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インタビュー時年齢:29歳(2020年11月)
障害の内容:聴覚障害(難聴)・内部障害(慢性腎不全)
学校と専攻:大学・看護学(2012年度入学)

関東地方出身の女性。中3の時に鼻咽頭がんになり、化学療法の副作用で難聴と慢性腎不全になった。通信制の高校で学びながら腹膜透析の治療を5年ほど続けて、腎移植を受けた。入院中、気にかけてくれた看護師のことが印象的で、自分の経験を役に立てたいとも思って、高校卒業後に3年間の療養期間を経て、看護系の大学に進学し、その後看護師として就職して現在4年目になる。

語りの内容

中学生のときに病気になって、私の病院では私はがんではあったんですけど、がんじゃない子たちもいるような病院で、がんが告知をされてない子もいたんですね。小学生の子とかだとはっきりと告知されてない子もいて、同じ治療をしていて、例えば私ががんだってことをみんなの前で言ってしまうと、間接的に他の子も、自分の病気を知ってしまうっていうリスクがあるってことで、病院内では自分の病気のことは、病名ですかね。病名のことは言わないでくださいっていうことを、最初の時点で言われていたんですね。
病気になって15年くらいたつので、またちょっといろいろ変わってきたかもしれないんですけど、私のときは病名をはっきりしゃべれない分、病気のことをいろいろと話す相手があんまりいなくて、がんになったことは別に自分の中では悪いことでもないし、ネガティブにはそこまでは思ってなかったというか。何か悪いことをしてなったわけではないので、隠すこととは思ってなかったんですけど、何となーく、なんか言ってはいけないのかなっていうのを勝手に思ってしまっていて、ずっと過ごしてたんですけど、18歳ぐらいのときに、若いがん患者の集まりがあるっていうのを知って、そこで初めてそういう患者会に参加したんですけど、そのときに、はっきりと病名の話をしてたんですね。
がんっていろいろあるので、乳がんとか、あと私の咽頭がん、白血病とか、何がんだったのとか、いつなったのとか、どんな治療をしたのっていうのを、本当に結構、当たり前のようにしゃべっていて、そこでなんかすごくオープンなことにびっくりもしましたし、こんなにも外へ話してもいいものなんだっていう、ちょっと今までの感覚とは違う感覚になって、そこで、なんかもうちょっと自分の経験を生かしたいなっていうのが、徐々に徐々に思うようになったというか。もちろん、自分の経験を生かして看護師になりたいっていうのもあったんですけど、元々病気になる前はそこまで目標があってやっていくというよりは、ダラダラしていたタイプだったので、病気になってなんかできることがあったら生かしたいなと思って、患者会の集まりに参加するようになったりとかしました。

私は: です。

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