インタビュー時年齢:29歳(2015年4月)
にきびの治療薬の治験(詳細不明)に参加したが、自己都合で中止。

北陸地方在住。2005年頃、顔面のあざ(太田母斑)の治療を受けていた皮膚科で、にきびの塗り薬の治験を紹介され、既存の薬とは別のものを試したいと思い参加したが、進学に伴う生活の変化で続けられなくなり同意撤回した。参加中はCRCといろいろな話ができ、気分転換になった。後日、にきびの治療薬を処方された際、主治医から治験のときの薬だと知らされた。

プロフィール詳細

鈴木さん(仮名)は、高校2年生頃から目の下に濃いくまのようなあざが目立ち始め、いろいろな皮膚科を回っていたところ、太田母斑と診断された。診断してくれた医師から紹介された医師(現在の主治医)のもとでレーザー治療を受けていたが、にきびについても受診時に薬をもらっていた。当時処方されていたにきびの薬の効果がいまひとつだと思っていたところに、主治医から「承認間近の新しい塗り薬があって、安全性などはほぼ確立されているからよかったら試してみないか」と誘われた。今までの薬と別のものを試してみたいという思いがあり、参加することにした。当時は未成年だったので同意書には母が署名したが、特に反対することもなかったと思う。

1日1回、顔にクリームを塗り、塗ったかどうかの記録と体調変化などを記入する日記をつけた。1ヶ月に1回、治験薬をもらいに行くときに、それまで使った薬のチューブを忘れずに持っていかなければならないのが気がかりだったが、日記を書くのは全く苦ではなかった。詳しい説明は治験コーディネーター(CRC)から受け、治験の通院時にはCRCといろいろな話をすることができた。当時は薬学部志望の予備校生だったので、この通院が気分転換にもなっていた。2人のCRCに担当してもらい、一人は薬剤師、もう一人が薬剤師を目指していたことがあるという臨床検査技師で、薬学部に行けなくてもこういう仕事があるのかと思うと同時に、薬学部への志望が一層強くなった。

治験を続けるには1ヶ月に1回の通院が必要だったが、大学合格後、入学準備などで受診を続けることが難しくなり、やめたくなったらいつでもやめてよいと言われていたので電話で治験をやめたい旨を伝えた。最長12カ月のところを11カ月でやめ、別の日に手元にあった治験薬のチューブを返しに行ったと思う。

その後、だいぶ経ってからまた主治医からにきびの薬を処方してもらったときに「そういえばこれはあなたが治験に協力してくれたものだよ」と言われて、承認されていることを知った。治験終了後はその薬がどうなったのかは知らなかったが、既に薬剤師として働いていて、ずいぶん前から何度か仕事上見かけたことがあったと思い返した。被験者の立場としては治験終了後に治験薬がどうなったか教えてくれてもいいかなとは思うが、そこは医療機関なりメーカーなりの判断にお任せしたい。

治験は新薬開発には必要なものだから、自分にあうものがあればまた協力したいし、他の患者さんにも協力してほしいと思う。治験を経験して、薬の効果を感じることもできたし、今の仕事にもこの経験が活きているので参加してよかったと思っている。

私は: です。

(アンケート結果の扱いについては個人情報の取り扱いについてをご覧ください。)

認定 NPO 法人「健康と病いの語りディペックス・ジャパン」では、一緒に活動をしてくださる方
寄付という形で活動をご支援くださる方を常時大募集しています。

ご支援
ご協力ください

モジュール一覧