語りデータのデータシェアリング
~研究や教育に活かすために~
体験者の貴重な語りは、視聴するだけでも強いインパクトがありますが、より良い医療を実現するためには、ただそれをインターネット上に公開するだけでは不十分です。
個々の語りを分析し、そこから何を読み解くかを研究し、客観的・普遍的な意味を与えて、はじめて医療の実践や医療システムの改善など、広く社会に還元することができます。
ディペックス・ジャパンでは、体験者の貴重な語りデータを、患者主体の医療の実現に寄与するような、患者支援ツールや教育ツールの開発、学術研究や政策提言を行なうための社会資源として有効活用できるように、積極的に内外の研究者にシェアする取り組みをしています。
語りのアーカイブ
現在ウェブサイトには、一つの病気だけでも12~15時間分の語りが公開されていますが、これらの語りは、実際にインタビューで収録された語りの10~20%程度に過ぎません。
残りの公開されていない部分にも、貴重な語りが豊富に含まれていますので、それらのデータについても「二次分析」を行なうことにより、新たな発見が得られます。
ディペックス・ジャパンでは、体験者がインタビューで話した内容を文字に起こした原稿で、本人が公開に同意している全ての部分を収録したものを、「語りのアーカイブ」と呼んでいます(アーカイブとは、一般には書庫や公文書館のことを指します)。
アーカイブには、ウェブサイト上に公開されていない語りも含まれており、本人や主治医の名前、病院名、住んでいる町の名前など、個人を特定できるような情報を削除した状態で保存されています。
アーカイブに保存されたデータは、研究者が、研究テーマ(例えば“人は若年性認知症と診断された時、何を感じ、何を不安に思うのだろう”といったテーマ)に沿って分析を行い、今後の医療をより良くする(例えば、若年性認知症の診断を受けた人に、必要な公的支援制度を整備する)ことに役立てられます。
また、現場で直接患者さんと接する医師や看護師の教育プログラム開発にも活用されます。
データシェアリング
この「語りのアーカイブ」を、実際にインタビューに携わった調査スタッフだけでなく、ディペックス・ジャパン内外の研究者や教育関係者に広く活用していただくための仕組みが、「データシェアリング」です。
「サイト上の語りを研究に利用してもいいですか?」というお問い合わせをよくいただきますが、サイト上に公開されている語りは、私たちの調査スタッフが分析を行なった上で、患者さんに役立つ情報や心の支えになるような語りを抽出したもの(=二次データ)です。それぞれの語りの一部に過ぎませんから、それだけを分析することでは、本当の意味での「患者の語り」の分析にはなりません。
「データシェアリング」を通じて、元データに触れることで、より信頼性の高い学術研究や教育ツールの開発につなげることができるのです。
データシェアリング実施状況
現在以下のようなプロジェクトが、「健康と病いの語り」アーカイブに収録されているデータを用いて進められています。(2020年6月23日現在)
代表者 | 所属 | プロジェクト名 |
菊澤 佐江子 | 法政大学社会学部 | 中高年期の家族介護と就業の両立に関する研究 |
大友 沙耶 | 北里大学薬学部 | 認知症の告知を受けた認知症患者およびその家族の心理的プロセスに関する研究 |
岡田 桃子 | 北里大学薬学部 | 認知症の告知を受けた認知症患者およびその家族の心理的プロセスに関する研究 |
林 恵子 | 武蔵野大学大学院人間社会研究科 | 認知症者の介護家族における“あいまいな喪失”状況に関する質的研究 |
松本 善子 | Stanford University, Department of East Asian Languages & Cultures | 認知症をめぐる本人と介護者の語りに観察できる変化する自己の意識とコミュニケーションの能力 |
丹後 キヌ子 | 共立女子大学看護学部 | 前立腺がん患者のスピリチュアリティとケア支援 |
小原 眞知子 | 日本社会事業大学社会福祉学部 | 慢性疼痛患者に対するライフリテラシーを用いたソーシャルワークのプログラム開発 |
加藤 勇太 | 城西大学薬学部 | 日本におけるクローン病患者のレジリエンスの構成要因に関する質的記述的研究 |
データシェアリング成果
2011年から始まったデータシェアリングは、以下のような研究論文・学位論文の作成に寄与しています。(所属は論文発表時)
著者 | 所属 | 論文タイトル | 掲載誌等 |
林 優美子 | 筑波大学大学院 人文社会科学研究科 |
告知~治療選択のプロセスにおける自己意識の変容に関する研究 | 平成21年度修士論文 |
大高 庸平 | 和光大学大学院 社会文化総合研究科 |
病いの語り:慢性の病いをもつ患者のナラティブの分析 | 平成23年度修士論文 |
鈴木 典子 | 東京理科大学 薬学部薬学科 |
乳がん患者の受診行動に影響する要因について―患者心理への理解を通して | 平成23年度卒業論文 |
平 宏行 | 多摩大学大学院 経営情報学研究科 |
専門家による前立腺癌患者体験談の分類思考過程について | 平成24年度修士論文 |
木村 朗 | 群馬パース大学 | 乳がん・前立腺がん経験者のインタビューテキストデータから集団機械学習ランダムフォレストによる検診行動の推定の試み―DIPEx-Japanのテキストデータ二次分析 | 群馬パース大学紀要18、19-25, (2014) |
白井 千晶 | 静岡大学 人文社会科学部 |
がん経験者の語りにみる毛髪および体毛に関する経験について | 人文論集65(2), A41-A59, (2014) |
菅野 摂子 | 電気通信大学研究推進機構研究推進センター | 再発/転移を経験した乳がん患者による情報入手のプロセスと背景 | 応用社会学研究57, 105-117, (2015) |
小山 あい | 東京工科大学医療保健学部 看護学科4年 |
がんの『告知』を受けた患者の心理的影響に関する研究 | 平成27年度卒業研究 |
万治 里実 | 東京工科大学医療保健学部 看護学科4年 |
乳房切除術を受けた患者が家族に抱く思いと家族との関係 | 平成27年度卒業研究 |
古川 秀真 | 東京工科大学医療保健学部 看護学科4年 |
乳房切除術もしくは温存術を受けた子どもを持つ乳がん患者の入院時の希望と退院後の生活における希望の変化 ~乳がん患者の語りより~ | 平成27年度卒業論文 |
関口 菜穂 | 聖路加国際大学看護学部 看護学科4年 |
壮年期にある乳がん患者ががんと共に生きる過程におけるボディイメージの変容 | 平成27年度卒業研究 |
岡田 宏子 |
東京大学大学院医学系研究科 健康科学・看護学専攻 医療コミュニケーション学分野 大学病院医療情報ネットワーク(UMIN)研究センター |
乳がん患者のナラティブが受け手の健康行動に与える影響の検討 ―ディペックス・ジャパンのインタビューデータを用いて― |
保健医療社会学論集 第27巻1号 2016、p12-17.
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石川 花穂里 | 筑波大学大学院 人間総合科学研究科 | 認知症の人の家族の介護体験 -家族が感じる支えや喜び - | 平成29年度修士論文 |
芳賀 遥 | 弘前大学大学院 人文社会科学研究科 | 語らせるということ―特別養護老人ホームの傾聴ボランティアを題材に― | 平成29年度修士論文 |
山本 孝子 | 大阪人間科学大学 人文科学部 |
医療者・患者双方におけるマイクロ技法習得の必要性―乳がん患者の語りから― | マイクロカウンセリング研究12(1), p.2-12.2017年3月. ISSN1881-6029 |
佐口 清美 | 和光大学大学院 社会文化総合社会文化論専攻 |
認知症をもつ人の語りにおける強みの分析 | 和光大学学生研究助成金論文集25, p3-17, (2018) |
菊池恭子、三木晶子 他 | 東京大学大学院 薬学系研究科育薬学講座 |
Kikuchi K, Miki A, Satoh H, Iba N, Sato-Sakuma R, Beppu H, Sawada Y. (2019). Utility of an adverse drug event database based on the narrative accounts of patients with breast cancer. | Drug Discoveries & Therapeutics. 13(4):183-188. DOI: 10.5582/ddt.2019.01037. |
鳥嶋 雅子、浦尾充子 他 | 京都大学医学部附属病院 遺伝子診療部 |
Torishima M, Urao M, Nakayama T, Kosugi S. (2020). Negative recollections regarding doctor–patient interactions among men receiving a prostate cancer diagnosis: a qualitative study of patient experiences in Japan. | BMJ Open 2020;10:e032251. doi: 10.1136/bmjopen-2019-032251 |
浅野 泰世 | 国際医療福祉大学大学院 医療福祉学研究科 | 患者が「人を対象とする医学研究」に参加する意味の考察 ―DIPEx-Japan「臨床試験・治験の語り」テキストデータの分析から― |
2019年度修士論文 |
青木 政貴 | 川崎医療福祉大学大学院 医療福祉学研究科 | 乳がん患者が友人に抱く思い―患者の語りを用いた質的検討― | 2020年3月提出修士論文 |
データシェアリングの条件とお申込み方法
データシェアリングを利用して研究や教育への活用を希望される方は、以下の事項をよくお読みいただき、ディペックス・ジャパンまでぜひお申込みください。
◆利用目的
データシェアリングができるのは、非営利の目的に限られます。 アーカイブに収録されているのは、極めて個人的な病いの体験ですから、それを利用する人にはデータの適正な管理と利用が求められます。
◆申請書の提出
事前にデータシェアリング申請書を提出して、そのプロジェクトに語りのデータを用いる必要性と妥当性を示していただきます。 学生がデータシェアリングを希望する場合は、さらに指導教員に語りデータを用いて研究を行うことの承認を得る必要があります。
◆データシェアリング審査の手続き
ご提出いただいた申請書に基づき、ディペックス・ジャパン倫理委員会が、プロジェクトがシェアリングにふさわしいものであるかの審査を行ないます。手続きの詳細についてはこちらをご覧ください。
◆データシェアリング倫理審査の時期
年3回(3月・6月・9月に実施、申請締切は前月末日)
◆シェアリングされるデータの種類
・乳がん51人分の語りのテキストデータ(rtf形式で保存)
・前立腺がん52人分の語りのテキストデータ(rtf形式で保存)
・認知症の語り53人分(本人14人+家族39人)の語りのテキストデータ(rtf形式で保存)
・大腸がん検診の語り35人分の語りのテキストデータ(rtf形式で保存)
・臨床試験・治験の語り39人分の語りのテキストデータ(rtf形式で保存)
・クローン病の語り35人分の語りのテキストデータ(rtf形式で保存)
・慢性の痛みの語り46人分(本人41人+家族5人)の語りのテキストデータ(rtf形式で保存)
◆データシェアリング期間
申請が承認された日から翌年度3月31日まで
◆データシェアリング利用料
・社会人: 1疾患につき100,000円(延長する場合は年50,000円)・税別
・学生※: 1疾患につき10,000円(延長する場合は年5,000円)・税別
※常勤職の社会人学生は社会人に準じます。
データシェアリングのお申込み・お問合せ
以下のフォームに必要事項を入力してください。
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