インタビュー時年齢:77歳(2014年6月)
慢性リンパ性白血病の治療薬の治験(第何相かは不明・実薬対照試験)に参加。
首都圏在住。2010年にリンパ性白血病と診断され、経過観察をしていたところ白血球数が増えてきたため治療が必要になった。主治医から、治療法の提示とともに治験を提案され、この年齢でもう一度人の役に立てるのであればと快諾した。2013年8月から点滴薬と服用薬の併用で、約10日間入院し、その後は通院に切り替わって、約1年半参加した。

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プロフィール詳細

伊藤さんは、2010年6月に慢性リンパ性白血病と診断された。しばらくは経過観察で済んでいたが、2013年頃治療が必要な段階になった。通っていた大学病院の主治医から、「私が治療してもよいが、別の専門病院で新薬の治験が行われており、その治験が終わるにはあと1~2名の協力が必要だ。どうしてもその薬の認可がほしいし、信頼できる医師もいるので参加してみないか。」と紹介された。この年齢まで生きてきて、未だ人様のお役に立てる有難い機会に恵まれたと思い、快諾した。

治験の方法としては、既存薬と新薬を別々に投与する方法と併用する方法とがあると説明を受けた。医師からは家族と相談するようと言われたが、家族に相談しても自分のやりたいようにしたらと言われるだけなので、「先生が今一番やりたい方法でやりましょう」と答え、医師の考えを聞いた。医師としては新薬と既存薬を併用したいとのことだったので、併用を選択した。家族には、治験に参加すると決めたのは自分なので、万が一何か起こったとしても全ての責任は自分にあると伝えた。

いよいよ治療が必要だと言われたとき、心・技・体といわれるうち、技は専門家である医師の領分だから、そこは全てをお任せするしかないが、心と体は自分の責任範疇だから、薬を投与されたときにも耐えうるような体にしておかないと医師に申し訳ないと思った。そこで体は以前から鍛えていたが、鍛え方を強めて試験に備えた。

治験のために入院が始まり、まず気づいたことは、これは医師・看護師・食事を作ってくれる人と自分の4者での共同作業であり、楽しくやらなければと思った。入院中は、いびきなどで同室の人に迷惑をかけないよう、個室に入った。特に食事を作ってくれる方々に日々感謝して毎食完食していた。また、体調管理はきちんとしていなければと思い、院内の庭園歩道(一周180m)を毎日10周から20周歩くようにしていた。入院期間が終わってからは2週間に1回の通院となった。

治験に参加することが決まったときには、担当のコーディネーター(CRC)が決まっていた。治験の詳しい説明などは担当医師から受けたが、CRCは小学生でも理解できるぐらいの言葉で補足してくれた。余計なことは言わず、要点をしぼった説明をしていると思った。説明を聞いて不安に思ったところはなく、むしろまだ人の役に立てるのかと感謝の気持ちが強まった。海外で研究開発された薬剤が日本に入ってくるときに、商業主義に走らず、製薬会社と医師と患者の間に立って、中立的な立場でサポートするのがCRCの役割なのだと思った。CRCがついていてくれるだけで安心感があったし、忙しい医師には話せないようなこともCRCには気軽に相談することができた。副作用の説明も受けたが、副作用は人によって違うはずで、自分は体を鍛えてきているし、精神力も弱いほうではないと思っていたので恐怖心や心配事はなかった。それより、自分の体で薬がきちんと試せるのか、その薬が正しく作用するのかという方が心配で医師に確認した。

以前、東洋医学の医師から「あなたはもう人の1.5倍は生きているから、あとは全部余命だ」と言われたことがあったが、治験担当の医師からも「このまま治療しなければ余命は1年半ぐらいだろう」と言われ、二人の医師が言うのだから、あとの人生が余命であるということは間違いないのだろうと思った。そのため、治験に参加してからも治りたいという気持ちはほとんど無く、ただ治験がうまくいって新しい薬の認可が早く下りればいいと思っていた。

今回の治験に参加できたのは、一つの縁だと思っている。治験は、それを行う医療関係者と患者との信頼関係が何よりも重要だと思った。患者は、製薬会社の人や研究者の人に直接会うわけではないので、その人たちがどんな思いでやっているかはわからない。だから、その薬を自分に直接使う医師との信頼関係が一番重要だと思う。関係者が全員で真摯に向き合ってやっていくのがよい結果を生むのではないか。

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