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インタビュー時:44歳(2020年9月)
診断時:24歳
診断名:僧帽弁閉鎖不全症、心房粗動、肺血栓塞栓症
首都圏で研究職として勤務。インタビュー時はスペインに単身留学中。
20代で僧帽弁閉鎖不全症と診断されたが経過観察となり、42歳で初めて自己心膜を使った弁再建術を受けた。
術後に心房粗動となり、電気ショックで収まったものの、2019年スペイン留学中に再発し、一時帰国してカテーテルアブレーションを受けた。
さらに留学中、肺血栓塞栓症になり弁も壊れたので、現地で機械弁へ置換術を行った。
最初の手術の後から憂鬱な気分があり、留学中に精神科を受診、術後うつの診断で抗うつ剤を処方してもらい、今は心身ともに安定している。
語りの内容
まあ、これを言ってしまうとあれだけど、術後せん妄が結構きつかったんですよね。
麻酔の量が多分違うんだと思うんですよ、きっと。もう、こっち、何でもそうですけど、お薬の上限の量が大体倍なんですよ、日本の。で、成人男性なので、あの、結構な量を打たれたんだと思うんですよ。
だから、もう2~3日、覚えているんだか、覚えていないんだかっていうのもあるし、自分が何でここにいる、病院、入院して何でここにいんのかっていうのも分かんなくて…。
その理由も…、さっきスペイン現代史のことを調べているって言いましたけど、スペイン現代史的に意味のある病院で、実はそこは。独裁者フランコという人がいまして、そのフランコが造った病院で、フランコがそこで亡くなったという病院だったんですよね。
で、術後せん妄でおかしくなっちゃって、私もそのフランコの呪いに掛かって、もう私、ここから出れないんだと思っちゃったんですよ(笑)。
なかなか心理的にはきついものがありましたけど、あの、荒唐無稽過ぎるとはいえ、一生ここで暮らすんだな、私って思いながら、こう寝てた記憶があって。もう全然意味分かんないですけど。それで何でここに入ったかも。
あ、そう、そう。肺塞栓血栓症になる前にというか、それが1月の末なんですけど、1月23日ですけど、倒れたのが。1月29日とかに一時帰国の予定だったんですね、私…。うん。あの、えー、術後検査のためにですね…。
なんで帰ったと思ってたんですよ、私、あの術後せん妄で。帰って、その帰ったときの飛行機が落ちたんだ、多分と思ってて、で、それで助かってここにいるんだと思った(笑)。
それ気付いたのが、もう2月になってからとかでしたね。


