても何でも、その、あまり形にこだわらなかったので、それは、いいやと、病気をちゃんと取ってもらえばそれはそれでいいという感じでしたので、そのままって感じですね。ただ、その、ガイドラインを見て、その、標準のあれ(治療)にはなっていないと。私の受けたところの病院はたくさん症例があるけども、あとはあまり多くなくてということを初めて知ったという状態でした。
乳がんに関しては、その、いろんな先生がいろんなやり方でやられてて、何が正しいというのはあまりはっきりはしないですけども。ただ、まあ、内視鏡でやったこと自体は後悔してないです。というのは、やっぱり傷が小さいので痛くないんですね。痛みは全然ない。そこがやっぱりいいとこですね。ただ、両方一遍にできないんですよ。やっぱり片側ずつしかできなかったんですね。だから、私のように両側で、しかも、まあ、最初から全摘と分かってたらどうか分かりませんけども、しかもこう、何ていうかな、やらなきゃいけないような場合には、うーん、普通の手術のほうが負担は楽かな、(負担は)ないかなと、体のほうに負担はないのかなというふうに思います。やっぱり全身麻酔でやる手術というのは後が大変ですよね、体的にはね。できれば回数は少ないほうがいいと思います。

――内視鏡で、あの、取るということで、傷が小さいということをおっしゃってたんですけど、まあ、一遍にできないっていうことは、それは何か理由があるんですか?

やっぱり時間かかりますね。あの、もともと標準的(な方法)でも3時間ぐらいはかかるんじゃないですかね、あの、部分の場所でも。私のように、取ってる最中に、手術の最中の病理検査で断端陽性が消えなかったりするとものすごく時間かかるんですね。で、私は、左側は6時間とか、7時間とかそんな形でかかってましたね。それだけやっぱり時間かかるものなので、両方一遍にはできないんだと思います。

――分かりました。はい。

その点がデメリットですね、やはりね。そういう意味では、温存したい人で、その、あまり大きく広がってない人とか、あまり大きくない人だったら、内視鏡でやったら後が楽なのでとってもいいと思うんですけど。

――傷の大きさというのは、ちなみにどのぐらいなんですか?

えっと、脇が2センチぐらい、脇の下ですから、腕をこうすると、全然見えない。で、あとは乳輪のところに沿ってやりますので、あの、見えないですね、そういう意味では。だから、すごくいい手術だと思います。

乳がんの語り

会社に初めてマンモグラフィ検診車が来て検診を受けた

まず、検査は、えっと、会社の健康保険組合が初めて、会社の事業所にマンモグラフィの検診車を横付けして検診しようという1回目の取り組みのときでした。で、私自身は、30歳のときに線維腺腫が見つかって、それから5~6年は半年に一遍ぐらいずつ通ってたんですね、お医者さんに。でも、まあ、大きくなることもなかったので、そのまま。その後は40歳のときに1回受けて、そのまま忙しくなってずっと行ってなかったと。
というのが、40歳のときに受けたときに、あの、大きくはなっていないんだけれども、これが良性か悪性かを確認するためにはやっぱり針生検をしなければいけないというふうに言われて、ちょっと怖かったんですね(笑)。で、そういうものもあって、当時はまだマンモ(グラフィ)はあまりやってませんでしたので、で、今回、マンモグラフィだということで、受けてみようということで受けました。多分、線維腺種があるので、絶対最初に引っ掛かるだろうというのは覚悟してたんですね。だけども、今度はまあちゃんと最後まで受けようというふうに思って行きました。
ところが、結果を見たらば、線維腺種はもちろんあって、そこのところは写っているんですが、それ以外に石灰化の細かいものが両方に見つかったという状態でした。それも、あの、そうですね、そんなに多く映ってるわけではないんですけども、両方とも同じようなぐらい、出ていて、ちょっと先生にも珍しいと言われたような状態でした。
で、会社で受けてますので、大体病院を紹介してくれて、幾つかこう書いてありましたので、まず一番近いところに行ってみたんですけれども、そこは普通のクリニックでしたので、えっと、針による生検まではできたんですけれども、石灰化の部分が悪性かどうかというのは判断できないと、それでやっぱり大きな病院行ってくださいということで。で、そのときに、マンモトーム生検というので調べたんですけども、そこで初めて、私のがんのあれはどういうもんなんだろう、もしがんとしたらどんなもんだろうというのをインターネットで調べてみて、あ、こういう形のものなのかと。で、確かにそれほど進んでいるとか、大きいとか、そういうことではなさそうだし、ある意味、今すぐ命にかかわることではないんだなというとこまでは、あの、納得して。で、そのときの先生は、まず3~4割の確率かなというふうにおっしゃったんですけど、自分としては何となく、多分、がんなんじゃないかなという感じは何となくありました。

乳がんの語り

再発は最初の告知より、死を意識してとてもショックだった。なぜ男性の乳がんになったかわからないが、考えても仕方ない。何とか治したいが、治らなくても笑って死にたい

やっぱり、がんっていうのは、完治っていうのはないわけですな。取り残しっていうのは、やっぱし…その場合、やっぱりね、一番初めは、年も若かったんか、2回目の(再発のときに)、その確かに「がんや」言われたときには、ものすごいショックやったですな。「わあー、死ぬんかなー」ほんで、お母さんがおれへんかったら、僕、ほんまに気が変になっとったかわからん。「ここにできた、こっちへできたもん取って。こうできて骨へ移ったら、骨の治療したらいい」と。ものを単純に、ものを考えたら、そういうことですわ。それであかんかったら、死ななしゃないですよ。それは、甘んじて受けんのはどうするかということは…ですな(笑)。それだけやと思う。
何でこうなったんやろうと思うたことね。そんなもん、どう考えてもわかりません。しかも、2万人に1人ぐらいの男性の乳がんになったということ、僕、宝くじみたいなもんやなぁと思って。何でなるんかと思うたら、そりゃストレス起こりまっせ。そやけど、そんなもん、考えたかて、どうしても、結論のつかんもんは…どないしょうもないですな。現実的に、僕、がんになっとんのやから。それを、どないかして治すし、治さん…治らなかったら治らんで、ような生き方をしたいと思います。そやから、笑って死ねたらええなとそれだけです(笑)。

乳がんの語り

抗がん剤の副作用でがさっと髪が抜けた時は、いい感じはしなかった。丸坊主で眉毛もなくなったが、そのままの姿でパーティーに行き、社交ダンスを踊っていた

あー、僕はね、男やからかもわかりませんが、ただ、あの、風呂場でね、こうやってやったら、がさっと抜けたときには、やっぱ、あんまりええ感じしませんでしたな。そやけど、丸坊主で眉毛ないのに、あの、そこらのパーティなんか行って、そんまま踊っていました。4時間ぐらいは。そやから、髪の毛がなくなったということについて。ただ、心配したんは、あの、白血球が減るということが心配しましたね。それが一番気つけましたね。それと、風邪引きだけを用心しました。そやから、頭の髪の毛には、何も対処しません。ほなら散髪屋へ行きますと、マッサージやってね、リハビリやってくれるわけ。で、いつも、丸刈り。ほんな、丸刈りっていうのは、清々しいて、風呂は入っても洗うの簡単やしね。

乳がんの語り

髪の毛は抜け、しびれもあったが、食欲はあったし、よく運動した。長年、社交ダンスが趣味で、治療中でも4時間も踊って、みんなに鉄人と言われた

それと、僕が一番ね、助かるのは、抗がん剤を16クールもやりました。その前にももういっぱいやっていますが、あの、副作用が10クールぐらいまで、全然ないんですわ。ただ、頭が全部禿げてしまうのと、眉毛が抜けてまうのと、全部ありましたが。ただ、ま、乳がんやからもわかりませんが、食欲はすごく旺盛なのと、それとやっぱり、運動をよくやっておりました。あの、恥ずかしい話ですが、社交ダンスをやっておりました。もう、10何年間かやっておりますよってに。ほんで、やっぱり、そのときに、友達が言いますが、姿勢を伸ばして横隔膜を伸ばしておりました。ま、そういうものを全部加味してやりますと、何か…、抗がん剤打っている途中でも、パーティーに行っても、4時間ぐらい踊っても疲れなかったです。もう、自分で(笑)、そやから、僕のことを鉄人やってみんな言いましたが。けっして、鉄人じゃないです、のは、16クールぐらいから2クールぐらいかな、手がびりびりしびれてきまして、今なんかすごいしびれてきているわけです。で、足もしびれているわけです。で、歩行がちょっと困難なんです。

乳がんの語り

セルフケアの方法は、腹式呼吸から始まり、さすりながら全身のリンパを流す。ちゃんとやると40分はかかるが、自分の場合は風呂上がりに30分くらいしている

――リハビリっていう、言ってらっしゃることを、もう少し具体的に、何かマッサージみたいなことをするんですか?

あのね、あの、例えば、このリンパがありまっしゃろ、まず、腹式呼吸はじめるわけ。それから、おへそに向かって全部こうずうーっと、あの、水分持っていくわけ。で、今度は、ここを脇の下をずうっとこっち下に流すわけ。で、ここ(脇のリンパ)がないもんですからね、こっからこうここへ(手の先から脇、脇からお腹へ)全部流すわけ。で、今度は、あと、指を一個ずつこうやって(さすりながら)ずうっと流すわけですね。で、こう(指から腕へ)流して、で、ここへ(腕から肩へ)ずうっと流して、また、(肩へ)ずうっと上あがって、また、(脇からお腹へ)こっちのほういってここまでずうっと。こりゃあね、40分かかりますわ。風呂あがって、りょう、両方ともやったらね。そやけど、僕は、30分ぐらいで(笑)、しとるわけ。そやけど、やろうという意思があるからやっています。うん、苦になりません。ここ、あの、風呂からあがったら必ずやっています。それと、足踏みを一生懸命やって。そや、自分のやれることだけ、やっぱり、一生懸命やらなあきまへんな。せっかく先生が一生懸命治そうと思って努力してはるのに、今度は、患者のほうが、やっぱり、自分でやれる、最大限のやっぱり努力は…すべきですよ。と思います。僕の場合ですよ。

乳がんの語り

専門施設で手で行なうリンパドレナージの治療を受けているが、それだけに頼らずセルフケアも毎日している

――今ね、このしびれというとこから、始まったと言っていたんですけど、腕は両方とも結構腫れていますか?その…

両腕何?

――腕は、腫れているんですか?

あ、あのね、あの、一番初め測ったときの資料と、全部くれましたけれどね。で、昨日、一昨日行ったら、その前のときに、ひと月前に行ったら、大体、こっち側(左)がもう4センチほど、全体的に、あの、平均でね。こっち側(右)は2センチ、こっち側(右)はもう正常に近いですわ。そやから、あの、静脈の注射したり、血液採るときもここからでもした。今まで、ここで(手の先)やっとったわけです。こうしても出へんからね。こっち(右)は、もう、ほぼ、正常になってんじゃないですか。で、こっち側(左)は、まだちょっと腫れています。硬いとこありますしな。そやから、毎日、こうリハビリ(用手的リンパドレナージ)せなあかん。リハビリのやり方は、もう3時間かかってやってくれるわけ。はあ、あれはね、感心しますわ。申し訳ないと思います。
前は、そんで、それ保険に出な、出ないんですよ、あれ。リンパは。あれで、先生いわくにはね、今、いろいろ陳情しているらしいけどね。4時間ほどかかるわけです。そやからね、2人しかできないわけですわ。木曜日だけでね。で、僕に、やっぱり3時間か、以上かかりますやろ。それは、もう、リハビリの繰り返しですわ。こうやって、ほんで、最後包帯巻いて、それから、包帯巻いたとこに、今度は機械で、あの、こう、どないいうんですか、低周波じゃないですね。何か言うてました。忘れましたけどね。ほんで、そりゃ、手間のかかる、それとね、資格のある人が2人いらっしゃって、こうやってもらってはる。この水が動いてね、ちゃんとリンパに返ってくるような感じしますわ。で、僕らなんかやったら、あの、寒いのとあれで、早いことやりまっしゃろ。で、僕は、こっち両方(両腋窩のリンパ節)ありませんから、足のこのリンパに返さなきゃいかん。うん、そやから、それは、毎日やってます。で、毎日やれへんかったらね、1週間経ったら、やっぱり、また腫れていますわ。それは、やっぱり、患者は、やっぱり、自分の病気が知っとって、自分の病気ならば、やっぱし、手抜きはあってもいいけど、やっぱり、やるべきことはやらなきゃいけまへんな。薬に頼る、先生に頼るんじゃなくて、やはり、自分の免疫力をつけるためには、ものを食べる、おいしくよく噛んで食べる。もう、基本的なものを原点に戻ったほうがええかもわかりまへんな。そう思います。

乳がんの語り

ストレスの多い生活だったので、がんと聞いて当然だと思った。しかし、いまだに男が乳がんになるというのは不思議だ。見舞いの友人たちは「乳がん」と聞き、なるはずないと笑った

そやけど、僕、自体は、男のがん、未だに男のがんってないと思うのと、それから、お母さんの一言、あの、ようはがんというのは、やっぱり、3人に2人もなるし、なって当たり前のことやし、僕がずっと原発巣から考えてみたら、あの、そういう自分の生活習慣においてでもなったんじゃないかと。で、(仕事で求められる)数字も猛烈やから、ストレスがものすごい貯まっとったんじゃないかと思います。で、酒も飲まんくせに、もうそういう雰囲気を楽しむような、あの、で、午前様で帰って、牛乳1本飲んで、そんなんで病気にならんほうが不思議です。そやから、今、甘んじて、がんになって、何だか当然でしたと今思っております。
友達がもういろいろ見舞いに来ますが、もう、「乳がん」言うたら、笑いころげて、僕、(手術後に)血液、やっぱりこう、あの、ドレーン(で)取ってますやん。「あんなもん、乳がんなんてね、男にあるもんか」、あの、男ってみんなそんなもんでっせ。「男の乳がんかなんていうのは、なるはずがない」と。で、僕、未だにね、主治医にときどき聞くんですわ。「先生、とにかく、今、抗がん剤を打ってもろうておりますが、あの、男性と…女性用の治療やってるんですか?」って聞いたらね。組織は同じらしいですね。乳腺が。女の人は乳腺、ほんで、男性も乳腺があるそうですな。だから、ようは、あの、同じ治療でええんやと。ただ、今、どういうんかな、抗がん剤をやらないために、あの、ホルモン剤を飲んでいるわけです、今ね。そのホルモン剤は、少し違うそうです、男と女がね。うん、先生は、そうおっしゃっていました。

乳がんの語り

10年ぐらい前からしこりがあり、徐々に大きくなって乳頭が凹むようになった。男性に乳がんがあるとは思わず、脂肪の塊だと思っていたが、産業医に診てもらい、乳がんと診断された

僕は、男性として、あの、乳がんというものは、みたいなもんは男性にはかからんと思っていました。ですから、乳がんを発見される10年ほど前から小さいしこりがありました。あの、乳頭(にゅうとう)に。で、その乳頭が、一番初めは、1円玉ぐらい、それ、だんだん大きくなって、5円、最後、50円ぐらいなりましたとき、10年かかりました。10年かかりましたら、その乳頭が、初め、乳頭とそれからその、あの、がん細胞ですね。僕は、あの、どうゆんですか、何かほかのもんと思うておりましたけどね、それが付いてきて凹みましたんで。
で、まあ、会社、産業医がありますんで、あの、もういい加減に、あの、専門家に診てもらえということで、あの、会社の病院へ行きましたら、ちょうど、がんセンターから来られた副院長が、あの、転任されて来ておりまして、診てもらいましたら、「それは、もう乳がんや」と。というのは、何でわかったかというと、あの、しこりがありましたんで、僕は、脂肪の塊と思っておりましたが、で、組織をとって検査しますと、悪性腫瘍であると、ようは乳がんであると。僕は、未だにわからんのは、男性の乳がんって何であんのんかと思っております。だけど、2万人に1人ぐらいはおるんやということで、あの、発見しました。
そやから、あの、その乳がんと気づく以前、10年ほど前から、あの、そういうものがだんだんこう大きくなってきて脂肪の塊みたい、え、硬い、硬いなあと思って、自分で触っていましたが、それが、10年ぐらい経ちますと、やっぱり、こりゃ、もう、ひっついてきて、あの、乳首が中へ凹むようになりました。乳頭がね。だから、これはおかしいということで行きました。即、入院で、即、手術しました。