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インタビュー時:47歳(2020年12月)  
診断時:0歳(心不全47歳)  
診断名:心室中隔欠損症、大動脈弁閉鎖不全症、僧帽弁閉鎖不全症
近畿地方で夫と実母と3人暮らし。会社員。

先天性心室中隔欠損症のため2歳半で閉鎖術、15歳のとき感染性心内膜炎で入院。
30歳で結婚し大動脈弁閉鎖不全症で生体弁置換術を受けた。
36歳の妊娠中に感染性心内膜炎で僧帽弁に菌塊がつき閉鎖不全となり弁形成術を受け、出産を断念。
46歳で大動脈弁の機械弁置換術を受け、その直後、冠動脈の梗塞が見つかり、緊急でバイパス術を受けた。自分の心臓とうまく付き合って生活している。

語りの内容

その、「僧帽弁にばい菌が付いて、で、そこが、まあ、逆流も発生している」と。
「もしその菌が、今は、僧帽弁に付いてるけども、血流、絶えず血が流れているので、このばい菌がそこから剥がれて、血液の流れに乗って脳に行ったら、脳で詰まるじゃないですか」とか「途中で詰まったら、私の命が危険なことになります」っていうような、そういう説明もありまして。

検査の結果を教えてくれて、「このまま、もし私がそれでも妊娠を継続したいっていうのであれば、全力を尽くします」っていうお話だって。
そうするとしたら、高1の時と同じで、僧帽弁閉鎖不全っていう、その逆流の病気と、プラス、僧帽弁の感染性心内膜炎と2つの病気を告げられたもので、また心内膜炎だと思って、これを乗り越えるためには、まずは6週間点滴でばい菌をやっつける日数がかかると。
それを終えてから僧帽弁が逆流しているので、これまた手術をするっていう、そういう工程が必要になってくるということなんですね。
一方では、その期間、妊娠を継続しなければいけない、っていうのもありますし、ここはもう、先生が、「知識でもって決めるところではないので、ご家族でどうするのかを相談してください」っていうようなことだったんですね。
その時に、すぐにはもちろん結論は出なくて、みんな、家族は私の体が大事だから、「やけど、どうする?」っていうような感じで、どうしたらいいとかいうことまでもう言わないですし、まあ、私はそん時はもう泣きじゃくっていて、「また心臓だ、また心臓だ」というのが本当にショックで、そうですね。
その晩はあんまり寝れなかって、どうしたらいいんだろうっていうふうな。
なんか今までのことをいろいろ思い出して、ここまでに、私はどこで間違えたのかなっていうようなことを考えて、ずっと遡って考えていって、あの時ああしてたら良かったのかとか。
うーん。やっぱり病院に行くのをちょっとさぼったりしたのが尾を引いてるのかなとか、なんかまあいろいろいろいろ考えてしまって、うん。
すごくそれはあの心臓の病気ってこういうところに影響してくるんだなっていうのを、今までがあまりそういうことがなく、本当に、無事に過ごしてこれたので、ここでこう来るんだっていうのが、本当につらかったです。
で、その時に、そうですね。うーん。もう入院も長くてつらかったですし。でも、子どもも欲しいし、でも、周りにもすごい負担掛けてるよなってことも同時に思って。うーん……。
そうですね。子どもを産めたら産みたいっていう気持ちはもちろんあったんですけども、うーん……。なかなか…。うーん…。
この後も、その、ちょうど5カ月に入る手前ぐらいだったんですね。
で、その決断をするのも、もし赤ちゃんを諦めるのであれば、5カ月に入ってしまったらそれができなくなるっていう、産婦人科の先生からの説明もあって、その決断する、考える時間もすごくタイミングがあまり良くなくて、「もう数日で考えてください」っていう感じだったもので。
あの、すごく迷ったんですけども、もうここは、旦那さんももうそれは、あの、私の体が大事だから、「まあもう一回やり直したらいいやん?」っていうふうに、その時は、そういう話になって、まあその決断が良かったのかどうかも今でもそういうのはもう分からないんですけれども。
まあ私たちとしてはその時はもう自分の体を優先するっていう選択をして。あの、うん。その時は赤ちゃんを諦めることにしました。
すごくつらかったんですけども、で、赤ちゃんとお別れをして、点滴治療を終えた時点で、その産婦人科、大学病院からもともと生まれた時と30歳の時に心臓の手術をしてもらった病院に転院をして、で、そこで、今度は僧帽弁の形成の手術っていうのを受けるという運びになりました。

私は: です。

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