インタビュー時:59歳
診断時:53歳
診断名:完全房室ブロック、心不全
首都圏に夫と2人暮らし。事務職。
2013年6月に完全房室ブロックと診断され、ペースメーカ植え込み術を受けた。
2018年1月の夜、息苦しさで受診。心不全で9日間入院して点滴、投薬、酸素吸入の治療を受けた。
以前は毎晩飲酒していたが、心不全になってお酒はやめて減塩に気をつけている。
徐々に悪化するのは不安だが、無理せず水中ウォーキング、縫物を楽しんで暮らしている。これからはゆっくり美術館巡りもしてみたいと思う。
プロフィール詳細
首都圏に夫と2人暮らし。息子と娘はそれぞれ独立して他県に住んでいる。それまで何度となく息苦しくなって一瞬ふっと意識がなくなる失神を繰り返していたが、24時間ホルター心電図で異常が見られなかった。2013年6月に職場で失神したため、すぐに近くの病院に行って心電図をとっている最中、不整脈が起こって、完全房室ブロックと診断された。ペースメーカの適応であったため、緊急入院してペースメーカ植え込み術を受けた。ペースメーカが足りない脈を補ってくれるので、それから失神することはなく、体は楽になり、事務の仕事は続けることができた。
普通、人間は心臓がドキドキすると心拍数が増えるといったことがあると思うが、ペースメーカには上限と下限があり、下が60回/分、上が130回/分という設定だとそれ以上は打たない。自分の脈がある人は自分の脈が打って補うが、私は脈がほとんど出ないタイプらしいから、駅の階段を上がるときは、上のほうに行くと結構苦しい。プールで泳いでいるときも苦しくなる。普通なら130回以上打って、苦しくならないようにしているんだと思うが、私はもうそれ以上打ってくれないので、とにかく苦しかった。主治医に相談して150回/分にあげてもらい、これでプールで泳げると喜んだ。その後は特段問題なく日常生活を送っていた。
2018年お正月頃、階段をあがるとき息切れがひどかった。思い返すと半月前より少し調子が悪かった。1月4日の夜、苦しくして寝付けなくなり、起きて座ったら、楽になったため、様子を見ていたが、話すことができないほど息苦しくてたまらなくなり、夫の車で、いつもペースメーカで診てもらっている病院へ救急受診した。体を動かすのもつらく、レントゲンを撮影する板を背中で押さえるのも苦しくて、何とか我慢して撮った。外が明るくなる前に多少楽になってきたところに、主治医が来て、軽く「心不全ですね」と言うので、「ああ、私死ぬのかな。こんな苦しいし、死んじゃうのかな」と思った。血液検査では、BNP(心不全の状態を把握する値)が大きく上昇していた。酸素や点滴、利尿薬の投与を受け、入院9日間のうち、ICUで1日間過ごし、残りは一般病棟に入院した。心臓リハビリテーションを受け、飲み物の水分量を記録し、1日1,000ccまでを心がけた。
退院時に言われたのは、仕事は無理のないように少しずつやること、塩分を控えること、毎日の血圧と体重測定であった。仕事は寒い時期で心配だったので、体調が大丈夫だと確認してから再開した。以前は毎晩お酒を飲んでいて、夕食もお酒に合わせた味の濃いものだったが、退院後は飲酒もおつまみも控えている。代わりに甘いものが食べたくなった。血圧は毎朝、体重は毎朝・夜測定し、風邪を引かないように気をつけている。冬はインフルエンザ予防接種を受けるようにして、寒暖差にも注意している。趣味の一つの水泳は水中ウォーキング中心にした。
ペースメーカを入れるとき、生きて帰るためには仕方ないと思い、医師の説明を聞いた。ただ、あばら骨と一緒にペースメーカが写っている自分のレントゲン写真に慣れるまでは何カ月もかかった。昔は、歩行者用の信号が点滅していると頑張って走って渡るのが典型的な行動パターンだったが、ペースメーカを入れたり、心不全になったり、苦しい思いをしてこれではだめだと思わされた。今は、次の青を待とうという気持ちになり、時間のゆとりも見るようになった。
インターネットで調べると、心不全というのは、加齢とともに徐々に心機能が低下し、何かの拍子にぐっと悪くなって入院せざるを得なくなるらしい。徐々に悪化するという不安はあるが、定期的に通院して薬を飲み、無理せずに日常生活を送るよう心がけている。現在の楽しみは、水中ウォーキング、縫物などで、車の運転が好きなので、日帰りで少し遠出をしてお花がきれいな公園や美術館をゆっくり回りたいと思っている。
普通、人間は心臓がドキドキすると心拍数が増えるといったことがあると思うが、ペースメーカには上限と下限があり、下が60回/分、上が130回/分という設定だとそれ以上は打たない。自分の脈がある人は自分の脈が打って補うが、私は脈がほとんど出ないタイプらしいから、駅の階段を上がるときは、上のほうに行くと結構苦しい。プールで泳いでいるときも苦しくなる。普通なら130回以上打って、苦しくならないようにしているんだと思うが、私はもうそれ以上打ってくれないので、とにかく苦しかった。主治医に相談して150回/分にあげてもらい、これでプールで泳げると喜んだ。その後は特段問題なく日常生活を送っていた。
2018年お正月頃、階段をあがるとき息切れがひどかった。思い返すと半月前より少し調子が悪かった。1月4日の夜、苦しくして寝付けなくなり、起きて座ったら、楽になったため、様子を見ていたが、話すことができないほど息苦しくてたまらなくなり、夫の車で、いつもペースメーカで診てもらっている病院へ救急受診した。体を動かすのもつらく、レントゲンを撮影する板を背中で押さえるのも苦しくて、何とか我慢して撮った。外が明るくなる前に多少楽になってきたところに、主治医が来て、軽く「心不全ですね」と言うので、「ああ、私死ぬのかな。こんな苦しいし、死んじゃうのかな」と思った。血液検査では、BNP(心不全の状態を把握する値)が大きく上昇していた。酸素や点滴、利尿薬の投与を受け、入院9日間のうち、ICUで1日間過ごし、残りは一般病棟に入院した。心臓リハビリテーションを受け、飲み物の水分量を記録し、1日1,000ccまでを心がけた。
退院時に言われたのは、仕事は無理のないように少しずつやること、塩分を控えること、毎日の血圧と体重測定であった。仕事は寒い時期で心配だったので、体調が大丈夫だと確認してから再開した。以前は毎晩お酒を飲んでいて、夕食もお酒に合わせた味の濃いものだったが、退院後は飲酒もおつまみも控えている。代わりに甘いものが食べたくなった。血圧は毎朝、体重は毎朝・夜測定し、風邪を引かないように気をつけている。冬はインフルエンザ予防接種を受けるようにして、寒暖差にも注意している。趣味の一つの水泳は水中ウォーキング中心にした。
ペースメーカを入れるとき、生きて帰るためには仕方ないと思い、医師の説明を聞いた。ただ、あばら骨と一緒にペースメーカが写っている自分のレントゲン写真に慣れるまでは何カ月もかかった。昔は、歩行者用の信号が点滅していると頑張って走って渡るのが典型的な行動パターンだったが、ペースメーカを入れたり、心不全になったり、苦しい思いをしてこれではだめだと思わされた。今は、次の青を待とうという気持ちになり、時間のゆとりも見るようになった。
インターネットで調べると、心不全というのは、加齢とともに徐々に心機能が低下し、何かの拍子にぐっと悪くなって入院せざるを得なくなるらしい。徐々に悪化するという不安はあるが、定期的に通院して薬を飲み、無理せずに日常生活を送るよう心がけている。現在の楽しみは、水中ウォーキング、縫物などで、車の運転が好きなので、日帰りで少し遠出をしてお花がきれいな公園や美術館をゆっくり回りたいと思っている。
インタビュー20体験談一覧
- 検診は半年に一回、バッテリー残量や、ネットで病院に送られるデータから過去の脈の乱れ等をチェックしてもらう(音声のみ)
- ぺースメーカの上限設定が心拍130回/分だったのを活動したくて150回/分にあげてもらったが…よかったかわからない
- ぺースメーカは私の心臓の代わりに打ってくれるので、体は楽になり失神することもなくなった
- 女性の場合ブラジャーのひもがペースメーカに悪さをしないか心配だったが、友の会の先輩に聞いて安心した(音声のみ)
- 降圧薬を飲んでいるせいか、夏になるとめまいが出ることがあり、その時はゆっくり立ち上がるようにしている
- 薬をいつ飲み忘れたかわからなくなるので、曜日のわかる小分けの入れ物を用意して飲むようにしている

