診断時:76歳
インタビュー時:78歳(2008年10月)
首都圏在住。前立腺炎で受診した総合病院で、念のため受けた血液検査でがんの疑いが浮上。生検を受けてグリーソン・スコア6の高分化前立腺がんと診断され、ホルモン療法を勧められたが、小線源療法を受けたいと、2006年9月大学病院に転院。そこではグリーソン・スコアが7と判定されたため、外部照射(22回)を併用して45本のシード線源を埋め込む治療を受けた。術後1年9ヵ月でPSA0.27と順調に経過している。

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プロフィール詳細

J.Kさんは、首都圏で妻と息子の3人暮らしをしている。67歳でリタイアし、水彩画や料理の教室に通うなどしていたが、2005年末、75歳のときに肝のう胞剥離や鼠径ヘルニアなどの手術を受けた。術後トイレに行く回数が増え、排尿の際にもしみるような痛みが続いたため、翌年2月に手術をした病院とは別の市内の総合病院の泌尿器科を受診したところ、手術後の導尿の際の感染による前立腺炎と診断された。治療が功を奏し前立腺炎は治ったが、念のためと血液検査を勧められて受けたところ、PSA値は6.95だった。「70%の確率で前立腺がんが疑われる」と言われ、人生最悪の事態に直面したと思った。6月になって生検を受けたところ、グリーソン・スコア3+3=6の高分化がんという確定診断が出た。

がんで死ぬのはイヤだと思っていたので、まずは相手を知ろうと、図書館に行き、前立腺がんに関する本を5冊借りて読んだ。その中で、早期発見して治療すれば死ななくてもすむ、また前立腺がんは比較的おとなしいがんであるということを知り、少し安心した。さらにCTやRI(骨シンチ)、MRIなどを撮って、転移のない早期がんであることもわかった。手術は年齢的に体に負担が大きいということで、ホルモン療法を勧められた。ホルモン療法はそのうちに効かなくなる可能性があるが、主治医には「あなたはもうそれだけの年だから、あと5年ぐらいのうちに他の病気が出てきて、そっちの方が死亡の原因になるんじゃないか」と言われた。

ちょうどそのとき雑誌で小線源療法の記事を目にし、副作用が最も少なく、生活の質も落ちないと書かれていたので「これだ」と思い、主治医に記事に出ていた医大の放射線科に紹介状を書いてもらった。医大では恐らく小線源療法ができるということで、すぐに予約を入れてくれたが、プレパラートを再検したところグリーソン・スコアが4+3=7となり、PSA値も8.74に上がっていたため、小線源だけではなく外照射療法を併用しなくてはならなくなった。通院で22回の外照射を受けた後、12月に3泊4日の入院で45本のシード線源を埋め込む手術を受けた。

術後は頻尿と尿意切迫感があったが、7~8ヵ月で治まった。現在は3ヵ月に1回検診を受けており、1年9ヵ月の時点でPSA値は0.27まで下がった。3年で0.2まで下がればまず90%は再発がない、と言われており、目標どおり順調に推移している。この経験から早期発見、早期治療の大切さを実感し、また体に負担の少ない小線源療法の情報がもっと広く知られるようになったらいいと考えている。

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