インタビュー時:79歳(2012年10月)
関係:夫(妻を介護)
診断時:妻78歳、介護者78歳(インタビュー介護者35 の父)
2011年に妻がレビー小体型認知症と診断を受ける。妻・次女と3人暮らし、長女は隣接する市に住む。主な介護者は慢性疾患を抱えている次女。姉の婿もアルツハイマーで、病気の情報は聞いていた。介護者は53歳で会社を設立、68歳まで続けた。慢性疾患がある。妻は週2回デイサービスを利用。

この人の語りを見る

プロフィール詳細

東海地方に住むO.Y.さんは、レビー小体型認知症の妻と次女と3人暮らし。2009年12月、O.Y.さんの妻は「車の運転はやめる」と言い始め、また「病院に受診したい」と希望した。O.Y.さんも言葉を忘れやすくなったことは感じていたが、自分も同じくらい忘れていて年齢的なせいだと思っていた。その後近隣に住む長女の勧めもあり、2011年12月に病院受診し、レビー小体型認知症の診断を受け、アリセプトが処方される。

O.Y.さんは会社勤務をしている時は転勤も多かったため、妻も結婚後は生まれ育った処で生活していたわけではなく、友達関係が希薄になりがちだった。そうしたことが認知症になる要因であるような気もしている。仕事で飛び回っていたころはO.Y.さんも忙しく、妻や子どもたちにも悪いことをしたと思う。

診断された当時はO.Y.さんは妻の病気についてあまり気にしていなかったが、認知症の家族介護について困惑している友人の息子から相談を受けた際にうまく答えられず、自分も考えなくてはいけないと感じ始める。しかし真面目に考え出しても、自分の手ではどうにもならないという気持ちもあった。またO.Y.さんの姉の婿がアルツハイマーになり、親戚からいろいろ情報は聞いていたが、自分の知識の届かないところにあるとも思っていた。

同居している次女もO.Y.さん自身も慢性疾患を抱えていて、生活上の介護は次女に任せている。もともと妻と次女はぶつかることも多かったため、現在は二人が喧嘩をしないように自分が間に入り調整する役割を担っている。

妻は最初の頃はデイサービスに行きたがらなかったが、少しずつ友達ができるようなったことから、行くのが楽しみになっていったと感じている。妻は今でも一生懸命食事の支度をしてくれており、ふたをするのを忘れる、水加減がうまくいかないなど出来具合が悪いことも多いが、O.Y.さんは「うまいよ、うまいよ」と食べている。

最近は転ぶことが多く、背中から転ぶためその度に病院受診する。発病前から前夜にごみ出しの準備をしていたが、「あした何曜日、あした何曜日?」と家人に聞き、前夜は電気をつけずに外に出てゴミの準備をするため転んでいる。デイサービスでは足を強くするような運動を本格的に教えてくれるため、よくなってきている。妻を見ていて、言葉での説明は難しいが「自分のやれることはやりたい」、「治ろう、治そう」、「体を強くしていこう」という気持ちをすごく持っていることをO.Y.さんは夫婦であるがゆえに感じている。

「語ってくれてありがとう!」と思ったらこちらをクリック →

あなたのひと言をどうぞ → ひと言