インタビュー時:44歳(2020年9月)
診断時:24歳
診断名:僧帽弁閉鎖不全症、心房粗動、肺血栓塞栓症
首都圏で研究職として勤務。インタビュー時はスペインに単身留学中。
20代で僧帽弁閉鎖不全症と診断されたが経過観察となり、42歳で初めて自己心膜を使った弁再建術を受けた。
術後に心房粗動となり、電気ショックで収まったものの、2019年スペイン留学中に再発し、一時帰国してカテーテルアブレーションを受けた。
さらに留学中、肺血栓塞栓症になり弁も壊れたので、現地で機械弁へ置換術を行った。
最初の手術の後から憂鬱な気分があり、留学中に精神科を受診、術後うつの診断で抗うつ剤を処方してもらい、今は心身ともに安定している。
プロフィール詳細
首都圏在住。研究職。インタビュー時はスペインに単身留学中。20年前、就職時に心雑音を指摘され、経食道心エコー検査を受けて僧帽弁閉鎖不全症と診断された。自覚症状はなかった。将来手術することを考え、セカンドオピニオンを聞きに別の専門病院に行くと、逆流の程度は中程度で2-3年後に手術が必要になると言われた。そのまま執刀予定の医師がクリニックを開業したので、そこに通院して経過をみていた。特に日常生活の制限もなく、テニスをしても問題なく、普通に生活することができており、自分の場合、両尖逸脱と言って僧帽弁の2枚とも弁がずれており、結果的に弁の機能がある程度保たれていたので、逆流の程度が悪化せず、20代も30代も手術が必要な状態にならなかった。40代になり、そろそろ手術をした方がいいと言われ、ちょうど2年の留学が決まっていたので、留学前の2018年42歳のとき、自己心膜を使った僧帽弁再建術を受けた。
退院後、心房粗動が出て、自宅で一人動悸を感じてかなり怖い思いをした。不整脈を止めるカテーテルアブレーションは、手術後1カ月を経過しないとできないと言われ、抗不整脈薬のみで対応したが、動くとすぐに心拍数が100-200回/分にあがってしまい、気持ちが悪くて動けず、友人に買い物など手伝ってもらった。ようやく術後1カ月経った頃、再び動悸が出たので、入院して電気ショックを受けた。1度目の後、すぐまた不整脈が起きたが、2度目で収まった。これで不整脈が収まるようなら、アブレーションの適用ではないとのこと。自分としては、帰国には17-18時間かかるため、心配ではあったが、もし留学中に心房粗動が出たら、帰国して治療をすればよいということで渡欧した。
6月末、他の国へ旅行に行ってスペインに戻った後、心房粗動と思われる動悸を感じ、脈拍を測ると190になっていた。とりあえずスペインの病院で診てもらうため、受診したところ、やはり心房粗動が起きていた。カテーテル治療をスペインで受ける選択肢もあったが、帰国して7月にカテーテルアブレーションを受けた。その後、再びスペインに戻り、研究を続けた。
2020年1月になり、数日息苦しさを感じて病院に行くと肺血栓塞栓症になっていた。さらに弁が壊れており、緊急で肺血栓塞栓症の手術と機械弁への置換術が行われた。途中から意識がなく、集中治療室では長い間術後せん妄が起きてさまざまな妄想を体験した。一般病棟に移って意識がはっきりするまで心理的にきつかった。術後に胸水が貯まり、再度手術をし、結局、1カ月程度入院した。母親には日本領事館を通じて連絡が行っていたことをあとで知った。
スペインで受けた2回目の手術後は、1回目と比べると心房粗動が出ることもなく、かなり落ち着いている。退院して1カ月後に術後検診を控えていたが、新型コロナウイルス感染の広がりで、緊急以外の受診は延期となり、その間は自分で血圧、心拍数、血中酸素濃度などを測り、様子を見ていた。コロナ禍で外に出ることを控えているので、リハビリのため、ルームサイクルを買って負荷のかからない範囲でやっている。散歩とヨガは日課にしている。息苦しくなったらスピードを落とすなど自分の心臓と相談しながらやっている。手術から3-4カ月経って、最近やっと術後検査を受けることができ、特に問題がなく、安心した。
振り返ってみて、日本でうけた最初の手術後に心房粗動が出たときが精神的に一番つらい時期だった。あの動悸は「下手したら死ぬ」という初めての感覚だった。医師は心房粗動をよくわかっているからそうは思わないだろうが、説明を受けて頭では納得していても、自分としてはなかなか心理的に大丈夫だと納得するのは難しかった。心臓の病気ということで、「死」についていろいろと考えたが、人と共有することはなかった。電気ショックで心房粗動が収まった後、スペインに留学してからも、何となくずっと憂鬱な状態が続いていた。スペインで探した精神科のドクターに診察を受けたところ、術後うつとの診断で、抗うつ剤や睡眠薬を処方してもらい、今は気分的にも安定している。診てもらって1年近くなるが、そのスペインの医師が心臓手術後の精神的ケアを専門としている医師であり、非常に恵まれていると感じる。
今まで何回も手術を受け、生死にかかわる状況をいくつもよく乗り越えてきたと思う。これから自分のペースで消化していきたいと思っている。病気に感謝することはできないが、病気のおかげでいろいろと考えさせられた。新たな人との出会いがあり、支えてくれる人たちの存在に感謝の気持ちが生まれ、自分も周りの人も大切にしようという思いになった。
退院後、心房粗動が出て、自宅で一人動悸を感じてかなり怖い思いをした。不整脈を止めるカテーテルアブレーションは、手術後1カ月を経過しないとできないと言われ、抗不整脈薬のみで対応したが、動くとすぐに心拍数が100-200回/分にあがってしまい、気持ちが悪くて動けず、友人に買い物など手伝ってもらった。ようやく術後1カ月経った頃、再び動悸が出たので、入院して電気ショックを受けた。1度目の後、すぐまた不整脈が起きたが、2度目で収まった。これで不整脈が収まるようなら、アブレーションの適用ではないとのこと。自分としては、帰国には17-18時間かかるため、心配ではあったが、もし留学中に心房粗動が出たら、帰国して治療をすればよいということで渡欧した。
6月末、他の国へ旅行に行ってスペインに戻った後、心房粗動と思われる動悸を感じ、脈拍を測ると190になっていた。とりあえずスペインの病院で診てもらうため、受診したところ、やはり心房粗動が起きていた。カテーテル治療をスペインで受ける選択肢もあったが、帰国して7月にカテーテルアブレーションを受けた。その後、再びスペインに戻り、研究を続けた。
2020年1月になり、数日息苦しさを感じて病院に行くと肺血栓塞栓症になっていた。さらに弁が壊れており、緊急で肺血栓塞栓症の手術と機械弁への置換術が行われた。途中から意識がなく、集中治療室では長い間術後せん妄が起きてさまざまな妄想を体験した。一般病棟に移って意識がはっきりするまで心理的にきつかった。術後に胸水が貯まり、再度手術をし、結局、1カ月程度入院した。母親には日本領事館を通じて連絡が行っていたことをあとで知った。
スペインで受けた2回目の手術後は、1回目と比べると心房粗動が出ることもなく、かなり落ち着いている。退院して1カ月後に術後検診を控えていたが、新型コロナウイルス感染の広がりで、緊急以外の受診は延期となり、その間は自分で血圧、心拍数、血中酸素濃度などを測り、様子を見ていた。コロナ禍で外に出ることを控えているので、リハビリのため、ルームサイクルを買って負荷のかからない範囲でやっている。散歩とヨガは日課にしている。息苦しくなったらスピードを落とすなど自分の心臓と相談しながらやっている。手術から3-4カ月経って、最近やっと術後検査を受けることができ、特に問題がなく、安心した。
振り返ってみて、日本でうけた最初の手術後に心房粗動が出たときが精神的に一番つらい時期だった。あの動悸は「下手したら死ぬ」という初めての感覚だった。医師は心房粗動をよくわかっているからそうは思わないだろうが、説明を受けて頭では納得していても、自分としてはなかなか心理的に大丈夫だと納得するのは難しかった。心臓の病気ということで、「死」についていろいろと考えたが、人と共有することはなかった。電気ショックで心房粗動が収まった後、スペインに留学してからも、何となくずっと憂鬱な状態が続いていた。スペインで探した精神科のドクターに診察を受けたところ、術後うつとの診断で、抗うつ剤や睡眠薬を処方してもらい、今は気分的にも安定している。診てもらって1年近くなるが、そのスペインの医師が心臓手術後の精神的ケアを専門としている医師であり、非常に恵まれていると感じる。
今まで何回も手術を受け、生死にかかわる状況をいくつもよく乗り越えてきたと思う。これから自分のペースで消化していきたいと思っている。病気に感謝することはできないが、病気のおかげでいろいろと考えさせられた。新たな人との出会いがあり、支えてくれる人たちの存在に感謝の気持ちが生まれ、自分も周りの人も大切にしようという思いになった。
*¹カテーテルアブレーション:経皮的カテーテル心筋焼灼術のこと。手首や足の付け根からカテーテルと呼ばれる細い管を血管内に挿入し、心臓の筋肉の中にある異常な電気回路を焼灼または冷凍凝固して、不整脈を抑える治療。

