投稿者「dipex-j」のアーカイブ

乳がんの語り

もう乳房がないということはわかっていたが、術後2日間は胸を見ることができなかった

もうとにかく全摘したときも、2日間見れなかったんですね。痛いとかそういう問題じゃなくて、感覚的にね、もうないっていうのは分かるんですけど、傷痕も「お風呂入っていいよ」って言われたんですけど、入院中に。お風呂、シャワー浴びてても見れない状態だったんですけど、少しずつ、やっぱ受け入れていかなきゃいけないのかなっていう。これ、私がもう、本来持ったポジティブな性格なのかもしれないですけど、「もうこんなんじゃ家にこもったってどうしようもないな」と思って最初に見たときは、まだ、あの、糸が溶けてない状態、すごい痛々しい状態で。ああ。でも、しょうがない。そのときは、もう取ってしまえば、あのー、よくなるんだって思ったから、もうしょうがない。

乳がんの語り

近くでマンモグラフィのある病院が3つくらいしかなく、その中からなじみのある病院を選んだ

マンモ(グラフィ)の施設があるところ、今はもうだいぶ増えたかと思うんですけど、3年前?2年前?ちょうど今年で3年目になるから、そのころは、この住んでるところで、マンモグラフィがある大きな病院、3ヶ所しかなかったんですね。で、一つの病院は、あんまりよくない(笑)っていうのか、インスピレーションが悪かったので。で、2個目の、もう一つの病院は、できたばっかりの病院だったんで、うーんって考えて、迷った挙句、まあ、なじみのあるところに行こうかって言って行ったんですよ。
で、行ったら、たまたまその専門の先生がいらっしゃったばっかりで。で、ちょうどそのお隣の奥さんが乳がんになったときは違う先生で、専門じゃないから、(隣接している県の)ほかの病院に回されたって、お隣の奥さん。で、私は、「いや、もう今、その先生、いらっしゃらないよ。今、専門にいらっしゃってるらしいですよ」って言って、「ああ、そう」って。何か本当にね、ラッキーだったなって思って。

乳がんの語り

医師より病理診断の結果を一人で聞いた。リンパ節に転移があったことや今後の治療について一旦は受け止めたが、一人になると「何で?私が」と思った

そのときに先生が、「今日、ご家族の方、いる? 来る?」って言うから、うちはもう全く、主人も娘も忙しかったから「いや、何? 家族に話って何?」。もうその時点で。普通の一般的な常識で、何かね、家族の方にお話っていうともう、「先生、それって、いい話? 悪い話?」って言ったら、「あなただったら大丈夫かな」っていうようなことを言われて、「1人? 今日、誰も来ない?」って言うから「うん、多分、来ませんよ」。「臨床(病理診断の)結果で、取りあえず、リンパのほうに転移があったから、今後の治療法をね、考えていこう」っていうふうに言われたときに、またその中で、私の中でパニクっちゃったんですよ。「あれ、取って終わりじゃないの?」っていうふうな感じで問い掛けたら、やっぱ先生は、「これから、乳がんは長い闘いになるから、取るのがまず第1段階。で、それからいろんな治療があるのが第2段階、第3段階ってあるよ、っていうのを、僕、手術の前に話したよね」って言うから、「何かそんなようなことをおっしゃってましたね」って。で、「取りあえず、リンパにね、4ヶ所あって、それを抗がん剤の治療だとか、放射線だとかっていうのをやっていこうね。頑張ろうね」っていう言葉が、言われたんですけど、私は何か他人事のように、「ああ、そうなんだ」って受け止めちゃったんですね。
 でも、やっぱ病室で一人になると、いろんなことが駆け巡ってきて、「何で、私が」って。で、その本とかって見ると、体質的にね、太ってらっしゃる方がなりやすいとか、「そういう統計的から見たら、私、外れてるのに何で?」って。でも、何で?何で?って思ってても、もうなっちゃったことだから、ともかくじゃあ、どうしたらいいのか分かんないんだけど、手探りの状態で、先生にお任せするしかないっていう自分の判断で、「先生、じゃあ、抗がん剤なり何なり、何でもやってちょうだい」って。

乳がんの語り

会社の婦人科検診の機会にマンモグラフィで異常が見つかった

たまたま会社のほうで、年に1回「婦人科検診をしてくださいよ」という、お知らせがあって、たまたまなんですが、これは、3年前。今まではずっと1年に1回、必ず時間見つけては行ってたんですよ。たまたまその年は、もうあまりにも忙しくて、「まあ、去年よかったからいいや」っていうので、行かなかったんですね。で、もう一度、総務のほうから、「まだ行ってらっしゃらない方は行ってくださいよ」っていうお知らせがあって。「病気じゃないって分かるだけでもいいから、行ってくるわ」って。で、「そんな普通の検診だから行くわ」みたいな感じで行ったら、マンモグラフィですか、「撮って」って言われて、すっごい痛かったんですよ。

乳がんの語り

年老いた両親に心配かけたくなかったし、がんという宣告を下されるのが怖かった(音声のみ)

心の中で「絶対これ私乳がんやないかな?」って思いながら、こう生活してたわけなんですよね。だけど、なんか家族に心配もかけたくないしっていうのもあって、ちょっとこんなんで病院に行くとかって言ったら、もう父も母も70過ぎてましたので、まあ年寄りにね、心配かけるし、病院に行くっていうことも言いづらいよねっていうようなですね、なんか変にそういった気を遣ったりですね。なかなか、行こうと思っても、休みを取ろうと思ったら取れないわけではなかったのに、まあ自分の中で、なんかそういう迷いとか、病気になって手術したりして、入院とかはいいんですけども、はっきりそういった病気だって宣告されることが怖かったんですよね。手術とか治療とかっていうのに怖いって気持ちはなかったと思うんですけど、自分の中で、ただその判定を下されるのがなんか嫌かなあーっていうのがあって、なんか延ばし延ばしにしてしまっていたような気がします。