大腸がん検診の語り

インタビュー23:プロフィール

沼田さん(仮名)は35年前下痢が40日続いたことがあった。近所の開業医にかかっていたが白血病かもしれないと言われて医師に不信を覚え、検査専門の病院に移った。しかしそこでも、腸の検査はせずに1か月が過ぎたころ、夜に突然便意をもよおしトイレに行くと真っ黒な血の塊が二つおりきてきた。紙に取ってビニールに包み、冷蔵庫に入れ、翌朝病院に持っていくとすぐに大腸の検査をしてくれた。この時は内視鏡検査ではなくバリウムを入れる(注腸)検査だった。医師は驚いた声をあげ、沼田さん自身も「自分の体がすごいことになっている」と自覚した。医師に「自分も病院を探すけれどあなたもほうぼう当たりなさい」と言われ、実家の近くの病院を含めて検討したが、その頃には遠方に行く体力もなく結局自宅から近い病院を知り合いから紹介され、そちらに行った。そこでも検査をしてもらい、すぐに入院となった。
入院した病院で、インターンを終えたばかりの若い医師が沼田さんの手術を担当したいと名乗りをあげた。お酒もたばこもやらない普通の主婦がこのような病気になったのを可愛そうに思ったのかもしれない。胃の下から患部である上行結腸まで30センチほど大腸を切った。当時としては大手術で看護師さんたちも気を遣ってくれたが、これまでに痔と指の手術をしており、その時経験した非常に強い痛みに比べれば耐えられるものだった。退院する時に、担当の医師が「この病気はストレスが90%の病気だから、ストレスをためないようにしなさい」と言っていたのが心に残っている。家族で仕事をしていることから、舅姑、義妹二人と同居し家事は自分が全てやっていた。夫は毎日見舞いに来てくれたものの、夫の家族は50日の入院の間一度も来なかった。病院のスタッフはそうしたことから自分の生活状況を察したのかもしれない。
医師とはこの後も良い関係が続いた。退院後、一度再発が疑われたことがあったが大事には至らず、基本的には1年に1度の内視鏡検査を続けてきた。ポリープが見つかったこともあったので、年に2回したこともある。これまでの35年間で45回以上は内視鏡検査をしたのではないだろうか。最近は麻酔ができるようになったので検査が楽になったが、痛みがあるということは検査が上手くいかない時にわかるきっかけになるので大切だと思っている。退院後は強い抗がん剤を使ったこともあったが副作用のため断念し、医師に処方された薬を10年ほど飲んだのち、「ここまできたら、がんの芽はどこにもない」「これからはからだを丈夫にする薬にしようね」と言われ、漢方(霊芝)に切り替えた。飲み始めてから、12年ほどで薬事法が変わり医師からその漢方が処方されなくなるまで飲み続けた。今は医師の息子が開業しており、そこに通っている。これまで正面切って「がんだ」と言われたことはないが、それは医師の繊細さ故だと思っている。
義妹二人は結婚し、夫、舅、姑を看取って家業を続けつつ一人暮らしの毎日になった。もともと料理は好きで、食材にも気を配っている。ただ、健康を維持する方法は人のまねをすれば良いというものではない。自分に合った方法で快適に過ごせる術を身に着ける方が大切だと思っている。