心配の種:金銭管理・火の不始末・車の運転・法に触れる行為

認知症になると、物忘れや置き忘れが増え、段取りよく仕事や家事を片づけたり、複雑な計算をしたり、文章を書いたりということが次第にできなくなります。家族の手助けがあったり、家族以外の人との交流が少なかったりする人であれば、症状がかなり進行するまで問題なく生活できるかもしれませんが、自立して活発な社会生活を営んでいる人や、一人暮らしもしくは高齢者だけで生活している人では、認知機能が低下することにより、他人や自分自身にとって危険や損害が及ぶような事態が起きやすくなります。ここでは、介護家族の心配の種となる、お金の管理火の不始末車の運転法に触れる行為について、インタビューで語られたことをご紹介します。

お金の管理

家族が認知症になったときに、お金にまつわる心配事で最初に出てくるのが、通帳やキャッシュカードをなくす、印鑑をなくす、暗証番号を忘れる、支払いをするのを忘れる、支払ったことを忘れるといった記憶障害が原因となっている出来事です。また、認知機能の低下に伴い、計算ができなくなって、お金の管理ができなくなることもあります。私たちのインタビューでも多くの方がそのようなエピソードに触れていました。
成年後見制度は、認知症などで判断能力が低下してしまった人に代わって、財産を管理したり、介護に関わる契約を結んだりする人を後見人として定めるもので、本人にまだ十分な判断能力があるうちに、将来に備えてあらかじめ療養看護や財産管理を任せられる代理人を選定しておく「任意後見」と、本人の判断能力がすでに低下していて、本人や家族が家庭裁判所に申し立てて後見人を選任する「法定後見」があります(詳しくは法務省のホームページ をご覧ください)。いわゆる悪徳商法の契約など認知症本人がした不利益な法律行為も、後見人が取り消すことができます。後見人等には家族がなることもできますし、弁護士や司法書士などの専門家、もしくは市町村が実施する研修を修了した一般市民( 市民後見人 )に依頼することもできます。
勤め先で長年経理の仕事についていた女性は、講座を受けるなど準備をし夫の成年後見人に自分がなることを考えていましたが、裁判所では「家族はなれない」と言われ、弁護士に委ねることになリました*。

*家庭裁判所では、申立書に記載された成年後見人等候補者が適任であるかどうかを審理します。その結果、候補者が選任されない場合があるとされています。(参考:裁判所 裁判手続き 家事事件Q&A 成年後見人には必ず候補者が選ばれるのですか。 ) この女性の場合、被後見人と後見人候補者の生活費がもともとはっきり分離されていないような場合に該当する可能性が考えられます(参考: 家族信托と相続「親族が後見人になれない13の例」 )

論理的な思考力が落ちてくると騙されやすくなり、悪徳商法や振り込め詐欺の被害に遭う心配も出てきます。そうなる前に通帳や印鑑を家族が預かるようにした、と話す人もいます。また、欲しい物があると自制できなくてどんどん買ってしまう傾向がある人がクレジットカードを持っていると、使いすぎてしまう可能性もあります。ビールとフライドチキンが大好きなピック病の男性は、ビールとガソリン代だけで月に15万円も使っていたので、妻は夫からカードを取り上げざるを得ませんでした(インタビュー家族31 を参照)。また、認知症の母親が同じ品物を何度も電話注文してしまうので、いつも注文している店に事情を説明してトラブルにならないようにしている、という人もいました。

認知症による能力の低下で金銭の管理が難しくなってきたときに利用できる公的な支援制度として、各市町村の社会福祉協議会が窓口となっている「日常生活自立支援事業(旧:地域福祉権利擁護事業)」や、家庭裁判所を通じて申請する「成年後見制度」があります。

日常生活自立支援事業は、物忘れなどが原因で公共料金・家賃・税金・社会保険料などの支払い、年金の受け取りや、通帳・保険証書などの保管について不安がある人が、福祉サービスの利用援助とセットで、これらについての管理補佐の契約を結ぶものです(詳しくは 厚生労働省 のホームページをご参照ください)。このサービスを利用するのに障害者手帳等は必要ありません。私たちのインタビューでは家族がこうした日常生活の諸手続きを代行している人がほとんどでしたが、認知症本人のインタビューではお一人だけ一人暮らしの方がおられて、社会福祉協議会の人が公的支援の申請や契約の書類を作ってくれるという話をしていました。

火の不始末

インタビューでは、タバコの火の不始末、ガスストーブの消し忘れなど、認知症の人が一人でいるときの火事を心配する声が複数聞かれました。

要介護3になった頃、夫が火のついたタバコをゴミ箱に捨てたのを目撃した女性は医師に相談して薬でやめさせようとしましたが、飲み始めて1週間くらいで歩けなくなリました。もう少し動けるようにならないかと再度相談したところ、中途半端にしても意味がないので、禁煙と動けることのどちらを重視するかは家族の選択だと言われたそうです。

都市ガスを利用している場合、ガス会社のほうでガスの使用状態を監視し、長時間使われていたり、大量に流れたりした場合など、異常を検知した場合に、家族に電話で知らせる自動通報サービスや、消し忘れを思い出したときにガス会社に依頼してガスを止めてもらう遠隔遮断サービスがあります(有料)。そうしたサービスを利用していた男性は自身ががんで入院しているときに、妻が自宅にいるのにガス会社からガスが付きっぱなしになっているという連絡を受け、ガスストーブの使用をやめたと話していました。

認知症がなくても高齢世帯では火事を心配して、ガスをやめてIH(電磁誘導加熱)調理具に切り替える人が少なくありませんが、そうしていても認知症が進んでくると、電子レンジなどの取扱い方法がわからなくなってくるので、レンジに電気器具を入れるなどして出火につながるのではないかと不安を抱いている介護者もいました。

車の運転

認知症に気づいたきっかけとして車の運転がうまくできなくなったことを挙げている家族は複数いました。自ら自分の運転に不安を感じて運転はやめると言い出した認知症の人もいます。若年性レビー小体型認知症の女性は、注意を分散することが難しくなっていると感じて、なるべく運転はしないようにしていると話していました。

一方、それまでの生活で車を使うことの多かった若年性認知症の人や、車がないと移動が難しい地方在住の人では、車の使用をやめることは自由を束縛されることにもなるので本人が強く反発し、鍵を隠さざるを得なくなったと話す家族もいました。ピック病の夫を介護する女性は、何かと理由をつけて車の運転をしたがる夫を助手席に座らせる努力をしていました。

法に触れる行為

認知症で判断力が低下している人は、他人の土地や建物に不法侵入したり、信号無視したり、何かが欲しいという衝動が抑えられなくて万引きをしたり、痴漢行為を働いたり、といった法律に触れる行為をしてしまうことがあります。特に若年性認知症の方の場合は、ぱっと見て病気があるとわかりにくいために、お店の人や被害者が警察に通報することも少なくありません。万引きは前頭側頭型認知症の一種であるピック病の人によく見られますが、それは「常同行動」(同じ行動や行為を何度も繰り返し続けること~「認知症のタイプと症状の違い」 の前頭側頭型認知症の項を参照)の一種なので、注意しても何度も繰り返してしまいます。実際に罪に問われるかどうかは、医師による認知症の診断にもとづいて判断されますが、まず警察に通報された時点で、家族は精神的にかなりのストレスを感じることになります。

私たちのインタビューでは、若年性アルツハイマー型認知症の母が保育園の中に入り込んで、保育士さんとトラブルになって通報されたというエピソードが語られていた(インタビュー家族19 を参照)ほか、商業施設のトイレからトイレットペーパーを持ち出してしまうピック病の夫の対応に消耗している女性の語りがありました。この女性は毎日のようにお店に謝りにいったり、こっそりペーパーを返しに行ったりしていましたが、お店の人に「こういう病気のことは業界全体で勉強するべきことだと思っている」と言ってもらえたことがありがたかった、と話していました。
女性はさらに家族会で得た情報から「リセット入院」を検討しています。これは万引きなどが常同行動になっている場合、2~3週間の入院中に普段と違う環境の中で適切に誘導して、周囲との摩擦を起こしにくい行動パターンを作ることが目的です。せっかく入院中にリセットできても、その後家に戻ったり、グループホームに入ったりしたときに、新しい行動パターンが維持できない場合もあり、容易には解決できないようです。

トイレットペーパーを持ち出した理由を本人に聞くと「これはおじいちゃんとこのペーパーだ」と答えたことから、以前に隣に住んでいた夫の父親がもらいもののペーパーを大量に物置に保管していて、家のトイレのペーパーをそこから補充していたことがあり、その延長線上にある行動なのだということが分かったそうです。お店にある商品を盗んでいるわけではないのですが、やはり備品を勝手に持ち出しているので窃盗に当たる可能性があります。妻である女性は、夫が出かける近隣の商業施設に事情を説明することにしました。また、警察の世話になったことをきっかけに、これまで受診拒否していた夫を医療機関に連れて行き、薬物療法を始めることができたと話しています。

一方、まだ診察を受けていない段階で万引きの現行犯として警察に保護された63歳の女性は、娘が医師の所見を裁判所に提出しても、自分の母親の罪をかばっているとしか見えないと言われ、診察を受けることなく勾留され前科がついてしまいました。63歳の女性にピック病と診断がついたのは、刑が決まったその足で向かった病院での検査後のことです。(インタビュー家族42 を参照)。

2021年7月更新

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