インタビュー時:68歳(2021年10 月)
診断時:65歳
診断名:僧帽弁閉鎖不全症、うっ血性心不全
首都圏に一人暮らし。イベント関係の仕事。
3年前に夜中に息苦しくなり受診。心不全で緊急入院となった。検査で僧帽弁の逆流があり僧帽弁閉鎖不全と診断された。
退院後は内服薬や減塩食で経過を見ていたが、主治医に手術を勧められ2021年3月に自分の弁の傷んだところを繕う弁形成術を受けた。術後の経過は良好だというが自分としては体の衰えを感じている。
病気であっても日々の生活でやりたいことを何かしら見つけて楽しむようにしている。
プロフィール詳細
首都圏に一人暮らしをしている。主にイベント関係の裏方的な仕事をいろいろとやってきた。病院にかかったことがほとんどない健康体だったが、3年前に突然、心不全となった。夜中に息苦しく、おかしいと思って病院に行ったら、緊急入院と言われた。煙草を喫っていたので、肺の病気だと思ったら、心不全ということだった。BNPは700pg/mLになっていたと後で聞いた。また、僧帽弁の逆流がひどくて僧帽弁閉鎖不全だったことがわかる。
心不全と知って、まずは新聞に掲載される「心不全で亡くなりました」という記事が浮かんだ。自分としては、治療して息苦しさは改善したので、発作的に悪くなったが元の状態に戻ったものと思っていた。しかし、看護師に渡された心不全のパンフレットを見て、いろいろな病気が原因となって心臓の機能が不全状態になることがわかり、自分で自分のコンディションを整えることが大切な、長く付き合っていく病気であることがわかった。
退院後は処方された薬を飲み、食事は塩分を控えて様子を見ていた。BNP(心不全のマーカー)が下がってきて、自分としてはなるべく手術はしたくなかったが主治医にそろそろ手術をした方がいいと勧められ、仕方ないと決意した。2021年4月に弁形成術を受けた。術式の選択で、納豆が食べられなくなることが一番嫌なことだったので、機械弁ではなく生体弁に置換する予定だったが、自分の弁の傷んだところを繕う形成術が可能であった。
手術後の経過は順調で、主治医が嬉しそうに検査結果を伝えてくれるが、自覚的には動くとすぐに疲れるし、体の衰えを感じており、そこまで体調はよくない。検査結果と体調は一致しないと感じる。薬は主治医がたくさんの患者さんを診て医学的な知識の上に必要と判断し処方しているものだから、欠かさず飲むようにしているが、本当はできるだけ飲みたくない。主治医には薬を減らしてほしいといつも訴えている。生活の中で食事に気をつけたり、睡眠をとったり、運動をしたりすることで治せるものならそれが一番だと思っている。血圧、体温、体重、歩数は毎日測って記録し、変化がないか見ている。
食事はもともと質素で一汁一菜に漬物といった感じだ。はじめは味噌汁や漬物なんて食べてはいけないと思っていたが、病院で味噌汁が出ていたことを参考に、少量なら大丈夫という考えに至った。たくわんも刻んで二口だけにしている。しかし、ラーメンは2年以上食べていない。病気になる前はそばや焼きそばなど麺類ばかり好きでよく食べていたが、すっかりやめている。煙草も入院を機にやめた。
これまで元気で病院に行ったこともなかったので、70歳まではやりたいことを100パーセント以上やれる時期だと思っていた。そこまでは多少の無茶をしてもやりたいことをいっぱいやるという目標があったのに、突然心不全となり、その猶予がないことを知り、かなりショックだった。ただ、それはそれで仕方ない、まだ元気なうちに楽しめるだけ楽しもうと切り替えられた。そう思えたのは、病院の医師や看護師、地域のサロンの人たち、友人の存在があったからだ。一人暮らしということもあり、病気が進んだ時のことを考えるとやっぱり怖さや不安はあるが、病気や苦しいことも考え方によっては楽しみの一つとなる。いつまで時間が続くかではなくて、普通に日が昇り、夜が来るように、一日ずついろんな人に会ったり、いろんなことを楽しんだりすることができればいい。例えば、いつもと違う道を行くだけで発見があるし楽しめる。その年齢、その時の体の状況でできることを見つけていければいいと思う。
心不全と知って、まずは新聞に掲載される「心不全で亡くなりました」という記事が浮かんだ。自分としては、治療して息苦しさは改善したので、発作的に悪くなったが元の状態に戻ったものと思っていた。しかし、看護師に渡された心不全のパンフレットを見て、いろいろな病気が原因となって心臓の機能が不全状態になることがわかり、自分で自分のコンディションを整えることが大切な、長く付き合っていく病気であることがわかった。
退院後は処方された薬を飲み、食事は塩分を控えて様子を見ていた。BNP(心不全のマーカー)が下がってきて、自分としてはなるべく手術はしたくなかったが主治医にそろそろ手術をした方がいいと勧められ、仕方ないと決意した。2021年4月に弁形成術を受けた。術式の選択で、納豆が食べられなくなることが一番嫌なことだったので、機械弁ではなく生体弁に置換する予定だったが、自分の弁の傷んだところを繕う形成術が可能であった。
手術後の経過は順調で、主治医が嬉しそうに検査結果を伝えてくれるが、自覚的には動くとすぐに疲れるし、体の衰えを感じており、そこまで体調はよくない。検査結果と体調は一致しないと感じる。薬は主治医がたくさんの患者さんを診て医学的な知識の上に必要と判断し処方しているものだから、欠かさず飲むようにしているが、本当はできるだけ飲みたくない。主治医には薬を減らしてほしいといつも訴えている。生活の中で食事に気をつけたり、睡眠をとったり、運動をしたりすることで治せるものならそれが一番だと思っている。血圧、体温、体重、歩数は毎日測って記録し、変化がないか見ている。
食事はもともと質素で一汁一菜に漬物といった感じだ。はじめは味噌汁や漬物なんて食べてはいけないと思っていたが、病院で味噌汁が出ていたことを参考に、少量なら大丈夫という考えに至った。たくわんも刻んで二口だけにしている。しかし、ラーメンは2年以上食べていない。病気になる前はそばや焼きそばなど麺類ばかり好きでよく食べていたが、すっかりやめている。煙草も入院を機にやめた。
これまで元気で病院に行ったこともなかったので、70歳まではやりたいことを100パーセント以上やれる時期だと思っていた。そこまでは多少の無茶をしてもやりたいことをいっぱいやるという目標があったのに、突然心不全となり、その猶予がないことを知り、かなりショックだった。ただ、それはそれで仕方ない、まだ元気なうちに楽しめるだけ楽しもうと切り替えられた。そう思えたのは、病院の医師や看護師、地域のサロンの人たち、友人の存在があったからだ。一人暮らしということもあり、病気が進んだ時のことを考えるとやっぱり怖さや不安はあるが、病気や苦しいことも考え方によっては楽しみの一つとなる。いつまで時間が続くかではなくて、普通に日が昇り、夜が来るように、一日ずついろんな人に会ったり、いろんなことを楽しんだりすることができればいい。例えば、いつもと違う道を行くだけで発見があるし楽しめる。その年齢、その時の体の状況でできることを見つけていければいいと思う。

