診断時:75歳
インタビュー時:77歳(2007年12月)
関東地方在住、妻と子どもの3人暮らし。仕事(自営業)を辞めて2005年に前立腺がんの診断を受け、同年、前立腺全摘除術を受けた。その半年後PSA値が上昇し、2006年に放射線療法を受けた。治療後、再度PSA値が少しずつ上がり始めたので、現在はホルモン療法で経過を見ている。地域のボランティア活動に携わり、そこでの出会いからたくさんのパワーをもらっている。

この人の語りを見る

プロフィール詳細

自営業を営むU.Aさんは、2000年頃からトイレの回数が多くなった。ズボンに乳液のようなものがついたのも気にかかり、近所の泌尿器科開業医を受診すると、前立腺肥大といわれ、PSA検査を年に1回受けながら経過をみることになった。すると値は年々上がってきて、2004年には4.5になってしまった。同医に相談したが「4.5くらいではがんと診断出来るところまでいっていない。薬だけで、その他の治療はしていない人が多い」と言われた。

上記医師の説明になかった血尿も出ていたので気になって、2005年2月に別の泌尿器科を受診することにした。事情を話し触診を受けると、硬いものが触る、と説明された。「これはもうがんじゃないかな」と告げられたとき、本当にびっくりし、頭の中が真っ白になった。生検を受けることになり、その結果、精嚢にまで浸潤している前立腺がんと診断された。

翌月、大学病院を紹介され、MRI検査などの精密検査から、転移はないとわかった。がんと告げられたとき、最初は言葉も出なかったが、時間が経つにつれて少しずつ、先のことを考えられるようになってきた。病気に負けないように、治療に専念しようという気持ちが出てきた。

治療法は、家族とも相談して、手術を選ぶことにした。がんを抱えたままでいるより、摘出した方がいいと思い、5月に手術となった。術後に担当医から「前立腺の被膜から少し出ていたので、目に見えないがんがあるかも知れない」と説明を受け、その言葉はずっと頭に残っていた。後遺症の尿漏れがひどく、半年くらいは1日数回パットを交換しなければならなかった。事前に説明されたときには、それほど大きく考えていなかったけれど、実際自分がなってみると違うなと感じた。

手術から半年ほど経つと、PSA値が少しずつ上がってきてしまった。取ってしまえば完全に前立腺がんから縁が切れると思っていたのに、と落ち込んだが、2006年11月から放射線治療を受けることにした。その結果、値は0.008にまで下がった。しかし放射線治療終了後、また少しずつ上昇し、0.449までになった。そのため2007年8月からホルモン療法(リュープリン)を始めている。

尿漏れは最初の頃に比べると、自分で訓練をしたこともあって、ずいぶん少なくなった。思い返すに、病気や治療について、患者は何もわからないのだから、医師を信用するしかないし、最初に受診した開業医が、もうちょっと慎重に診てくれていたらとも思うけれど、今は前向きに一日一日感謝しながら大切に過ごすことだけを考えようと思っている。2003年には店をたたみ、地域のボランティア活動に積極的に参加している。そこでの出会いからたくさんのパワーをもらっている。

「語ってくれてありがとう!」と思ったらこちらをクリック →

あなたのひと言をどうぞ → ひと言