インタビュー時:60歳(2019年11月) 
診断時:59歳  
診断名:心筋梗塞、うっ血性心不全
近畿地方に夫(インタビュー家族01)と2人暮らし。講演や研修など、全国を飛び回って忙しくしていた個人事業主。

2019年5月外出時に呼吸困難となり受診したところ、3本ある冠動脈が2本つまって心筋梗塞・うっ血性心不全を起こしており、冠動脈インターベンション(PCI)の治療を受けステントを4カ所挿入した。
思えば、前兆と思える左奥歯の痛みが2018年秋頃、みぞおちの痛みが2019年1月頃にあったが、その時は心臓には結びつかなかった。
退院後、仕事はいったん休止し、夫のサポートを得ながら心不全を悪化させないよう心臓に負担をかけない日常生活を送っている。

プロフィール詳細

近畿地方に夫と2人暮らし。2019年5月外出時に呼吸困難となり、ただ事ではないと感じて医院を受診後、救急車で別の病院に運ばれた。3本ある冠動脈が2本詰まって重篤な心筋梗塞・うっ血性心不全を起こしている状態だったので、冠動脈インターベンション(PCI)の治療を受けステントを4カ所挿入した。救急車の中で「死ぬの?」と思ったが、あとで医師から「死んでもおかしくない状況だった。助かってラッキーだった」と知らされた。振り返ってみると、2018年10月頃、前兆と思える左奥歯の痛みがあり、その頃から坂道で息切れを感じたり、左の肩こりや背中の痛みが取れなかったりしていた。2019年1月にもみぞおちの痛みがあったが、救急車を呼ぶほどではなく、食べ過ぎだと思って翌日胃腸科を受診して逆流性食道炎の治療を受けた。咳や痰も出ていたが、喘息のせいだと思い、その時も心臓には結びつかなかったことが悔やまれる。

自分では、退院したら元のようにぴんぴん動けると思っていたが、心機能の状態(心臓が収縮する力)は、ふつうの人の半分弱まで低下していた。医師からは「これまでと同じ生活はできない。生き直しをしてください」と言われ、仕事をいったん休止することにした。退院後は夫のサポートを得ながら心不全を悪化させないような生活を送っている。食事は外食を避け、1日当たり減塩6gを心がけている。また下から上に重い荷物を持ち上げることは心臓に負担をかけるので、夫に布団の上げ下ろしや米やペットボトルなどの重い買い物などを頼んでいる。坂道を歩くことも心臓への負担が大きいので、家の周りの平地を歩いて運動するようにしている。入浴も退院当初はシャワーだけが許可され、湯舟に浸かる時間も制限された。自分では何でもできるつもりでいたが、少しおしゃべりすると、心拍数や血圧が上がり、しんどくなるなど、普通の人が当たり前にできることが全部はできない状態であることに驚いた。

これまで仕事の面に限らず、無理しがちで不規則な生活が続いていた。退院後、見た目が変わらず、元気そうに見えるので、周りの人から「元気そうじゃない?しばらくしたら復帰できそうだね」と言われると困る。どちらかと言うと突っ走るタイプだったが、今は心臓のことを考えて自分でブレーキを掛けられるようになり断れるようになったのは変化した点だ。生活にはさまざまな制限があるが、それでも夫ともに日々の生活を楽しんでいて、徐々に活動範囲を広げていきたいと思っている。この病気になったことも、自分に新たな引き出しができたとポジティブに捉え、今後は経験を活かして心不全や心筋梗塞を予防するための啓発活動をしたいと思っている。

私は: です。

(アンケート結果の扱いについては個人情報の取り扱いについてをご覧ください。)

認定 NPO 法人「健康と病いの語りディペックス・ジャパン」では、一緒に活動をしてくださる方
寄付という形で活動をご支援くださる方を常時大募集しています。

ご支援
ご協力ください

モジュール一覧