大腸がん検診の語り

インタビュー20:プロフィール

戸村さん(仮名)は、看護師として働いていた25歳のころから、肛門にかゆみを感じるようになった。特に寝る前がひどく、体も疲れやすくなり、夜勤明けなどは寝ていることが多かった。痔かもしれないと思い肛門科を受診することも考えたが、病院に行くことへの恥ずかしさや躊躇があり、家族も「嫁入り前の娘が行くような病院ではない」と言っていたので、先延ばしにしていた。しかし、旅行先で発熱した際に坐薬を入れた時に痛みが強く、出血もしたことから、病院に行くことを決意した。近所の病院にはかかりたくないと思っていたので、友達に教えてもらった隣の市の有名な肛門科専門病院にかかった。その時は、痔がありますね、という話だった。後日、痔の手術に行って、細胞を取ったところ、それががんだということがわかった。それまで痔だと信じていたので、がんだと聞いたときはとても驚いた。自分の家に電話するのに、電話番号を4、5回押し間違えたぐらいだった。家族もびっくりしたと思う。
実は、職場の検診で便潜血検査は毎年受けていた。けれども一度も陽性になったことがなく、自覚症状と言えばかゆみと疲れ、それからお酒を飲んだ後にお腹を壊すようになったことくらいだった。
がんだとわかって、がん専門病院に紹介状を書いてもらい、すぐに入院した。内視鏡検査の他に注腸検査やCTをとった。血液検査もしたところ、腫瘍マーカーがプラスであった。手術の際、リンパ節を2ヶ所切除した。そのうち1ヶ所はがんだった。抗がん剤も使ったが、色素沈着がひどかったので途中でやめた。その後10年間定期検査を受け、今は特に通院せず再発もしていない。
主治医はとても良い医師だった。人工肛門はきれいだし、性生活や出産についてたずねた時「大丈夫、大丈夫、何人でも産めるから」と言われたのは励みになった。大腸がんがわかる前に付き合っていた男性とは別れ、人工肛門造設後に知り合った男性と結婚した。人工肛門を造設していることは、付き合って3か月くらいで伝えた。結婚する時夫の両親にも言ったが、責められるようなことはなく、2人の子どもにも恵まれた。
仕事は、手術の後にも続けていたが、消化器外科での勤務だったため、がんで亡くなっていく人を見るのはストレスだった。夜勤も体に合わないような気がして、一回仕事を辞め、保健師になるための勉強をした。その後健康づくりセンターのような公的な施設で働いた。健康な人たちが対象なので、気は楽だった。けれども、出産を機に退職し、2人目の子どもが成長したので、健診センターで働き始め今に至っている。
検診は大切だと思い、聞かれれば人にも勧めるが、検診だけしていれば良いというものではないと思う。体の異常に敏感になり、早い段階で病気に気づくのが大切だと思う。自分の場合には医療者に恵まれ、同業者あるいは同世代のオストメイトの女性との出会いで随分と勇気をもらった。患者会では結婚や出産で悩んでいる人も多い。このインタビューがそういう人たちの助けになることを望んでいる。