インタビュー時:72歳(2022年1 月)
診断時:69歳
診断名:完全房室ブロック
甲信越地方に弟家族と4人暮らし。NPOで相談支援の仕事をしている。
夜中に胃の辺りに強い拍動を感じた。また、途中で休まないと階段を上がれない状況となり、血圧が普段より高かったので、旅行前に念のため受診したところ、完全房室ブロックと診断された。
1週間後に心臓ペースメーカ植込みをした。植込み手術中、電極がつながった瞬間に体が楽になったと感じた。
現在は手術前と同じ仕事をし、支障なく生活できている。
プロフィール詳細
甲信越地方に弟家族と4人暮らし。週の4-5日は自宅から移動に2-3時間かかる都市に滞在し、NPOで相談支援の仕事をしている。夜中に胃の辺りの強い拍動に気づいたが、朝は普通に目覚めたので、誰にも相談せずにいた。また、今まで問題なく上がれていた20段ほどの駅の階段を上がり切れないということがあった。ある朝、血圧を測ると、上の血圧(収縮期血圧)が150/mmhg台となっていた。いつも130/mmhgだったので、おかしいと思い、近くの診療所に受診したところ、心電図をとって完全房室ブロックと診断された。すぐに市内の大きい病院を紹介されて、手術が必要で入院となった。1週間後に心臓ペースメーカ植込み(以下、ペースメーカ)をした。手術は局所麻酔で行われたため、医師の会話が聞こえ、何をされているかわかり、興味深い経験だった。手術中に電極がつながった瞬間に、壊れた機械が動き出したように機能が回復したような感触があった。
ペースメーカが必要と言われたときに抵抗感はなかった。医師の説明でその必要性が納得できたし、病院自体、家族がお世話になったことのある信頼できる病院だったからかもしれない。今回、入れたペースメーカは電池交換が必要なもので、手術後10年経ったら交換する予定になっている。手術後は、ペースメーカへの感染に気をつけるよう言われた。退院後しばらく左腕の大きな運動(腕まわしなど)を控え、ペースメーカは電磁波に弱いので、生活の中でIH調理器や車の電子キー、携帯電話などは留意して使うようにしている。これまでにトラブルが起きたことはない。MRI検査や骨密度検査でも注意が必要で、常にペースメーカ手帳を持って検査時には提示するように説明を受けた。鎖骨の下の位置にペースメーカがあり、パッと見れば、外から楕円形の形がわかる。ちょうど車のシートベルトやリュックサックのベルトがあたる位置で、しばらくはタオルを当てるなどして保護していた。
現在は特に服薬はなく、半年に1回受診し、ペースメーカのチェックや体調の管理を行っている。毎日、簡単な体操を続けており、筋力を低下させないように気をつけている。自転車乗りなど多少負荷のかかる運動をすると、以前より心臓が頑張っている感覚があるが、現在は手術前と同じ仕事をし、支障なく生活できている。ペースメーカを入れたことで、無理しないよう職場の人や周囲の人たちが気遣ってくれていると感じる。退院後、早い時期に身体障碍者手帳1級を取得した。障害のある人と関わる仕事をしてきたので、認定に対して抵抗はなく、かえって恩恵を受けることができて有難いと感じている。
場所や対象を変えながら行ってきた相談支援の仕事が生き甲斐である。相談の仕事は、気力、体力、心の余裕をちゃんと持っていないとできない。病気の原因について、医師ははっきりわからないというが、障害や犯罪にかかわる人たちの相談という仕事を、自宅から離れて一人の時間を十分にとれずに長年していることは、何らかの影響があったかもしれない。ただ相談の仕事は、相談相手の抱えている苦しい思いとその思いの現れているからだを共有して、ともに健康な心やからだに戻していくような仕事であり、自分のからだを維持することも仕事のうちである。「本気、呑気、元気、プラスユーモア」をモットーによく睡眠をとり、1人の時間を作り、自分を整えて、あと5年ほどは元気でやり遂げたいと思っている。
心臓の病気で手術を受けることになり、入院中は自分の先のことを考える時間となった。友人に手紙を書いたり、自分の財産や連絡してほしい人に関する覚書を書いたりした。自分に与えられた時間を楽しんでいきたいし大事にしたいが、ここまでということになったら延命治療をするなど無理はしたくない。父や母と同じように自然な終わりまで自分らしく大事なものを大事にして、生き切りたいと思っている。
ペースメーカが必要と言われたときに抵抗感はなかった。医師の説明でその必要性が納得できたし、病院自体、家族がお世話になったことのある信頼できる病院だったからかもしれない。今回、入れたペースメーカは電池交換が必要なもので、手術後10年経ったら交換する予定になっている。手術後は、ペースメーカへの感染に気をつけるよう言われた。退院後しばらく左腕の大きな運動(腕まわしなど)を控え、ペースメーカは電磁波に弱いので、生活の中でIH調理器や車の電子キー、携帯電話などは留意して使うようにしている。これまでにトラブルが起きたことはない。MRI検査や骨密度検査でも注意が必要で、常にペースメーカ手帳を持って検査時には提示するように説明を受けた。鎖骨の下の位置にペースメーカがあり、パッと見れば、外から楕円形の形がわかる。ちょうど車のシートベルトやリュックサックのベルトがあたる位置で、しばらくはタオルを当てるなどして保護していた。
現在は特に服薬はなく、半年に1回受診し、ペースメーカのチェックや体調の管理を行っている。毎日、簡単な体操を続けており、筋力を低下させないように気をつけている。自転車乗りなど多少負荷のかかる運動をすると、以前より心臓が頑張っている感覚があるが、現在は手術前と同じ仕事をし、支障なく生活できている。ペースメーカを入れたことで、無理しないよう職場の人や周囲の人たちが気遣ってくれていると感じる。退院後、早い時期に身体障碍者手帳1級を取得した。障害のある人と関わる仕事をしてきたので、認定に対して抵抗はなく、かえって恩恵を受けることができて有難いと感じている。
場所や対象を変えながら行ってきた相談支援の仕事が生き甲斐である。相談の仕事は、気力、体力、心の余裕をちゃんと持っていないとできない。病気の原因について、医師ははっきりわからないというが、障害や犯罪にかかわる人たちの相談という仕事を、自宅から離れて一人の時間を十分にとれずに長年していることは、何らかの影響があったかもしれない。ただ相談の仕事は、相談相手の抱えている苦しい思いとその思いの現れているからだを共有して、ともに健康な心やからだに戻していくような仕事であり、自分のからだを維持することも仕事のうちである。「本気、呑気、元気、プラスユーモア」をモットーによく睡眠をとり、1人の時間を作り、自分を整えて、あと5年ほどは元気でやり遂げたいと思っている。
心臓の病気で手術を受けることになり、入院中は自分の先のことを考える時間となった。友人に手紙を書いたり、自分の財産や連絡してほしい人に関する覚書を書いたりした。自分に与えられた時間を楽しんでいきたいし大事にしたいが、ここまでということになったら延命治療をするなど無理はしたくない。父や母と同じように自然な終わりまで自分らしく大事なものを大事にして、生き切りたいと思っている。
インタビュー33体験談一覧
- 循環器内科を専門にしている診療所で、速やかに診断してもらい、腕のいい専門医のいる病院に紹介された
- 人の生き辛さに触れる仕事をしている。心臓にストレスを与えながら仕事をしているという意識はないが、負荷はかけているだろう
- 仕事は夜もあり、泊まり込んでいるので、自分の体をメンテナンスする時間を取るのは厳しいが、やれる範囲でやったほうがよい
- 検診で不整脈と指摘され3年経っていた。夜中におかしな拍動を経験し、それからエネルギー切れを感じることがあった
- ペースメーカが必要と言われ、驚いたがほかに道がないならそれでいいと思った。体の一部を機械で補うことに関心を持った
- 半年毎の受診では、ペースメーカの機能、活動の記録、電池の寿命、自分の心臓よりも拍を下げて機能するかなど確認している
- ぺースメーカは大きくないが体の中に異物が入っているという抵抗感はあった。行動全体が不自由になるということは全くなかった
- 自分の体の機能の一部が機械で補われることは、人体をサイボーグ化すると思うとちょっとおかしかった

