インタビュー時:85歳(2021年10 月)  
診断時:77歳 
診断名:洞不全症候群、うっ血性心不全
東海地方に夫と娘と三人暮らし。元小学校教員。

夜中に何回か動悸が続き、受診したところ不整脈があることがわかり、2013年にペースメーカ植え込みをした。
その後、利尿剤などを飲みながら、近くのクリニックで経過を見ていた。徐々に坂道で息苦しさを感じるようになっていたが、地域のクラブに参加し活動的に過ごしていた。
2021年夏に扁桃炎になり、心不全が悪化し入院。退院後は次女が関西から来てサポートしてくれている。

プロフィール詳細

東海地方に夫と娘と3人暮らし。心臓が悪いことに気づいたのは、10年近く前夜中に動悸を感じたことが始まりだった。何回か動悸を繰り返すうちに、すぐに止まらないときがあり、心配になった。病院で診てもらったところ、不整脈があり、ペースメーカを勧められた。ペースメーカに対する嫌な気持ちはなく、医師を信頼して、2013年にペースメーカ植え込みをした。

それからは、近所のクリニックで利尿剤などの薬を処方してもらい、経過をみてきた。定期的に検査をして薬をもらって帰るだけで、生活で何か気をつけるように言われた記憶はあまりない。動悸は今でもあり、息苦しくなることもある。年に一度ペースメーカ専門の医師に診てもらっているが、動悸があってもペースメーカが整えてくれるから任せておけば大丈夫と言われたが、動悸があるとやはり気になる。自分より少し早くペースメーカを埋め込んだ近所の知人に会うと、いつも調子はどうかと互いの話をしている。

もともと活動的で、趣味であるグラウンドゴルフ、自彊術(健康体操)、俳句、カラオケなど地域のクラブ活動にいくつも参加していた。自彊術については、最近まで自分で教室を主催して指導を行っていた。いつの頃からかわからないが、自宅からグラウンドゴルフや自彊術をやっているコミュニティセンターに行くまでの坂で、息が苦しくて歩いていくことができなくなり、バス停ひとつ分だけバスに乗るなどして通うようになった。ほかにも同じクリニックに通う心臓が悪い高齢女性がいてバスで乗り合わせたり、坂で歩けなくなり「苦しいから先に行って」と言われたりしたことがある。その人は心臓が原因だと思うが、間もなく亡くなられた。自分も同じように心臓が悪いと思っていたが、この時はまだ心不全という病名は知らなかった。

2021年7月に扁桃炎になって耳鼻科に入院した。1週間点滴治療を受けていたら、胸が苦しくなり、顔がむくんで腫れあがった。体重は測っていないのでわからなかったが、顔だけでなく全体に太った感じで手はこわばり足も押すと跡がついた。心臓や肺に水が溜まっていると言われ、耳鼻科から循環器科の病棟に移って2週間入院した。利尿剤を飲んで、顔のむくみが取れてしわができ、胸苦しさも取れて楽になって退院した。この入院で初めて「心不全」と聞いた気がする。心不全というと、心臓の不全だから、心臓が止まって亡くなったり、倒れたりするというイメージがあるが、ずっと心臓が悪かったことは承知していたので、心不全といわれても驚かなかった。

2人の子どもたちは、それぞれに所帯を持って生活しており、これまで夫婦二人暮らしだったが、2021年夏から次女が関西から来てサポートしてくれている。以前は、自分が基本的に家事は全部担ってきた。しかし、最近はすぐに息が上がるようになり、掃除機をかけたり、草むしりをしたり、重いものを持ったり、カボチャを切ったりするのが苦しいので、夫や娘をたよってしまう。自分ができなくなっていることはあるが、落ち込んだりはしない。

自分としては、心臓が悪いということは横において、あまり意識せずに暮らしている。そのほうが楽でいい。自分は心臓が悪い、悪いからこうだとあまりこだわらないほうがいいと思う。だんだん心臓も弱ってくるけれど、食べる物を注意したり、できる範囲で体を動かしたり、自分なりにやっていくのがいいのではないかと思っている。

私は: です。

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