インタビュー時:56歳(2021年10月)
関係:インタビュー32の次女
診断時の母親の年齢:77歳
母親の診断名:洞不全症候群、うっ血性心不全
東海地方で両親と三人暮らし。夫と娘は関西に暮らしている。
仕事をしていたが、2021年夏に母親がうっ血性心不全悪化で入院したことをきっかけに退職し、両親とともに過ごす時間を作りたいと実家で暮らすようになった。
コロナ禍でずっと帰省できずにいたので、久しぶりに会う両親は以前と比べてかなり弱っていると感じた。
同居後は、母親の退院後の生活環境を整え、生活全般にわたってサポートしている。
プロフィール詳細
東海地方に暮らす両親とは離れて、結婚後、関西で暮らしていた。母親が洞不全症候群で、2013年にペースメーカー植え込みをした。その後、回復し、趣味のいろいろなことをやって活発に動いており、特に調子が悪いという話は聞いていなかった。2021年夏に母親が扁桃炎になり入院。持病の心不全が悪化したので、循環器科病棟に移りその後2週間入院した。コロナ禍でずっと帰省を控えていたので、久しぶりに会った両親が年齢を重ねてかなり弱っていることに気づいた。母親は動くとすぐ息切れし、これまでできないことがあれば、父親に助けてもらって生活してきたと思うが、父親も高齢で最近は物忘れもあり、2人だけの生活はかなり心配だった。
母親の退院後、両親をサポートする人が必要であり、心不全の悪化という状況の中で、ここで親孝行をしないと後悔すると思い、仕事をやめて、実家で両親と一緒に暮らすことにした。状況的に、夫と大学生の娘を残して自分が家を離れても大丈夫だったことは、タイミングとして幸いだった。急いで決断しないといけなかったので、急な退職となり、職場には迷惑をかけることになったが、周囲が理解してくれたことを感謝している。
生活面では、薬をしっかり飲んで、活動と水分制限と塩分制限が柱である。活動については、これぐらい動いたら疲れるという自分の状態を把握して、次はもう少し活動量を減らしてという具合に調整した方がいいと伝えている。ほどほどに動いて、ほどほどに休むという自分の加減を体である程度つかめるとよいと思う。ただやりたいことはできるだけやってほしいとも思っている。薬は母親が自分で箱に入れて管理していたが、周りが飲み忘れに気づけるよう薬カレンダーを使うようになった。水分は1000mlを目安にしており、最初慣れるまで時間がかかったが、1lのポットからその日一日のお茶やコーヒーなどを飲むようにしてうまくいっている。自分は医療職なので、ある程度知識があるため、いろいろと生活の中で気をつけることができるが、家族だけでは難しいと思う。地域のクリニックの医師や看護師が、本人や家族に必要な指導をしっかりと伝え、アドバイスしてほしい。
両親がもっと具合がわるくなったときに、どうしたいのか、どこで過ごすかなど、今後のことはまだ本人とも姉たちとも詳しく話しあっていない。母はこの家にいたいと思っているかもしれないが、子どもに介護の負担をかけたら申し訳ないから施設に入ることになるのかなと言うこともある。久しぶりに実家に戻り、庭の手入れや家の修繕など家を管理することの大変さを実感した。しばらく両親をサポートするつもりだが、まだ大学生の娘や姪たちが将来どこで暮らすかがわからず、この家をどうするのかを決められない。母親には自分のしたいことをできる範囲でやって、最後まで穏やかに楽しく日々を過ごしてもらいたいと願っている。
母親の退院後、両親をサポートする人が必要であり、心不全の悪化という状況の中で、ここで親孝行をしないと後悔すると思い、仕事をやめて、実家で両親と一緒に暮らすことにした。状況的に、夫と大学生の娘を残して自分が家を離れても大丈夫だったことは、タイミングとして幸いだった。急いで決断しないといけなかったので、急な退職となり、職場には迷惑をかけることになったが、周囲が理解してくれたことを感謝している。
生活面では、薬をしっかり飲んで、活動と水分制限と塩分制限が柱である。活動については、これぐらい動いたら疲れるという自分の状態を把握して、次はもう少し活動量を減らしてという具合に調整した方がいいと伝えている。ほどほどに動いて、ほどほどに休むという自分の加減を体である程度つかめるとよいと思う。ただやりたいことはできるだけやってほしいとも思っている。薬は母親が自分で箱に入れて管理していたが、周りが飲み忘れに気づけるよう薬カレンダーを使うようになった。水分は1000mlを目安にしており、最初慣れるまで時間がかかったが、1lのポットからその日一日のお茶やコーヒーなどを飲むようにしてうまくいっている。自分は医療職なので、ある程度知識があるため、いろいろと生活の中で気をつけることができるが、家族だけでは難しいと思う。地域のクリニックの医師や看護師が、本人や家族に必要な指導をしっかりと伝え、アドバイスしてほしい。
両親がもっと具合がわるくなったときに、どうしたいのか、どこで過ごすかなど、今後のことはまだ本人とも姉たちとも詳しく話しあっていない。母はこの家にいたいと思っているかもしれないが、子どもに介護の負担をかけたら申し訳ないから施設に入ることになるのかなと言うこともある。久しぶりに実家に戻り、庭の手入れや家の修繕など家を管理することの大変さを実感した。しばらく両親をサポートするつもりだが、まだ大学生の娘や姪たちが将来どこで暮らすかがわからず、この家をどうするのかを決められない。母親には自分のしたいことをできる範囲でやって、最後まで穏やかに楽しく日々を過ごしてもらいたいと願っている。

