診断時:35歳
インタビュー時:40歳(2008年8月)
近畿地方で1人暮らし。2003年夏、右乳がんの診断を受け、術前化学療法後、右乳房部分切除術+センチネルリンパ節生検・乳頭切除、放射線療法、ホルモン療法を行った。2年後に頸椎転移。ホルモン療法とアレディア(後にゾメタ)の点滴を開始。2007年12月は右乳房に局所再発し、切除。事務職を退職し、アルバイトをしながら治療を受けた。

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プロフィール詳細

MCさん(仮名)は地元を離れ、都会で事務職をしながら、一人暮らしをしていた。2001年秋、初めて右胸のしこりに気づき、以前、別の病気で入院経験のある病院に受診したが、良性と言われ様子を見ていた。気になっていたので、2003年夏、以前から受診したかった別の病院の外科を受診したところ、乳腺外科にかかるよう勧められた。そこで2ヶ月後に診察を受け、生検の結果、悪性であることがわかった。治療方針としては、術前化学療法と乳房温存手術を勧められた。セカンドオピニオンは地元に戻り、親戚が勧めてくれた病院で受けることにした。そこでは乳房切除術を選択肢として説明された。どちらの病院の医師も信頼のおける対応だったが、温存を希望していたため、都会の病院で治療を受けることにした。実家では、母親が非常に心配しており、地元に戻ってきて治療を受けることを勧めてくれたが、心配されすぎることも自分の負担になると考え、一人で病気に立ち向かうことにした。

術前化学療法(パクリタキセル12回、CE(*)4回)を受けている間、一旦仕事は辞めてアルバイトをしていたが、脱毛やむくみなどの外見の変化によって、他者との関係で嫌な思いをしたり、一人暮らしで相談する人が周囲にいなかったため、うつ気味になり、非常につらい時期を過ごした。その間、助けてくれたのは、昔からの友人であった。1年近い術前化学療法が終わり、2004年10月に右乳房部分切除術+センチネルリンパ節生検(リンパ節転移なし)、乳頭切除を受けた。手術は化学療法と比べると非常に楽だった。続けて、放射線療法に1ヶ月間通院し、ホルモン療法(ノルバデックス内服)を開始。その頃には精神的にだいぶ元気になっていたので、しばらくして仕事を再開した。

2005年9月に腰から背中にかけての痛みがあり、検査の結果、第6頸椎への骨転移であることがわかった。再発の告知時は割合冷静に受け止められた。治療は、ホルモン療法(リュープリン注射)と、アレディア(後にゾメタ)の点滴を開始し、現在も継続中。2007年12月には右側の残っている乳房に局所再発し、日帰り手術で切除を行った。現在は、乳房の形はほとんど残っていない状態である。

療養生活を振り返って思うのは、主治医にどんな小さなことでも聞いたり、伝えることが大切であるということだ。また、自分自身、乳がんや治療に関する知識をほとんど持たずに、受診したり、治療を受けてきて、戸惑うことが多かった。もし、知識があれば、あのときこうしていたのに、という後悔が今でもいくつかある。やはり知識を持って、病気に取り組むことが必要であると感じている。

*CEとは抗がん剤の多剤併用療法で、エンドキサンの一般名シクロホスファミド(C)とファルモルビシンの一般名塩酸エピルビシン(E)の頭文字をとった略称です。

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