投稿者「dipex-j」のアーカイブ

乳がんの語り

クリニックは受診しやすいし、待たされないし、親身になってくれるところがいい。ただ、再発後は検査結果がすぐに出ないということもあり、他の病院に移ることにした

クリニックのいいところって、すごく受診しやすいし、あんまり待たされないし、こう、親身になってくれるっていうところがいいところなんですけど、悪いところも、やっぱり、検査の結果がすぐでないですよ。で、特に小さな病院だと、あの、採血の結果なんかも外注、ほとんど外注なので、もう2日3日後ぐらいにならないと、その、白血球の値が分からないとか。あとは、あの、腫瘍マーカーも1週間とか経たないと分からないとか。CT、MRIとか、その大きな検査になると、自分の病院ではできないから、その大きな病院に、紹介状を書いて、やるっていうことになるので。結局、その、私は、肝臓に再発して、あの、そのクリニックの先生のところに行って、いろいろ相談してたんですけれど。結局、その検査は別の病院にいくために、1ヶ月後とかになっちゃうんですね。検査の予約が。
やっぱり、再発しちゃったりすると、検査が多くなってくるので、大きな病院でないと駄目だなって、自分もその再発したときに、そう思って。クリニックの先生の腕はすごく確かだし、人間性も大好きだったんですけども、やっぱり、その自分の体をこれからこうお任せするにあたり、クリニックではちょっと限界があるんじゃないかっていうふうに。

乳がんの語り

手術を機会に下の子と入浴しなくなったが、もう少しスキンシップしたかった。小学生高学年の上の子には「乳がん」と言ったが、重大なこととは思っていなかったようだ(音声のみ)

子どもがまだ小さくて、当時下の子がいくつだったのかな? 1年生、いや、どうでしったっけ? えーと2年生、かな。2年生の終わりぐらいだったんですね。それまで一緒にお風呂とかへ入ってたのに、もう入れなくなるなっていうのはありましたね。まあ自分で、「お母さんのおっぱいもうなくなったから、ほらこんなふうになくなったのよ」って言って見せることができて、「一緒にお風呂に入ろう」っていうようなことができればですね、自分がそういふうにすることができたらいいんでしょうけど、やっぱり子どもにショックを与えたくないし、どう思うかなっていうので、それっきり、一緒にお風呂に入ることもなくなったので、あの本当はね、もう少しスキンシップをする時間が下の子とはあったほうが良かった、欲しかったなっていうふうに思いますね。お兄ちゃんのほうはあのー、年が4つ離れていてお兄ちゃんはもう6年生になっていたので、でもその頃まで一緒にお風呂とか入っていたんですよね。で、子どもたちにも、一緒にお風呂に入っているときに私言ったんですよ。逆に私のほうから子どもに告知するような感じでですね。「手術して胸をね、切り取らないといけないから」とか言ったら、「へー」とかって言って。ことの重大さがわかってないから、「えー、それ乳がん?」とか普通に言うんですよね。「うん、まあそう」とか言うと、「ふーん」とか言ってるんですね。で、その前にあの、カツラになってても、乳がんだからカツラになっているということが結びついていなくて、子どもたちの中では。今でもなんか思い出したように、「あのときお母さんはカツラにしたっちゃもんね」…したっちゃもんねってこちらのほうでは言うんですけど、「あのときはカツラだったもんね」、みたいなことを言うんですよね。「病気だからカツラだった」、じゃなくて、「あのとき坊主にしたもんね」って感じなんですよね、子どもとしては。いやあ、坊主にしたわけではないんだけどって思って(笑)。何故そういう坊主になったのかっていうのが理解できてなかったんですよね。まあそれは良かったのかなと思いますけど。結果的に「お母さんが病気で髪の毛が抜けて、ぼくのお母さんどうなっちゃうんだろう」とかっていうふうに、変に心配しながら学校に通うよりかは、能天気になんか何も気にしてないっていうほうがですね、助かったかなって思うんですよね。

乳がんの語り

主治医に説明を聞きに行くとき、夫が酒臭い状態で、先生に悪いなと思ったが、後で考えるとお酒で気を紛らわしていたのかもしれない(音声のみ)

で、それ(がんと診断されたこと)を、夫にも話して、夫も夫で心配はしたと思うんですね。で、夫もどうしたらいいのかわからないという戸惑いもあったと思うんですよね。で、もう私は手術するしかないからという感じで淡々と言うもんだから、向こうのほうがオタオタしてるっていうか。で、実際に手術を受けるようになったところの先生に、事前の説明を受けに2人で行ったんですけども、前の日に確かに飲み会ではあったんですけど、やけに飲んでて、もう次の日もお酒臭いんですよね。こんなの連れて、先生のところに会いに行けないよねと思いながらも、もうご家族の方と一緒にって言われてるから、連れて行って、ものすごく気の毒な思いをしたんですよね。もう先生に悪いなあ、こんな酒臭いの連れて行ってとか思いながら。でもそれもあとでよくよく考えると、主人も主人で、やっぱり、お酒をこうね、たくさん飲んででも、気を紛らわしていたかったのかなと思ってですね。まあそんときはわかりませんけど、あとで考えるとそうだったのかもしれないなと思いましたね。

乳がんの語り

同居していたにもかかわらず、両親が悲しむことを思うと、病気のことをいつ言おうかと思い悩んだ(音声のみ)

治療を受ける前にですね、診断されてから治療を受けるまでに2週間ぐらいの期間があったと思うんですけど、その間、心配したっていうか、胸の中のつかえというのが、さっきも言いましたように、私の、自分の両親と住んでたんですね。わかりやすく言えばサザエさんなんですよね、私。自分の両親と住んでてっていうことで。旦那はマスオさんっていう感じですね。一緒に住んでいるから、両親にどんな風にいつのチャンスで、「ごめんやけど、私こういうね、乳がんになってしまって手術せないかんから、迷惑かけるね」っていうことをいつの時点で言おうかなとか思いながら、いつも仕事の帰りとか、暗くなって帰るときに、こうハンドルを握りながら、あーいつ言おうかなあとか、言ったらきっともう悲しむんだろうなあとか、落ち込むんだろうなあとか。またそっちも心配なんですよね。母親も喜怒哀楽が激しい人で、嬉しいときは嬉しい、悲しいときは悲しいっていうのをすごく全面に出す人だから、あいたーこんなこと言ったらまたすごく落ち込むよねえっていうのもすごく気にしてて、あーいつ言おうかなあ、いつ言おうかなっていうのもなんかすごく、年老いた両親をですね、悲しませるのも、あー辛いなっていう思いがありましたね。

乳がんの語り

乳房切除後、今でも鏡で自分の傷を見るのは嫌で、治療でいろいろなからだの変化が生じた自分を人間じゃないみたいだ、人造人間になったみたいだと思ったこともあった(音声のみ)

「お風呂に入っていいですよ」って言われたときに、お風呂場に大きな鏡があって、それに映る自分の姿を見るのが嫌でしたね。やっぱりまともに見れませんでした。嫌だなと思って。それがやっぱり辛かったですね。胸がなくなってるっていうのもあるし、なんかその傷口っていうのがやっぱり。なんか私もう人間じゃないみたいじゃないですけど、そんなふうに思ったりして、しばらくはまともに見れなくて、鏡に映らないように、お腹から上が映るぐらいの鏡があったので、なるべく映らないように、こうちょっと屈んでみたりですね。でもこうやってすれば(立てば)自分で見えるから、見たくないけど見えてしまうので、それは仕方ないんですけど、鏡に映る姿っていうのは、やっぱり嫌ですね。今でも嫌ですね。もう今では傷口見たりとかっていうのは、何ともないっていうか、もう私はこうだからっていうふうには思ってるんですけども、やっぱり鏡に映ったりするのは嫌ですね。
治療の途中でもいろんな体に変化っていうのがあって、爪の色が変わったりとかっていうのがあるんですね。今、もう忘れちゃいましたけど、黒くなってたのかな、爪とかが。やっぱり友だちが、「あー、爪の色も違ってるよね」とかっても言うし、手術前はもう頭も坊主になってるし、そういう段階のときに、「あー、私、なんか人造人間みたい」っていうふうに思ったことがありましたね。「なんか人間じゃないみたいだし」って。「髪の毛はないし、爪はこんなだし。なんかちょっと人間から外れたのかな」とかですね、ちょっと落ち込んだときはそんなことを思うこともありました。

乳がんの語り

治療開始が決まった段階で上司に話をし、仕事をしながら術前抗がん剤治療を受けた。休職期間に入るまでに間があったので引き継ぎがうまくいった(音声のみ)

最初の診断を受けてから、次の、クリニックに行って、その次の病院に行って、それでいろんなことが決まりますよね。じゃあ、いつ頃に最初の治療をしましょうかとかいう話が決まった段階でですね、上司にはお話をさせていただいて、実はこうですからということで、お話しましたね。びっくりしてましたけど、まあ仕事の面に関しては、手術をして長期間休むっていう間までに、期間はありましたので、他の仲間と相談しながら手分けしたりとかですね、まあ休んでる間のことについてはああしよう、こうしようっていうようなことを話したりしてますね。うん、それでうまく、うまくっていうか、していただいたと思います。

――じゃあ手術まで時間があったことがかえって仕事の調整には(よかったのかもしれませんね)。

そうですね、はい、それはありますね。いろいろ心の整理もあるし、身の回りの整理もそれでできたかなって思いますね。急にじゃあもう明日からっていうんじゃなかったですからね、そうなると職場のみんなも大変だったとは思いますけど、すごく協力してもらったのでですね、それは助かりましたね。

乳がんの語り

何を食べると乳がんになりやすいといった話も聞かないし、ストレスが一番いけないと言われるが、何がストレスになるのかわからないので、予防は難しいと思う(音声のみ)

これといってその予防法というのが、これといったのがないみたいに聞いてるんですね。例えば、お酒を飲まなきゃいいのよとかですね、そんなんじゃなくって。なんか脂っこいものを食べなきゃいいのよっていうのでもないし。あの…まあ胃潰瘍だとかですね、そういった肺がんだとか、煙草を吸ってる人は肺がんになるよ、とかって言いますけども、乳がんってどうすると乳がんになりやすいとかって、あんまりないとは思ってるので、なんか難しいのかなと思いますね。
私もともと脂っこいものとかそう好きなほうではないので、なんか食べ物とかで防げるのがあったらいいんでしょうけど。まあ先生が言うにはお味噌汁とか、大豆がいいとかってよく聞きますからですね。それまでお味噌汁も食べてないことはなかったんですけど、やっぱりそういうふうに思って、なるべく大豆を摂るようにしようとか(笑)、…楽に考えてしまってますけど、なんかそんな感じですね、やってますね。
ストレスが一番いかんのよって言われてるんですけども、何がストレスか、何がストレスになってしまっているのかなあっていうのも、わからない部分もあるんですけどね。仕事をしているのがストレスになっているのか、でも仕事ははけ口になってるのかもしれないし。家庭で嫌なこと、まあ、嫌なことってそうそうありませんけど、ちょっと喧嘩をしたとかですね、ま、そういうのを忘れる、そんなこと仕事に行ってるときは忘れてますからね。だけどまあ、仕事でも悩み事があったりして、それもストレスなのかなあとか、ねえ。何がストレスになっているかわからないからと思うんですけど。

乳がんの語り

「からだにいいらしいから」と知人がくれたノニという健康食品を、その気持ちがありがたいので飲んでいるが、一番の基本は医師が出す薬だと思っている(音声のみ)

知り合いとかが、私が手術したあとに職場に復帰して、それまで全然病気だったってことを知らなかったような人がですね、「これ体にいいから」とか言って、なんだったかな、ニノ? ノニ?…ノニ(亜熱帯性の薬用植物)かな。なんか苦い、沖縄とかなんかあの辺で有名なんですけどね、ノニとかなんかいって、「これ体にいいらしいから」とかくれたりして、言ってくれるんですよね。まあお薬もちゃんと飲んでるけど、そういった気持ちもありがたいから、「うん、体にいいかなあ」とか思って、飲んだりですね、したりしますけど。でもやっぱり一番の基本は、お医者の先生、お医者さんに出していただいたお薬とか、そういうのをですね、そういった指示に従って、自分は、病気と向き合っていかないといけないかなと思いますね。本当に漢方とかなんだとかで良くなればいいんですけど、私の場合はもうそれでは・・・それではっていうか、もうそんな状態ではなかったから。そんな悠長なこと言っとられんよって感じで、手術をしていただいたので、自分では、そういったお医者さんとの出会いっていうのも良かったかなって思ってます。

乳がんの語り

髪が生えてきたときは嬉しかった。術前と術後に抗がん剤治療をしたので、1年半くらいかつらを使っていて、外すタイミングに迷った(音声のみ)

で、もうその治療が終わって、しばらく経ってくると、髪の毛が、産毛が生えてきたときに、「ああやっぱり人間って、やっぱり細胞でできているんだなあ」っていうのを感じましたね。「ああそうか」って、忘れてたけど、もう治療が一段落したから、またそのお薬の影響っていうのがもうちょっとなくなって、で、体の中で「やっぱり髪の毛が生えたいっていう、生える細胞っていうのがまた動き出したんだな」っていうのを感じたときは、嬉しかったっていうか、うん、まだ死んでないんだっていうかですね、そういうなんか希望が出てきた感じはありましたね。「あーよかった、髪の毛生えてきた」って感じでですね。で、まあ髪の毛生えてきても、なかなかですね、そう長くはならなかったので。で、もう逆に今度はかつらをしている時間が長かったので、ベリーショートまで髪の毛が生えても、「いつの段階でこのかつらを今度は外すかな?」(笑)っていうのもちょっと悩みましたね。「もうかつらしないで仕事行こうかな?」とか思ったり、しばらくもう「どうしようかな?」、「今週から?」、「今週から?」みたいな感じで、考えてたんですけど、もう思い切って、暑くもなってきたから、6月ぐらいだったかな、6月のそうですね、中旬、2年ぐらい前の中旬になって、たまたま出張する機会があったので、1泊で。で、行った先ってほとんど知らない人ばかりだから、知ってる人いないからいいやと思って、それをきっかけにもうかつらなしでいこうと思って。で、すごい髪の毛が短かったから、久しぶりに会った仕事の関係での知り合いの人が「なんか髪の毛が…」みたいな感じでですね(笑)、目をぱちくりされたのはありますけど。「あ、うんちょっとね」って感じでなんか言った記憶がありますね。

乳がんの語り

抗がん剤で髪が抜け、かつらで仕事に行っていた。同じ課の人たちにはかつらや病気のことを話していたが、周囲は気を遣ったり、心配したりしているだろうと思った(音声のみ)

なるべくヘアスタイルは、前のと変わらないような感じでと思ったんですね。髪の毛が抜ける前に、抗がん剤治療をする前にですね、少しこう長めにしてたんですけど、長めっていっても今の、今ぐらいなんですけど、でもどうせ抜けてしまうんだから短くしておこうと思って、短くしたんですね。で、それで、抜ける前の、同じくらいのヘアスタイルだと思って、かつらを用意したんですけど、やっぱりかつらはかつらだから、どうしてもね、嘘はつけないですよね。
で、同じ職場でも知らない人たちもいたんですよね。私と同じセクションっていうか、同じ課の人たちにはこうだからって言ってたけど、別の人には言ってなかったので。でも、事務所で見かけたりするからですね、毎日会ってるから、「え、頭おかしくない?」って言われると思ったから、もう週末開けて月曜日に仕事に行ったときに、「実はこれかつらなんです」って話したんですよね。「こんな感じ、こんなことで、こういうわけで、抗がん剤して手術をするようになったので、これかつらだから、みんなに迷惑かけるけど」っていってお話しました。で、自分の職場っていうのが別棟になってて、本館があるんですけど、本館の職員っていうかな…の方には滅多に会わないので、行かない限り会わないので、なるべくそういった職員の多い建物のほうには行かないようにしてたんですね。でもやっぱり行かないといけないときもあって、よく私を知っている人とか、「なんかお前の髪型おかしくない?」とか、言うんですよ(笑)、なんにも知らないから。「どうしたと、そんなおばさんみたいな髪型して」とかって言って。
で、「似合っとろ、イメチェンしたと」とか言いながら話したんですよね。でも絶対みんな、なんかおかしいよねーと思ってたと思うんですよね。でももう、私は普段はかつらになってることは、ふと気が付いたら、「あ、そうだかつらだったんだ」って思うけども、みんなのほうが、周りにいるみんなのほうがやっぱ気を遣ったり、心配してるんだろうなあっていうのをなんか思ったんですよね。みんなに、なんか気を遣わせているなーとかですね、そういう思いをしてましたね。