診断時:51歳
インタビュー時:56歳(2008年7月)
首都圏在住。専業主婦で成人した子どもが2人いる。2003年夏、夫の単身赴任中に右乳がん(小葉がん)が見つかる。乳房温存術とリンパ節郭清後、ホルモン療法と放射線療法を行った。手術後4ヶ月以上経過して、間質性肺炎と診断された。現在、ステロイドを内服しながら経過を見ている。

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プロフィール詳細

2003年夏、KE(仮名)さんは乳がん検診で異常を指摘された。精密検査の細胞診の結果、クラス3であったが、怪しいので切除した方がよいと言われ、病院を探した。実家が近かったこともあり、夫の単身赴任先で治療を受けることにして、乳房温存術が可能な病院へ行った。そして、部分麻酔で生検をし、がんであることが確定したので、引き続いて乳房温存術とリンパ節郭清を受けた。手術後は、ホルモン療法(ゾラデックス、後にリュープリンの注射とタモキシフェン内服)と放射線療法を受けた。

手術後4ヵ月以上経った頃、38度以上の熱が1週間くらい続いたため、風邪にしてはおかしいと思って、近医を受診。肺のレントゲンで普通の肺炎ではないと指摘され、乳がんを治療した病院に連絡を取ってくれた。そして、放射線肺炎(放射線による間質性肺炎)という診断を受けるに至った。ステロイドが処方され一旦症状は治まったが、ステロイドが減量されると、3ヶ月後に再燃してしまった。再燃の原因を見つけるため、複数の医療機関を受診したがわからず、不安な時間を過ごした。

間質性肺炎となって1年3ヶ月後、友人の勧めで受診した病院で、医師より「放射線とホルモン剤の両方の可能性がある。これまで同じような病状でホルモン剤をやめたら、改善した人がいる」と言われた。そこで、リュープリン注射をすぐに中止し、タモキシフェンの内服も後日中止した。一旦回復し、ステロイドを止めることができたが、またすぐ肺炎が再燃した。原因を調べるため行った気管支鏡検査では、検査中に出血が止まらなくなって、一時は生死をさまようという体験をし、その時から、気持ちがさっぱりし、生きているだけで有難いと感じられるようになった。現在は、乳がんの治療は何もせず、経過観察のみ。間質性肺炎にはステロイド内服を継続し、通常の生活を送ることができている。

乳がんそのものよりも、間質性肺炎になり、はじめて人生についていろいろと考えた。一時は、うつ状態になり、非常に苦しい期間を過ごした。その間の家族や友人たちの支えに感謝している。間質性肺炎は稀な副作用とされており、自分は特殊なケースである。しかし、同じような症状で悩んでいる人たちに、ぜひ自分の経験を役立ててもらいたいと思っている。

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