大腸がん検診の語り

インタビュー35:プロフィール

森さん(仮名)はフリーの編集として働いているが、2006年に多発性硬化症と診断され、闘病しながらの生活である。若い頃2年間出版社に勤めており、その時の保険は共済だった。会社が倒産したのを機にフリーの編集者に転じ、国保に加入した。地域の健康診断に便潜血検査を付け加える形で長い間受けてきた。しかし2001年ころから歩きにくくなり、2003年に脊柱管狭窄症と診断され、手術を受けた。この頃は歩けたので3年ほどは受診していたと記憶している。その後に、多発性硬化症になり、歩行困難になってからは受けていない。
多発性硬化症は急激に悪くなることはないが、少しずつ進行する病気であり、さまざまな神経に影響を及ぼす。大腸がん検診に関連することとして、病気で便秘しがちなため二日連続で便が取れる確証がないので、便潜血検査を受けにくいことが挙げられる。また歩行にも時間がかかるので、検診を受け、検診キットを戻しに行き、結果を後日聞きに行く、と3回通院しなければならない検査はとても受けにくい。また、今罹っている病気に対処するだけでも大変なのに、あえて検診を受ける動機を持つことは難しい。
森さんの父親ときょうだいはリンパ肉腫で他界している。免疫システムの異常が自分には多発性硬化症という形で出てきたので、リンパ系のがんには罹らないだろうという思いもある。ただ、同じ神経の病気でも筋萎縮性側索硬化症という病気は比較的早く亡くなってしまう。パーキンソン病のように長く患うのも大変だが、余命が短い患者さんたちと一緒に入院していた経験から感じるのは、がん検診を受けるかどうかという対象から自分たちははずれているのではないか、ということだ。むしろ健康と難病の間にいる人たち、例えば糖尿病で自己注射している人や変形性膝関節炎で歩けない人などが、いわゆる「検診弱者」に入るのではないかと思っている。もちろん、地方の交通の不便な場所に住んでいて買い物が不便なのと同じように、医療にアクセスしづらい「検診弱者」もいるだろうが、都市に住んでいてもフリーターやアルバイトなど会社での一般的な健診を受けられない人々も「検診弱者」なのではないかと思う。
早期発見できる病気については予防策を講じるべきだと考えているので、検診のシステム自体は必要だと思うが、地域の検診システムの不合理を感じることもある。65歳を過ぎて、特定健診、がん検診に加え、うつや認知症を対象とした日常生活についてのアンケート調査が行われた。しかし、自分が身体障害者であるという情報が実施主体内部で共有されていないため、転倒の経験があり不安もある、と答えると「運動しましょう」という答えが返ってきた。民間に委託して実施した調査のようだったが、そのことがかえって情報を共有しづらくしているのではないだろうか。がん検診が受診者にとって受けやすいシステムになっていないことは問題だが、行政の予防施策全体における不合理も気になる。
神経の病気では医療者に恵まれたと思っているが、この病気が診断される前に通っていた開業医に1年間全く診療をされないまま牽引をされ続けた経験がある。結局、医師をしている姉に相談して病院を変えたが、住民のもっとも身近にいる地域の医療者は、症状の裏に隠れている病気を的確に判断してほしいと願っている。