診断時:70歳
インタビュー時:72歳(2008年11月)

東海地方在住で、妻と2人暮らし。トイレが近くなったのをきっかけに受診し、定期的なPSA検査を勧められるが十分な説明がなかったため中断。その後、市の健康診断で値が6.5に上がっていると分かり、生検を受け2006年11月に診断された。手術は絶対に嫌だったのでインターネットで隣県の施設で行っているHIFU(高密度焦点式超音波療法)を探して受け、経過は順調。妻もがんを患い、夫婦で代替療法を取り入れている。

プロフィール詳細

S.Dさんは、現役時代は集金業務に携わっていて、雨の日も風の日もバイクを走らせ、その間風邪を引いて休むことも、大きな病気も患うこともなく60歳の定年を迎えた。定年後は妻の内職の手伝いをしたり、趣味の釣りを楽しみながら、孫たちの世話をしたりして、のんびりと毎日を過ごしていた。

65歳頃、トイレが近くなったので、公立の総合病院でPSA検査を受けたところ、値は4を少し超えていた。「定期的にいらっしゃい」と言われたので通院していたが、なぜ定期的に行かなければならないのか説明はなかった。前立腺肥大でもPSA値は上昇することを知り、肥大なのではという考えが頭をよぎった。そこでその病院をやめ、開業医にかかったが、同じように定期受診を勧められた。確かに数値は徐々に上がっていたが、わざわざ定期的に検査を受けることにあまり意味を感じられなかった。年金暮らしで通院の負担は決して軽くはなかったため、医師にそのことを率直に伝えてみたものの、検査の必要性について具体的な説明は得られなかった。それならば市の健診で受ければいいや、と検査通院を止めた。

2006年7月、健診でPSA値が6.5まで上がっていることが分かり、要精密検査になった。針を刺さなければならない生検はひどく気が進まなかったが、泌尿器科で触診してもらうと「した方がいい」と言われたので、11月近隣の総合病院で受けた。その結果、がん細胞が見つかった。

その病院では治療は受けられないので、病院を自分で探すことになった。とにかく切るのは嫌だった。近隣のがんセンターに小線源療法を希望して訪れたが、精嚢近くまで浸潤しているので難しい、手術以外にないという説明だった。とりあえずホルモン注射だけを受け、手術以外の治療法をインターネットで懸命に探し、HIFU(高密度焦点式超音波療法)を見つけた。「これだ」と思った。翌年3月、早速実施している隣県の病院を訪れると「ぎりぎりやれる」との回答だった。前立腺を小さくするため、一時的にホルモン療法を受けたのち、5月に治療を受けた。

治療後は検査数値も安定し、一安心だったが、2008年4月に今度は妻ががんにかかってしまった。手術は無事済み、医師にも大丈夫だと言われているが、自分たちにも何かできることはないかと思い、金銭的にできるだけ負担の少ないもの、医師が効果を認めているものなど色々調べ、代替食品のフコイダンを夫婦で積極的に取り入れている。代替療法には効果のないものもあるし、経済的に出来るものと出来ないものがあるが、自分としては可能な限り、悔いのないがん治療をしたい、せめて妻はがんでは死なせたくないと思っている。夫婦でがんになったのは不幸だけれど、家族みんなに協力してもらい、自分たちががんとどう闘い、どう生きてきたか、子どもや孫たちにその体験を伝え残せたらと思う。

私は: です。

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