診断時:62歳
インタビュー時:65歳(2008年6月)
中国地方在住。2005年に自分でしこりを発見。自宅近くの総合病院に受診し、左乳がんと診断された。術前化学療法を行い、病期が2期から1期になり、乳房温存術+センチネルリンパ節生検を受けた。 夫と2人暮らしの主婦。息子2人は自立して遠方に住んでいる。

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プロフィール詳細

中国地方在住のKAさん(仮名)は、2005年62歳の時、入浴後バスタオルで体を拭いていてしこりを発見した。今までに体験した事のないコロッとしたしこりで「乳がんだ」と直感して、夫に乳腺外科のある病院を調べてもらい、自宅近くの総合病院に受診した。そして、夫とともに検査結果を聞きに病院に出向き、検査の結果、左乳がんという診断を告げられた。検査結果は夫とともに聞いた。

治療について十分に説明を受けたことで、主治医を信頼して治療を始めることができた。まず術前化学療法を受けることになった。FEC(5FU、ファルモルビシン、エンドキサン)の点滴を3週間ごとに4回予定していたが、吐き気などの副作用が強かったため、3回目で終了し、パクリタキセルを週1で12回行った。

FECのときは、副作用として吐き気、脱毛、味覚がなくなる、爪が薄くなり剥がれやすくなる、顔が日焼けしたようなしみを経験した。パクリタキセルでは、手足の痺れを経験した。何かの上を歩いているような感覚があり、指先に力が入りにくいなど不自由だった。少しずつ良くなっているが、3年経った現在でも痺れは残っている。

手術は乳房温存術が可能で、少し凹みはあるが補整の必要はなく、満足している。術前の抗がん剤により、病期は2期から1期になり、しこりは小さくなり、リンパ節への転移もなかった。治療中はしこりに小さくなるように語りかけ、治療の効果が現れた時は本当にうれしかった。術後は放射線療法は行わず、ホルモン感受性がないがんだったので、特に治療はしていない。

病気がわかった時、夫と相談し、遠方に住む息子たちがショックを受けないよう知らせずにおくことにした。また自分の兄弟や夫の兄弟、近所の人たちにも病気について話さずに、夫婦2人で闘っていこうと決めた。夫はよく協力してくれたし、夫婦の信頼関係も深くなったが、いってに引き受けて夫は一人で辛かったのではないかと思う。

治療中、支えになったのは、同病の仲間たちである。外来で看護師に「ボランティアルームにどうぞ」と声をかけられて、先輩患者の話を聞き、不安が減った。今は自分の体験が人の役に立てば嬉しいと思って、患者会のお世話係をしている。がんになって、24時間を以前とは違う非常に価値あるものだと感じ、自分にかかわりあった人々を大切にしたいと思って、日々過ごしている。

再発や転移への不安はあるが、そうなったときは主治医を信頼してまた前向きにやっていこうと思っている。

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