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大腸がん検診の語り

将来出産できるか主治医に聞くと「大丈夫、何人でも産める」と言われ心強かった。実際に妊娠したときは、人工肛門で3人産んだ人の話を聞くこともできた(テキストのみ)

―― でも、その時に、その「将来、出産したいんですけど」とか、そういうことはおっしゃったんですか?

ああ、もちろん、もちろん。うん。あの…まあ、「セックスとかできるんですか?」とか、うん、「出産もできますか?」って聞いたけど、やっぱり、その先生はよく知ってみえるから、「大丈夫、大丈夫。何人でも産めるから」っていうふうに言われましたからねえ。うん。だから…うん、心強かったですねえ。

―― それ、言ってもらえると、言ってもらえないと、全然違いますよね。

そうですね。うん。

―― そこで「うーん」とか言われちゃったら、

「うーん」とか言われちゃうとね。

―― ね。

「えー!?」って(笑)。

―― 思っちゃう(笑)。

思っちゃいますけど、でも、私の主治医の先生は、うん、多分、いろんな症例を知ってみえたんでしょうね。だから、その、「大丈夫、大丈夫」っていう感じでしたよ。うん。だから、心強かったですねえ。

―― ですね。そのあとも、じゃあ、「大丈夫だ」って。

「ああ、大丈夫なんだ」って思いましたね。うん。
なんか、自分が運が良かったなあって思うのが、その、さっき話した3人産んでる人も、なんか、まあ、自分が看護師をやっていたからっていうのもあるんですけど、あの、自分が妊娠した時に、あの、隣の市の総合病院なんですけど、そこで勤めとった子が、「うちの病院でオストメイトで出産した人がいるよ」って教えてくれたんですよ。

―― ああ。

で、「ああ、そうなんだ」と思って、「じゃあ、私もそこの病院に行って、その先生にかかりたい」って言って、ほんで先生の名前を教えてもらって、それで、がんセンターのその主治医の先生に紹介状を書いてもらって、それでその出産した病院に受診したんですよ。そうしたら、その先生が、なんか「3人目妊娠してるオストメイトが、今、ちょうど通院っていうか、してるから、紹介してあげるから」とかって言ってくれて、それでオストメイトのそのお母さんと知り合ったんですね。それで話もできたし。うん。
で、もうその人は、私は初めての妊娠だったけど、その人はもう2人産んで3人目の妊娠で、私と一緒の時期でというふうだったので。うん。だから…いやー、なんか、ほんと、「すごいな、出会いって」(笑)とかって思いながら。うん。ほんとになんか、ねえ、心強かったですねえ。妊婦の時もその人の家に行って、「どんな出産になるのかねえ」って言ってねえ、うん、話ししましたからねえ。

大腸がん検診の語り

看護師だったので、手術をすれば人工肛門になるとわかっていたので、手術されてびっくりということはなかったが、なかなか最初は受け止められなかった(テキストのみ)

で、まあ、普通初期のがんだと、そこだけ取っておしまいだけど、自分の場合は直腸に近かったもんですから、直腸に近かったっていうか、もう直腸にがんができちゃったもんですから、人工肛門になっちゃったんですよね。その、もうちょっとこう奥っていうか(笑)、その場所がねえ…よければ、その場所だけ取ってっていうことができたと思うんですけど、もう直腸がんだったもんですから、結局、直腸は全部取っちゃいましたもんねえ。うん。うん。「そんなに広く切らないといけないのかな」っていうのは思いましたけどね、すごい。うん。

―― で、それで、ご自身で、「あ、人工肛門だ」って最初に思われたっていうんですけども、それは、じゃあ、もうご存じだったんですかね。まあ、普通の人はね、普通の人は分からない…。

普通の人は多分、分からないと思うんですけど、私は看護師で、看護学生の時に、もう、そのストーマっていうのを見てますからね。

―― ああ、そうですか。

うん。だから、その、そういうのがあるっていうのは知ってたし。うん。なんでしょうね、うん、まあ、自分がそうなるとは思いもしなかったけど、まあ、そういう…ふうになるんだなっていう覚悟というか、うん。それに、自分が勤めていた病院が消化器内科だったもんですから、そのストーマ持ってる患者さんも時々いらっしゃったんじゃないかなあ。だから、人工肛門の存在は知ってましたから。うん。手術されてからビックリっていうことはなかったですけど、ちょっと、もう最初の受け止めが(笑)なかなかねえ。うん。「がんで、がんで、もしかして死ぬかもしれないし、その上、人工肛門までつけないといけないの?」っていう感じですかね。うん。(涙)

大腸がん検診の語り

術後1週間くらいは身体が辛くて大変だったので、ストーマがついたことに強烈な印象は持たなかった。ただ「これなんだ、でももうしょうがない」と思った

―― 手術後なんですけれども、えー、ま、その切ってみなければ分かんないということだったんですけども、実際はどういう状況だったんでしょうか。

え、あのー、手術後、うーん、そうですね、……3日4日は分かりませんでしたね。あのー、とにかく長い手術時間だったんで、えー、……あとから、そうですね、うーん、1週間ぐらい経ってからですかね、ある程度、その……器具が少しずつ抜けてきたあたりから、ええ。まあ、あのー、当然、あの、尿の問題もありましたんで、自分で排尿もできない状態でしたんで、その、そちらのほうが大変だったんですね。あのー、導尿してもらったり、えー、どうしてもこう、その辺がつらい部分と。と、お尻から管が入ってて、お尻のわきから管が入ってて、そこから、何か液がいつも出ているんで。ちゃんと座れないんですね。そういうのがつらくて、あんまりその、ストーマに関しては、強烈なイメージは、わたし自身持っていません。……ただ、ついたんだと、これなんだと、…思う気持ちはありました。でももう、…しょうがないねと…いうふうな、思いではいました。

大腸がん検診の語り

直腸の指で触れるところにがんがあり、「非常に厳しい位置ですね」と医師に言われた。「お尻がなくなる」ということは想像できなかったので、とにかく残してくれと頼んだ

―― あのー、その大学病院を受診されてから、えーと、がんと診断されるまでには、結構すぐに診断はついたんですか?

あの、すぐにつきました。…あのー、……あれ病理検査っていうんですか。すぐ、2~3日ですぐ…つきまして、ええ。

―― ちなみに、あのー、…そのがんの部位というんですかね…は、どこだったでしょう?

あのー、直腸の、お尻から、指で触れる程度の位置でしたんで、あの、もう取るしかないと。…あ、「取るしかない」って先生言わなかったんですけども、「非常に厳しい位置ですね」と。……で、何の、何の話をしているんだろう、わたし自身には全く分からなかったという。お尻がなくなるって、想像だにしませんので。…え、何のこと、っていうような感じでしたけどね。

―― あ、その、「お尻がなくなる」っていう言い方をされたんですか。

あの、そうですね、もう閉鎖するという。

―― えーと、がんのステージは?

あの、Ⅱだと思いました。ええ。

―― えー、大腸のがんであるということを、ま、言われて、多分やっぱり、あのー、いろいろ情報がほしいって思われたと思うんですけれども、何かこう、調べられたりとか見られたりとかっていうことはあったんですか?

正直言ってそんなゆとりなかったですよね(笑)。あのー、がん…になればもう、入院して、病院から出れないだろうと。そうなったときに自分の会社どうなるのか。自分の体よりも先に、自分の会社どうなるのか。……それが一番、あのー、がんのいろんなこと調べるよりも、まず自分の会社を…を、その、ちゃんとわたしがいなくても、できるような状態にしていかなくちゃならんという思いのほうが先でしたんで。全く調べていませんでした。
ただ、先生にお願いしたのは、そのー、お尻がなくなるっていうことが全く自分には分からなかったんで、で、あの、残こしてくれと、とにかく残こしてくれと、いうことをお願いしたんですけれども、それは切ってみなくちゃ分からんから、……。まあ、じゃ、全てお任せしますと…いう形で、あの、1カ月後に手術したんですけどね、ええ。

大腸がん検診の語り

医師からはストーマになる確率は半分くらいと言われた。30センチほど腸を切ったが転移もなく、それ以上の治療なしに7年経過している

ポリープの後の、切除した後、細胞診での結果を聞いたところ、えー、がんであると。まあ初期ではあると。最下層までは浸潤していないだろうと。それでも、表層の第二層ぐらいまでは浸潤している可能性がある、外科に行きなさい、いうことで、外科に行きました。それで、外科で聞いたところ、「これはやっぱり手術しないといけない」ということで、手術の方法としては、内視鏡と開腹といろいろあるんだけど、うちは開腹でやるんです、と言われまして。
で、その時にわたしが一番気になったのは、やっぱり、開腹手術をした後、もしかしたら、いわゆるストーマですね、あれを付けざるを得ないのかな、というのが一番心配でした。そこを先生にお聞きしましたところ、まあ可能性としては、半分ぐらいだということでしたんで、まあ、家族会議といいますか、それをちょっと持ちましてね。まあこの際、徹底的に開腹でいいからやろうということで、えっと、あの、秋に、6、えっと、9月ぐらいに検診の結果がわかって、結局手術したのは11月の半ばでしたね。11月の初めぐらいに入院して、それで手術をして、2週間ほど病院で、手術後、過ごしました。
で、先生にお聞きしまし、で、手術後、先生にお聞きしましたところ、大腸、直腸がんで、30センチほどがんを取ったよ、と。だけども、取った後、腸を開けてみたところ、他には転移はしてなさそうだと、いうので一安心しまして。で、先生も、まあ、たぶん大丈夫だと、いうことで、抗がん剤も飲むことなく、手術後、2週間ほどで退院しまして、それでその後、まあ1ヶ月おきぐらいに、あの、あとの部分を先生に診てもらいに行ったんですが、そこも、まあ順調で過ごしまして。
まあ、あと、それでずっと月に1度ぐらいは先生に診てもらってたんですが、たまたま手術した後、6ヶ月目に妻が急に亡くなったもんですから、それで、ちょっといろんなことがあって、それからもう、ちょっと、あの、病院には診査を受けずに、今一応過ごしたんですけれども、今のところ、まああの、病気にもならず、まあ、ほぼ7年ぐらいを経過したということで。まあ、あの、通常、がんは5年生存すれば、まあ、一応完治したものだということがあるので、今、ほぼ7年目になるので、これでほぼ大丈夫かなという気持ちになってます。

大腸がん検診の語り

手術は4時間かかり、大腸を切断して摘出された腫瘍はかなり大きかった。抜糸後傷口が開いたため、再縫合した。転移はなかったので、それ以上の治療はなかった

まあ、すぐに、あのー、これは、手術、開腹手術して患部を除去したほうがいいつうことで、まあ、手術しました。あのー、手術時間は、大体4時間ぐらいかかったんですかね。あのー、取ったものは、うちの女房が見たんですけども、僕は見ていないんですけども、かなり大きかった。まあ、切断、大腸を切断して、それぞれの悪いところを取って…縫合して、今は、なんともないわけなんです。あのー、手術してからですね、あのー、20日間入院しました。…まあ、手術期間は、もう、大体、4~5日すると痛みもなくなってきて、体は楽になったんですけども、まあ、抜糸してから…、またおなか裂けちゃったんですね、縫ったところが。それをまた縫合、再縫合して。
で、退院してから、10日後ぐらいして…、その先生のところへ、また見せに行ったんです。そのときに、その担当の先生が、あのー、「転移していない」って言われたんです。…あのー、それが1番大事だったんですね。転移していたら、もう放射線治療とか、あのー、そのほか、がんに対する治療が始まるんですね。もう、地獄が待っているわけなんです。僕は、「転移していない」って言われたので、そこで一応完治つうことで…、あのー、がんに対しては、うまい具合に済んだんですね。でも、まあ、3カ月ごとに、あのー、また再発するかもしれないので、CT撮ったり、超音波とったり、血液検査したり、また1年に1ぺん内視鏡検査したり、そういった期間が5年間続いたんです。

大腸がん検診の語り

術前のCT検査で肺や肝臓への転移はないとわかっていたが、手術の結果、腫瘍が大腸壁を破ってリンパ節に転移している可能性が出てきて、結果が出るまで不安だった

あの、これはまあ多分、あの、手術前の検査ということなると思うんですけども、その際、あの、CT検査の結果では、あの、がんは、あの、大腸壁の中に留まってますと。で、転移の心配はないというふうに、あの、胸も大丈夫やし、肝臓ですかね。転移しやすい肝…、あ、肺か。肺も肝臓も、あの、転移、CTの、CT検査の結果は、あの、大丈夫やと。で、大腸壁にも留まってると。で、ただ、「リンパ節がちょっと怪しいので、どうかな?」という、まあ、お話いただいたんですけども、その時点ではもう、自分が思っていたよりもずっと、あの、私はもう絶対転移してると思ってましたんで、まあ、転移はないと言われて、まあ、もうそれで随分、あの、気が楽にはなりました。
それで手術を受けた結果が、またちょっと、あの、後退しましてね。手術をして実物、実物というかそのものを、まあ、あの切除したんですけども、それで見たら、あの、腸の裏から、もうポツっと出てると。いわゆる、「大腸壁も破りかけてるかも。破った状態です」って言われたし。
で、手術のときに、その、私S状結腸にできたんですけども、あのー、周りのリンパ節っていうんですか? あれ何ていうんですかね。専門用語でリンパ節何とかって。……あの、まあ、とにかくリンパ節も取りまして、で、そのリンパ節を、こう指で触ると、あの、コリコリしてて、あの、「転移している可能性が強い」と言われましてね、で、ちょっと、あの、手術前のCT検査のときよりか手術した結果が、またちょっと後退して、で、あの、ステージで言うと、えー、結局、転移はしてなかったけども、リンパ節転移していたらステージ3っていうことなんですよね。まあ、あの、ちょっとまた、「あ、これはやっぱりやばいんかな」というふうに、ちょっとしてまた、気持ちがまたちょっと、ずーっと落ちてきたんですけどね。
で、そのー、「大腸壁についても、リンパ節についても病理検査出します」と。でー、検査に1週間ぐらいかかると言われたんかな。で、まあちょっと不安の中で1週間過ごさせていただいて。でー、え、手術した、えー、次の週の水曜日ぐらいですかね。あの、前の日に外科部長が来ていただいて、「病理検査した結果、大丈夫やったぞ」と。リンパ節も、あの、転移してない、あー、転移ですね。転移してないし、あの、大腸のあれも大丈夫やったと。留まってたって、まず外科部長に聞かさせていただいて、で、まあ、随分気が楽になったんで、それも夕方か夜でしたわ。で、明くる日に、あの、担当の先生が、手術していただいた担当の先生が来ていただいて、詳しく、まあ、説明していただいて、まあ、大丈夫やと。で、もう、結局それでいくと、あの、ステージで言うと1ということになるんでしょうかね。まあ、「ステージ1や」ということを聞かしてもろて、「あ、これひょっとしたら、あの、助かるかもわからん」ということ、というふうに思いました。思うとか、助かるかもわからんというあれで、もうほんとにもう、あの、喜びましたね。それでもう泣きながら(笑)、あの、電話して、あの、報告したんですけども、あの、まあそういうことで。

大腸がん検診の語り

がんは内視鏡で切るには難しい場所にあったが、開腹手術は面倒なので内視鏡でしてもらった。3か月後の検診では腫瘍は取れていた

―― あの、がんが見つかった時は、ステージとかっていうのはどれくらいだったんですか。

わりと一番最初の、あの、リンパにまでいってない、上皮のところ。

―― 浸潤してない。

らしいですね。あまりよく聞かないで。ただ、切りにくいところにあったんですよね、一番最初のは。あの、直腸からS字結腸へ曲がるこの、直角に曲がってるんですって。それで、そこにあるもんだから、それをね、切るには、内視鏡で切るにはね、難しいんですって。反対、こう、直角に曲がってるから。だから開腹手術しましょうってね、言われたんですけども、開腹手術だと面倒くさいので、まずは、その内視鏡で切ってもらって、だめだったらしょうがないっていうことで、そういうふうにお願いしてたら、うまく切れたっておっしゃって。次に検診、3ヶ月後に検診して「取れてる」って言われて、まあ良かったなって思ったんですけど。

大腸がん検診の語り

直腸にがんがあり、外科手術をすると人工肛門になる可能性が高いと言われた。それは嫌だということで、内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)で手術を受けた

―― じゃあ、まあ指で触れるところに、まあ、あったっていうことですよね。

はい。

―― で、それからどうされましたか?

で、内視鏡で取ってくださいと。あの、お腹を、げ…あの、外科手術をすると人工肛門になる可能性が高いって言われたので、それはもう絶対に嫌だということで、で、内視鏡、どうしても内視鏡で取ってくださいっていうふうにお願いをしまして、2009年に内視鏡で手術をしていただいて、きれいに取っていただきました。

―― ああ、良かったですね。それはもう、えー、腹腔鏡じゃなくて。

じゃなくて、内視鏡で。

―― まあ、一般的には、あの、内視鏡で取れるものは普通小さいって言われますけども。

はい。ESDっていうんでしょうかね。あのー、こう、スネアとかって、こう、つまんで取るんではなくて、中にメスが付いているらしいんですね。それで。

―― そのがんは1カ所ですか?

1カ所でした。

―― ああ。ステージいくつとか言われました?

そのときは、えーと、粘膜下層までっておっしゃってたので、ぎりぎりステージ1だったと思うんですけど。

大腸がん検診の語り

痩せて顔色が悪くなり貧血もひどくなってきてようやく病院に行き、入院することになった。舅姑と同居しており、入院当日まで家事をしていた

ええ、それにどんどん痩せていくでしょう、顔色悪いでしょう。朝ね、女はね、お化粧をすればね、ある程度ね、人さまに見られる顔になるんですけど。わたしは、大体、あんまりお化粧しないたちだったんですけど、朝、顔を洗ったときに、自分の顔見て、もう、うひゃっーと思うようになったんですね、痩せてきて、それに色が悪くて。だって、50%貧血でしたから、測ったらね。だから、顔色いいわけないでしょう。だから、あのー、朝、少し、お化粧しましてね、あのー、ぼかしましたですよ、うん。だから、そういうのは、まだ、そんなにがんということが、あのー、明るみに出ていない時代ですけれども、やっぱりね、先生たちが、これだけ何か、あのー、色めきたってらっしゃるのは、やっぱりね、いい病気ではないと思って、自分ではそう思っていました。うーん、痩せていくし、食欲がないんです、大体、はい、はい。だから、それが、ここの家族は、もう食べることがすっごくすごくて、夫もそうですけども、血圧高いのによく食べてよく寝る方たちだったんですけど。わたしは、割りに神経質で、もう、ほんとたくさん食べないし、あのー、神経細いし(笑)、血圧低いんです、私だけが。はあ、はあ、あとは、みんな、高血圧なんです。
ええ、だから、そういう中でね、あのー、家事は最後までやっていましたよ。入院する朝まで、お食事作って食べさせて、みんなのお茶碗を洗って出かけようとしたら、初めて、その姑が、「きょうは片づけはわたしがやるから」ってね、申しましたの。で、わたしが、「いつもやった、やっていることをやらないと、わたしもう無事にここへ帰ってこれないかもしれないから、ちゃんとやって行きます」って言って、自分はご飯を食べるあれがないから、食べないで、全部、片づけてきれいにしていきました。(笑)入院するときもね。