投稿者「dipex-j」のアーカイブ

英国人の乳がんの語り

自分のボディイメージの変容を、夫がどのように受け止めるかが心配だった

乳房を失うこと、女性としての価値を下げることはそれほどたいしたことではありませんでした。それより、がんを摘出することのほうが重要な問題でした。しかしそうは言っても、下を見て、かつてはきれいな乳房があった場所に大きな醜い傷があるのが目に入れば、いい気はしません。しかもそれを克服しなければならないのです。傷口を直視し受け入れなければなりません。初めは嫌で、手術後3、4日間は見ませんでした。でもとうとう私はやりました。傷口を見たのです。傷は思っていたほどひどくはありませんでした。確かにひどくはありましたが、私が想像していたほどではありませんでした。
家に帰って夫にこの傷を見せることも少しばかりショックでした。夫がどう思うか分からなかったからです。もし何らかの形で夫の外見が損なわれたとしたら、自分だってどう思うか分かりませんでした。
でも私は思い切って夫に傷を見せました。夫は傷にキスをし、私にもキスをしました。そして私たちはまたいつも通りの生活に戻りました。傷は全く問題ではないかのようにね。
乳房切除術を受けた後のセックスについて話しましょうか?

――もし話したければ、お願いします。
最初は簡単ではありませんでした。でもブラジャーを着けたままでとにかくコトを行うのです。(笑い)。それは前と変わりません、今でも同じように感じますしね・・・。夫には、どこまで素晴らしい人なのかといつも驚かされます。私が考えていた他の何よりも、夫の深い思いやりによって、私たちの絆が強まりました。

英国人の乳がんの語り

自分にとって乳房を失うことは大きな問題ではなかったが、もしもっと若かったら問題になっていたかもしれない

以前、乳房に石灰化があったので、乳腺切除をすることを選択しました。
私の乳房はその目的を果たし終えているのだと思いました。
 2人の子供を出産したのはずいぶん以前のことですし、乳房を失うことに迷いはありませんでした。だから、乳腺切除することを決めました。
 そのことでも悩みませんでしたが、他の手術のことでも悩みませんでした。
私は乳房再建術を受けたいとは決して思わないのです。もっと若かったら、受けたかもしれませんが。
 乳房再建術を受けた人達がいることは知っています。 人それぞれです。
女性の中には形や外見に強いこだわりがある人もいます。
 それは自己イメージやライフスタイルに関わることだし、もちろん一緒に暮らしている周りの人たちとも関係する事柄だと思います。

英国人の乳がんの語り

時間とともに傷跡に対する意識が薄れていったことや夫がいつも協力的であったことについて話している

実際に手術痕を見つめるというような勇気がでてくるまでには、少なくとも2ヶ月はかかったと思います。
傷跡は薄くなって行きました。もちろん傷痕はまだ残っていて見えますが、私はそれを見つめるということは無くなりました。もう問題ではなくなりました。
でも、そうする勇気がでてくるまで、実際かなりの時間がかかりました。

――ご主人はそのことはどのように思われていたのですか?

そうですね、主人は常々、部分切除か乳房全摘かの選択の時など私がしたいようにしなさいと言ってました。主人は、私が最良と感じたとおりにすべきだという考えでした。だから、それで良かったので、問題は何もなかったですね。
私たちがこの手術について話し合うことはありません。実のところ、全く問題としていないのです。本当に! ですから、乳房切除術を選択したのは正しかったと本心から思っています。

英国人の乳がんの語り

なぜ乳房を失っても、傷跡を見ても、不安にならなかったかを話している

傷跡については問題ありませんでした。私は手術室看護師です。一般の方とは違います。傷跡は仕方のないものですから、気になりませんでした。私は両側の乳房切除術を受けたわけですが、乳房を失って悲しいかと聞かれたら、正直な答えはノーです。私にはこの60、70年間、乳房がありました。私自身と同じように若々しかったその乳房も、もう役目を果たしました。乳房がなくても私は一人前なのです。乳房を失ったことは、大きな問題ではありませんでした。パッド入りブラジャーをしているのは、そうしないと服を着たときにおかしいから、ただそれだけの理由です。それ以外のことは、本当に全く気にしていません。

英国人の乳がんの語り

乳がんの手術後、自分の体を見ることにためらいを感じていたが、時間の経過とともに気持ちが変化したと話している

担当医は「手術後の傷跡を自分の目で見るように」勧めるのですが、自分ではみることができません。あちこちに手術で縫合した痕があったからですが、私は「いやだ」と言いました。傷跡を見るたびに「ひどい!」と、嘆かずにはいられませんでした。夫には背中を向けて寝ていました。お風呂に入るときも、自分の姿を見ることができません。ただ、スポンジであちこちを洗うだけで、みることはできません。1ヵ月たってもまだ見ることができずにいたのです。
手術後10日後に抜糸したときでさえ、私は自分の体を見ることができなかったのです。それでも術後1ヵ月ごろから自分の体を見始めるようになりました。鏡に映った自分の姿を見て「これまでみたことのないような変な姿で、ひどく醜い形」と嘆きました。そこには乳房は1つしかない女性の姿が映っているのです。
しかし、時間の経過とともに私は人工乳房をつけた自分の乳房に違和感を感じなくなり、鏡を見ながら「どうせ誰も知らないのよ」、「素敵よ」っていうんです。「でも、いまは私、結構幸せなのです。私はとうとう2つの乳房を切除しまったけれど、以前のように夫に対して恥じることはなく、彼に背中を向ける必要もなくなりました。事実、彼も「君は素敵な傷跡を持ってるね」といってくれ、今はもう何も悩むことはなくなったのです。

英国人の乳がんの語り

快復してからは、個人的なことや家族との関係にもっと時間を割きたいと思うようになった

本当に、母の歳位まで生きると思っていました。事故やなにかでない限り、若死にするなんて考えもしなかった。今では、前よりは死を身近に考えるようになりました。
私ぐらいの歳になると、ともかく人生の最後を考え始めるものです。中年の女性にとっては自然なことね。そうね、仕事も終わりに近づいているの。
終わりに近づいている。子どもたちは大きくなって、家を去り、それぞれの家族をもつ。もう、私は注目の的ではないわ。
死は確かに現われているわ。死はそこにあるの。でも、それはそんなに悪いことではないのかもしれない。死は私に、人生に飛び込んで、人と一緒にいたいと思わせてくれるの。今までよりも、確かに友人たちと仲良く過ごせるの。本当に不思議ね。そんな風に努力しているわけではないのに。
そうする必要があったの。それは、死を自覚することのプラス面のひとつだわ。このことについて話すときには、とても感情的になるの。というのも、確かにそれは、このおぞましい状況から得られるとは考えもしなかった贈り物みたいのものだから。
同時に、嘆きや悲しみは、私の人生を深めてくれたと感じています。そして、友人たちと一緒にいたいという気持ちのせいで誰かが夕食に誘ってくれるととてもうれしいわ。

英国人の乳がんの語り

乳がんになった後で妊娠した喜びと、人生に対する前向きな気持ちについて話している

でも化学療法を受けたとき、妊娠できなくなる可能性があるって忠告を受けて、すごく気持ちが乱れたわ。たとえそうだとしても、妊娠できるかどうか知りたいといつも考えていたの。だけど病院の人たちが「ええ、おそらく妊娠できないでしょうし、治療によって更年期が始まる可能性があります」と言ったとき、私の更年期はもうすぐにでも始まるように思えたわ。そして2年前、いいえ今から3年前になるんだけど、まったく思いがけなく、妊娠したわ。妊娠の経過はとても順調で、出産もうまくいって、今では2歳になる小さなかわいい男の子がいるの。この子はとても綺麗で、愛嬌があって、しかもとっても健康よ。いけない、こんなに自慢しちゃった、たたりがないようにおまじないの言葉を言っておかなきゃ、「touch wood」。
この子を何から何まで愛しているの。それに、(咳をして)失礼、この子になんとか母乳を与えたわ、片方の乳房からしか母乳をあげられなかったけれど。この子ったらほんとにすばらしいの。私はとても幸せだし、前向きになれたわ。絶対に人生はいいものよ。乳がんの診断を受けてから今では10年ぐらい経つけど、乳がんから解放されたと言われてから年月が経てば経つほど、気分はもっと良くなっていくでしょうね。

英国人の乳がんの語り

自分が楽しめることをもっとやれるよう今ではパートで働いている

病気を克服できて心底ほっとしています。人生を前向きに生きたいし、やりたかったことを全部やりたいと思いました。私にはペルーとボリビアに行くという一生の夢があって、去年その夢を実現する予定だったのをキャンセルせざるを得なかったのです。実際に治療が終わったのは1月でしたが、9月に南米に行くことを目標に掲げ、それまでに元気になって絶対に行こうと思って、実際にそうしたんです。本当に南米まで行って夢を実現したんです(笑)。それは素晴らしい経験でした

英国人の乳がんの語り

乳がんが自分の人生にもたらしたいくつかの前向きな変化を話している

私は人生が癌とともに止まるなんて少しも思いません。実際、私の場合、多くの点で生活が癌ともに始まりました。癌と診断されたのは40才になったばかりで、多くの女性と同じように、人生は40才で始まると考えていました。40才になったら何をしよう、こうしようと考えていた計画が沢山ありました。
自分が癌と診断されなかったらそんな計画が実現しなかったかも知れないというのはまったく本当だと思います。例えば、私は最近、ギターやキーボードを買い、これから弾き方を習いたいと思っています。本は以前よりずっと多く、娯楽のために読んでいます。家事は早めにすませ、何をしようかと毎日が楽しみです。
州議会でのフルタイムの仕事は大変だったので、以前する機会を持てなかったことに毎日を費やそうと思っています。

英国人の乳がんの語り

乳がんを持って生きていく際に直面する、手続き上の様々な障壁について語っている

 それは様々な形で現れます―そう、あらゆる問題、たとえば仕事を探す、保険や年金について考える、そういったことすべてです。(がんになると)突然こういった状況の中に放り込まれるのです。そして例えば、そうですね、「これまでに深刻な病気にかかったことはありますか?」といったような用紙にチェックを入れようとする時などに、それはぱっと目の前に現れるんです。
 それまではどの答えも「いいえ、いいえ、いいえ、いいえ」だったのに。それは突然現れて、変えてしまうんです、そう、すべてを変えてしまいます。他人の書類に書かれた自分への見方が変わってしまいます。
 ええ、あまりに多くの事が変わってしまうんですから、もちろん自分自身にも影響を及ぼします。それについて考えまいとしても、自分の人生に影響を与えているんです。