診断時:42歳
インタビュー時:47歳(2008年2月)
近畿地方在住。2003年、乳がんと診断され、右乳房切除術、同時再建術、術後抗がん剤治療、放射線療法、ホルモン療法を受けた。2004年、肝転移。ハーセプチンとタキソールにて治療。その後、動注化学療法、ラジオ波焼灼(しょうしゃく)療法を受けた。現在も治療中。1人暮らし。フルタイムで仕事を続けている。

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プロフィール詳細

近畿地方で1人暮らしをしているCMさん(仮名)は、数ヶ月前より、肩こり、乳頭からの出血、乳房の張りと赤みなどの症状があることに気づいた。それらの症状をインターネットで調べてみると、乳がんらしいことがわかった。しかし、すぐに病院には行かず、旅行などやりたいことをやってから、検診センターを受診した。そして2003年、右乳がんという診断を受けた。そのときの医師の対応に信頼を置き、引き続き治療を受けることにした。ほどなく右乳房切除術と同時に乳房再建術が行われた。手術後には感染症が起きて、入院が1ヶ月以上に長引いた。フルタイムで仕事をしており、3ヶ月間の休職期間を経て復帰を希望していたため、術後抗がん剤治療の最後のクールと放射線療法は重なる形で行った。また、同時再建術が行われたが、放射線療法で皮膚に炎症が起きるなどのトラブルがあり、再建は完成していない。

2004年、手術後1年半くらいして、肝臓への転移が見つかる。ハーセプチンとタキソールによる治療が行われ、一旦、縮小したが、再び腫瘍が大きくなったため、動脈から直接抗がん剤を投与する動注化学療法が行われた。さらにラジオ波の熱でがんを焼くラジオ波灼熱療法が行われた。現在は仕事を続けながら、外来でハーセプチンによる治療を受けて経過を見ている。治療については、自分でもいろいろと調べて主治医に相談しながら、納得して決めてきた。ここまでの診断や治療の方向性は、自分の集めた情報とぶれがなかったので、セカンドオピニオンは受けていない。

診断を受けてまもない時期から、心理学や生と死に関する本を読んだり、講演を聴くなどしてきた。そして、まずは病気を受け入れることが大事だと考えるようになった。支えとなっているのは、がんを患う仲間たちとの交流であり、たくさんのエネルギーをもらっている。以前、パートナーがいたが、乳がんとなり、病気を告げる前に自分から別れを切り出した。現在は、病気のことも知っているパートナーがいて、自然に受け止めてくれている。自分自身、「病気だ」とか、「したいけどできない」とあきらめず、「したい」という気持ちを大切にしたいと思う。そして、体によいことは、無理せずできることを取り入れるようにして生活していきたいと思っている。

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インタビュー07:体験談一覧