診断時:71歳
インタビュー時:72歳(2008年9月)
四国地方在住。2007年秋、炎症性乳がんと骨転移の診断を受ける。薬物治療を受けて、現在に至る。娘も10年前に乳がんを患っている。 1人暮らし。子どもたちは3人とも家庭を持っており、近くに長男家族が住んでいる。仕事は華道教師で、診断後も続けている。

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プロフィール詳細

SAさん(仮名)は、自宅で華道教師をしている。2007年正月から春にかけて、右胸が硬くなり、赤みを帯びたり、痛みを感じていたが、仕事が忙しかったため、しばらく様子を見ていた。たまたま先に乳がんになっていた娘に胸を見せることがあり、すぐ病院に行くよう勧められた。それで、2007年10月に、娘の行っている乳腺専門のクリニックに受診したところ、炎症性乳がんであり、骨にも転移が見られることがわかった。思い返すと、少し前から腰の痛みや肩のこりを感じており、それも一つの症状であったかもしれないと思った。診断については、大体の予想がついていたので、それほどショックを受けることはなかった。すでに夫を看取っており、死に対する恐怖感はなかった。逆に今までの人生に幸せを感じ、ここまで全うしてきたという安堵感を感じて、これからは一日一日を大切に、前向きに病気に立ち向かい治療をするだけだと思った。

さっそく骨転移に対してゾメタの点滴を4週に1回のペースで開始した。4ヶ月ほど経った頃、右乳房の赤みは薄くなり、硬さも徐々に取れていったが、検査で骨のほうの経過があまりよくないことがわかったので、エンドキサンの内服を開始することになった。副作用は、発熱、関節痛、脱力感、つわりのような症状などを感じるくらいで、大事に至ることなく、経過していたが、エンドキサンを始めて半年経った2008年10月に白血球が1700に下がったため、主治医の判断でエンドキサンの内服を一時中止することになった。また、診断当初より、ホルモン療法としてアリミデックス内服を開始し、現在も継続している。現在、特別につらい症状もなく、治療を続けながら、華道教師として自宅で教えたり、講師として出向くことができている。

これまで先輩患者としての娘の存在、近くで何かと気遣ってくれる長男の存在、遠方に住んでいるが、医療関係で助言してくれる次男の存在に支えられてきた。また、安心して任せられる主治医との出会いやそのクリニックのスタッフとのかかわりも励ましになっている。そして、今、華道教師として教えること、仕事を通して出会う多くの人たちが支えになっている。

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