インタビュー52

診断時:75歳
インタビュー時:79歳(2007年12月)
甲信越地方在住。退職前は公務員として勤務。定期健康診断でPSAの上昇を指摘され、娘に勧められて近隣病院で生検を受け、がんが見つかった。全摘手術を選択し、経過は順調だったが、術後後遺症の尿漏れがひどく、2年間改善のための様々な工夫を試みたが、居合道の稽古や入浴など生活に大きな支障が出て、半分ノイローゼのような状態に。そんな折、2012年春に保険適用になった人工尿道括約筋手術を紹介された。術後は尿漏れが完全になくなった訳ではないが、自分なりに工夫して、尿漏れに煩わされることはほとんどなくなった。前立腺がんの経過も安定している。

インタビュー51

診断時:72歳
インタビュー時:73歳(2015年1月)
甲信越地方在住、専業農家。子供3人は自立し、妻と二人暮らし。自治体補助が受けられる1日人間ドックを毎年受けていた。2014年にPSAが4.0を超えていると伝えられ近隣病院で生検、19本中3本にがんが見つかった。知人で同じく前立腺がんで全摘手術を受けた人がいて、その人が90歳を超えてもなお元気な様子だったので、自分もそうありたいと手術を希望。担当医からロボット手術を勧められ、即決した。9月の手術まで4か月近く待つ必要があった。手術直後は、痛みはなかったものの尿漏れがひどかったが11月にはすっかり良くなった。現在のPSAは0.003。

インタビュー47

診断時:70歳
インタビュー時:72歳(2009年2月)
診断を受けたときには、近畿地方在住で、妻と2人暮らし。2006年秋、健診でPSAが5.6と出たので、近隣の公立病院で精密検査を受け、がんと診断された。この病院では手術を勧められたが、小線源療法を希望して受診した大学病院では、様子を見るよう勧められた。迷ったが、大学病院の医師に信頼を感じて、待機療法を選択。現在は1ヵ月半に1回通院しながら経過を見ている。子どもたちが孫とともに近くに住んでいる。

インタビュー39

診断時:71歳
インタビュー時:80歳(2008年12月)
首都圏在住。75歳で引退するまで50年余り教職にあった。1999年、定期健診を契機に前立腺がんが判明して、ホルモン療法を開始。PSA値が思うように下がらないことから、前立腺全摘除術を受けたところ、術後、排便・排尿のコントロールがうまく行かなくなり、うつ状態に陥った。当時まだ現役でもあり、これではいけないと40日間山ごもりをして般若心経を唱えることで立ち直ることができた。妻、娘家族との6人暮らし。

インタビュー37

診断時:70歳
インタビュー時:72歳(2008年11月)
東海地方在住で、妻と2人暮らし。トイレが近くなったのをきっかけに受診し、定期的なPSA検査を勧められるが十分な説明がなかったため中断。その後、市の健康診断で値が6.5に上がっていると分かり、生検を受け2006年11月に診断された。手術は絶対に嫌だったのでインターネットで隣県の施設で行っているHIFU(高密度焦点式超音波療法)を探して受け、経過は順調。妻もがんを患い、夫婦で代替療法を取り入れている。

インタビュー35

診断時:71歳
インタビュー時:77歳(2008年11月)
北海道在住で、妻と娘の3人暮らし。糖尿病で長く通院していて、ついでにPSA検査を受けるようになり、2002年にがんと診断された。放射線治療を希望し大学病院を受診したが、経過観察で10年は大丈夫、との医師の言葉を受け、待機療法を選択。以後6年間、値は7.5前後で落ち着いている。定期的に通院していたからこそ早期発見できたのだと思い、PSA検査を勧めてくれた医師に心から感謝している。

インタビュー32

診断時:73歳
インタビュー時:79歳(2008年10月)
経験の概要:首都圏在住。2000年に膀胱がんの手術を受け、その後経過を観察していたPSA値が10を超え、2003年2月にB期の前立腺がんと診断された。通常の放射線治療も勧められたが、自ら希望して、当時はまだ臨床試験段階だった重粒子線治療を受けた。早期に発見できたこともあり、他に狭心症などの持病もあるので、がんだからといって特別な思いはない。病院通いをしながらも、日々趣味に交友に忙しく過ごしている。

インタビュー29

診断時:77歳
インタビュー時:79歳(2008年10月)
首都圏在住で妻と娘の3人暮らし。もう一人の娘は嫁ぎ、外孫が2人。かかりつけ医で、ついでにPSAを調べたところ値が高いと分かり、がんと判明。担当医に重粒子線治療が向いていると、やや性急に話を進められ、慌てて資料を集めた。知人からも話を聞き、思案した上で最終的に重粒子線治療を選択。併用して6ヵ月ホルモン療法を受け、その副作用で一時期苦労したが、現在は経過良好。重粒子線を薦めた医師にも大変感謝している。

インタビュー28

診断時:76歳
インタビュー時:78歳(2008年10月)
首都圏在住。前立腺炎で受診した総合病院で、念のため受けた血液検査でがんの疑いが浮上。生検を受けてグリーソン・スコア6の高分化前立腺がんと診断され、ホルモン療法を勧められたが、小線源療法を受けたいと、2006年9月大学病院に転院。そこではグリーソン・スコアが7と判定されたため、外部照射(22回)を併用して45本のシード線源を埋め込む治療を受けた。術後1年9ヵ月でPSA0.27と順調に経過している。

インタビュー26

診断時:74歳
インタビュー時:77歳(2008年9月)
九州地方在住で、妻と死別し、息子と2人暮らし。10年ほど前に定年退職した。2006年11月、頻尿で夜5~6回もトイレに行くようになったため、かかりつけ医に相談したところ、大学病院に紹介され、そこで血液検査を受けて前立腺がんと診断された。年齢から考えて手術は避けた方がいいという医師の勧めに従って、小線源療法を受けた。PSAの値はその後順調に下がって、術後1年半で0.5になっている。

インタビュー24

診断時:76歳
インタビュー時:78歳(2008年9月)
診断を受けたときには九州地方の離島に在住。健診をきっかけにがんが見つかり、2007年の夏に同一県内の大学病院で密封小線源療法を受けた。現在は2ヵ月半から3ヵ月に1回、検査を受けるために島から高速船で通院している。妻と2人暮らし。自立している二人の娘が遠方にいる。

インタビュー16

診断時:73歳
インタビュー時:76歳(2008年6月)
東海地方在住。2005年夏、健康診断でPSA検査の値がやや高かったので、精密検査を受けたところ、浸潤はないもののグリーソン・スコアが9の悪性度が高いがんと判明。手術を勧められるも、身体への侵襲と病院の対応への不安感からインターネットで情報を収集して転院。2006年4月から2ヵ月間入院してリニアックによる3次元原体照射治療を受けた。合併症もなく、2年経過した今もPSA値は0.1台で安定している。

インタビュー13

診断時:77歳
インタビュー時:84歳(2008年6月)
平成13年に診断を受け、同年ホルモン療法を開始。外来通院で、最初は注射と服薬だったが、現在は服薬(カソデックス)のみになっている。若いころから身体に不調を感じることが多かったため、東洋医学を学んだ経験がある。その経験をもとに、自分なりに様々な工夫をし、主治医にその結果や自分の意思を伝え、相談しながら治療を進めている。北関東地方在住で、妻と二人暮らし。老人会の会長職を務めている。

インタビュー11

診断時:71歳
インタビュー時:72歳(2008年6月)
首都圏在住。大腸がん、肺がん(再発あり)、心筋梗塞、脳梗塞なども経験している。毎年市のPSA検診を受けてきたが、2004年の検診で4を超えたため、都内の病院で生検を受けたが、生検時の手技と医師の対応に疑問を感じ、地元の病院に転院して2007年5月に前立腺全摘除術を受けた。術後1年余り経過して、時折尿漏れの不安があるが、ほとんどパッドはつけなくてもよい状態になっている。

インタビュー08

診断時:74歳
インタビュー時:81歳(2008年5月)
北関東地方在住。2001年に前立腺がんが全身に転移しており、余命半年と診断された。このとき、PSAが600。すぐにホルモン療法(注射)を開始。同時に身辺整理などを始めたが、徐々にPSAが下降し、ホルモン療法(注射)を続けながら、7年が経過し、現在に至る。妻と二人暮らし。息子が二人いる。元教員で、退職後は障害者施設の設立、地域で社会活動に取り組んできた。

インタビュー05

診断時:70歳
インタビュー時:76歳(2008年5月)
首都圏在住。2002年2月、血尿が出たため、がん専門病院を受診したところ、PSA値は300を超えており、グリーソン・スコア9という進行がんと診断された。放射線療法とホルモン療法の併用を勧められたが、強く希望してホルモン療法のみで様子を見ることになった。経過が良かったので2007年は1年間ホルモン注射も休止したが、その後PSA値の上昇が見られたため、2008年4月からホルモン注射を再開した。

インタビュー01

診断時:75歳
インタビュー時:77歳(2007年12月)
関東地方在住、妻と子どもの3人暮らし。仕事(自営業)を辞めて2005年に前立腺がんの診断を受け、同年、前立腺全摘除術を受けた。その半年後PSA値が上昇し、2006年に放射線療法を受けた。治療後、再度PSA値が少しずつ上がり始めたので、現在はホルモン療法で経過を見ている。地域のボランティア活動に携わり、そこでの出会いからたくさんのパワーをもらっている。