診断時:60歳
インタビュー時:64歳(2008年8月)
九州地方在住で、一人暮らし。2005年に診断を受け、翌年開腹による前立腺全摘除術(勃起神経温存)を受けた。術後の後遺症は3年経った今は、尿漏れがごくたまに起こる程度。現在は外来で半年に1回検査。TVで見たがん予防の食事療法を取り入れて、検査結果で効果を検証している。地域活動やアルバイトなどをしながら、気の合う仲間との時間を大切に過ごしている。もともと身体に不調を感じると、すぐに病院に行く方である。

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プロフィール詳細

U.Jさんは、一人暮らし。もとは建築設計の仕事に携わり現場監督として、大変な毎日を過ごしていたが、景気が悪化して所属していた会社の経営が傾き、職を離れざるを得なくなってしまった。その後は、地域の活動に参加したり、アルバイトをしたり、気の合う仲間との時間を大事にしながら生活していた。

もともと身体に不調を感じると、すぐに病院に行く方だった。5年前の12月末、めまいやふらつきを感じることがあり、1年後また同じ症状が出てきたのでメニエール病かと思い病院へ行ったがはっきりとは分からなかった。半年後、風邪で受診したとき、ふらつきはその後どう?と聞かれた。他の病気もあるかもしれないし、血液検査をしてみてはと勧められた。その時PSA値が7.3と判明、「がんの疑いがある」と精密検査を受けるよう告げられる。胃腸が弱く、腸のポリープで手術を受けたこともあり、なるなら胃がんか大腸がんだろうと思っていたので、前立腺がんと聞いた時、「何で?」と不思議に思った。ただ、進行はゆっくりと聞いていたこともあり、重大視することもなく周囲にも自分が前立腺がんであることは話していた。

診断を受けたA病院では摘出しかないとの説明だった。この時、たまたまアルバイト先で小線源療法の情報を耳にして、インターネットを使い、実施している病院を探し出し、紹介状を持ってB病院を受診した。しかし悪性度が比較的高かったため、小線源治療では駄目だろう、と手術を勧められた。B病院では丁寧に色々な治療法について説明してくれた。「片方にしか(がんが)ないから、半分だけ取る方法もある。まだ60代、全部取ると男性機能が無くなってしまうし」と教えてもらい、「用はないけど(笑)」と思いつつ勃起神経温存の手術を受けることにした。どうせ手術を受けるなら友人のいる自宅近くがいいと、いったんはA病院に戻ることにした。しかしAではやっていないとの返答で、別の病院を紹介しますか?と言われたが、B病院での親切な対応を思い、そちらで受けることにした。

手術の際、精嚢にもがんが見つかり、手術を選択したことは幸運だったと感じた。ただ術後1週間は傷の痛みがとても辛かった。術後のトレーニングをあまりしなかったため、尿の出が悪くなり尿道へステンレス棒を挿入しなければならず、とても苦しい思いをした。後遺症として尿漏れが少し残ってしまったのもそのせいだと思う。

現在は半年ごとの血液検査で様子を見ている。がん予防の食事方法をTVで見て、生活に取り入れている。検査結果で効果を検証し、自分を使って実験中。値が下がるかどうか結果を楽しみにしている。

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