インタビュー時:69歳(2019年11月)
診断時:64歳
診断名:大動脈弁閉鎖不全症、心不全
甲信越地方に単身赴任の男性。ブドウ栽培。

若い頃から運動部に所属し、健康には自信があった。64歳のとき、健康診断で心雑音を指摘され、大動脈弁閉鎖不全症とわかった。まさか俺が?と大変驚いた。
思い返すと1年ほど前から水泳やマラソンのタイムが遅くなっていた。このままだと心不全が進行し、生活にも支障があるため、David手術を受けた。
術後、弁の逆流は残っており、激しい運動をしないように気をつけている。

プロフィール詳細

甲信越地方に単身赴任し定年退職後ブドウ栽培をしている。妻と独立した息子は近畿地方に在住。娘は海外に嫁いだ。若い頃から運動部に所属し、日常的に泳いだり、走ったりしていたので健康には自信があった。64歳のとき、健康診断で心雑音を指摘され、精密検査の結果、重症の大動脈弁閉鎖不全症だとわかった。まさか俺が?と大変驚いた。思い返すと1年ほど前から水泳やマラソンのタイムが遅くなっていた。それほどの運動でないのに息切れを感じることもあった。心臓カテーテル検査をすると大動脈の弁輪も拡張しており、このままだと心不全が進行し、生活にも支障があるため、David手術*¹を受けることになった。

初めて聞いた病名で何もわからなかったのでインターネットで情報を集めた。妻の住む関西圏の専門病院でセカンドオピニオンをとった。妻の面会の利便性と病院の専門性を考え、そのままその病院で治療を受けることにした。いろいろと自分で調べたところ、手術の成功率として、15人に1人は死亡か重篤な症状が残るという情報を見つけたが、15人に14人は生き残るということなら確率は高いと思えた。術式としては、自分の弁を残す、生体弁に替える、機械弁に替えるという選択肢があり、それぞれにメリットデメリットがあったが、機械弁のように抗凝固薬を飲まなくてよくて、生体弁のように10-15年で交換しなくてもよいので、自己弁を温存するDavid手術にしようと考えた。

 手術は、15時間かかった。予定の倍以上の時間がかかった理由は出血が止まらず、胸を閉じることができなかったそうだ。術後ICUで目が覚めたとき、ここは天国か、地獄かと思い、もうろうとしていた。白い箱の中にたくさんの言葉があって、その言葉が失われていく不思議な夢を見た。目覚めて時間を聞くと、朝で25時間眠っていたようだった。その後、心タンポナーデ*²を発症。心臓の大動脈を切ったところから心嚢液(しんのうえき)が貯まる状態となり、もう一度開胸して、心嚢ドレナージ術(ドレーニング)という水を抜く手術を受けた。退院までは5週間で、普通の人の2.5倍はかかった。しかし、退院後は順調で知人に頼んでいたぶどう作りの軽作業を退院3カ月後引き継ぐことができた。

術後の検査で弁の逆流がまだ少し残っており、医師からは、マラソンのレースや重たいものをぐっと持ち上げることは避けて、無理しないで生活するよう言われた。レントゲンで見ると、術前よりはいいが、心臓は明らかに肥大している。弁膜症は、手術をすれば、心機能は回復し、心臓は小さくなり、以前と同じように激しい運動が何でもできると思っていた。自分の場合は逆流が残ったので、むくみなどの軽い心不全の症状は出ても仕方ない。現在、心不全のほかに、慢性的な腎機能の低下、本態性振戦症に困っているが、いろいろと不具合はあっても、平均寿命まではあと十数年なので、達成できるだろうと思っている。無病息災というわけにはいかないが、3病息災ぐらいでQOLを保って、楽しく生きたいと思う。

患者としては自分の状態を知っておきたいので、カルテや詳細な検査結果と見せてほしいと思う。対応は医師によって違う。交流のある心臓病の患者さんは主治医が印刷してくれるそうだ。自分が信頼を寄せている主治医は、「患者が独自に変な判断をされたら困るから、私は開示しない」と言われてしまった。自分は知ることで余計に医師を信頼することにつながると思う。患者がリクエストしたら、カルテや検査結果等は開示するものだという認識になってほしい。

*¹David手術:自分の大動脈弁を温存したままで血管のみを人工血管に置換する自己弁温存大動脈基部置換手術


*²心タンポナーデ:心臓を包んでいる2枚の膜(心膜)の間に血液などが貯留し、心臓が圧迫されること

私は: です。

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