診断時:43歳
インタビュー時:50歳(2008年7月)
近畿地方在住。2000年冬に集団健診で右乳がんを発見。乳房部分切除+腋窩リンパ節郭清、腹直筋皮弁による乳房同時再建術、放射線療法とホルモン療法を受けた。 母親と姉と3人暮らし。発症当時は自分の事務所を持って、グラフィックデザイナーとして活躍。現在は、乳がんの啓発活動に積極的に取り組んでいる。

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プロフィール詳細

グラフィックデザイナーとして仕事をしていたKTさん(仮名)は、2000年に右乳がんの診断を受けた。診断を受ける前の1997年ころより右胸のしこりのようなものに気づいていたが、たまたま風邪のため内科に受診したときに診てもらったところ、大丈夫だろうと言われたので、そのままにしていた。そして、2000年暮れ、地域の集団健康診断を受けた際に要精密検査という結果が返ってきたので、受診することにした。

年が明けてから、紹介された病院リストの中から近くを選んで受診。医療者の態度からがんであることに気づいた。医師の説明で、温存手術という方法もあると言われたが、病名をはっきりと告げられなかったため、診察終了後に、改めて、説明してほしいと希望した。しかし、その時の病院側の対応に不信感を感じてしまい、それ以上、その病院で治療を受けたくないと思い、病院を変えることにした。新たな病院は、知人の紹介で選んだ。

治療は、2001年3月、乳房部分切除+腋窩リンパ節郭清、下腹部の皮膚と脂肪組織を用いた腹直筋皮弁による乳房同時再建術を受けたあと、放射線療法とホルモン療法を行った。手術で乳房の形が変化することが何より嫌だったため、自ら同時再建を強く希望して実現した。手術直後も乳房の形が維持されたことは、2期再建より同時再建でよかったと思っている。また、腹部に傷跡が残り、伸びがしにくかったり、下腹部に力が入りにくいところはあるが、自家組織で作った乳房は人工物を入れた場合と違って、感覚的にまったく違和感がないため、この術式を選んで自分の場合はよかったと思っている。現在は、定期的に検査を受けながら、経過を観察している。

乳がんを告知されたことは、普通に生活できることがすごいことだと改めて気づく機会となった。いきなり人生の終わりまでのカウントダウンが始まったことを痛感して辛い体験だった。それから、残りの人生を本当に自分のしたいことをしていきたいと思い、1年間ほど自分を見つめなおす期間があった。振り返るとその期間が精神的には一番しんどかったが、自分の立ち位置を知ることで、次にすべきことが見えてきたと思っている。現在は、本業のデザイナーとしての仕事を減らし、自分の体験を生かした乳がんの啓発活動に積極的に取り組んでいる。

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