プロフィール

インタビュー39

ゴッドフリー
事故当時:63歳
インタビュー時:77歳
総合診療医/大学教師。既婚、2子あり(1人は死亡)。 1995年、息子のエイドリアンは、列車に乗ろうとして致命的な外傷を受けた。何が起こったのか、詳細な情報を求めたが拒否され、審問では事故と評決された。怖ろしい悲劇だったが、いまも前向きな姿勢でこれに立ち向かっている。

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語りの内容(テキストのみ)

ご親戚についてお伺いしたいのですが、何人かいらっしゃいますか?

おります。兄弟姉妹が5人おりまして、姉妹2人に兄弟3人です。親戚のなかで今回のようなことが起こったのは初めてでした。ですからあらためて申し上げますが、息子に起こったことを受け入れるということはとてもできませんでした。エイドリアンは親戚中から何をやっても上手くいく本当の野心家に見られていました。そんな彼が突然かき消されてしまい、それがいともたやすく起こり得たということは誰にとっても非常に苦しいものでした。

あなた自身は医師からのサポートを受けましたか?睡眠などの助けは必要でしたか?

ええ、はい。同僚がどう反応するかというのは非常に興味深いと思いますね。何せ私自身も事故当時は、地元で30年ほど総合診療医として勤めていましたから、沢山の人を知っていてました。あなたのおっしゃる地元の診療医というのは、もちろん、私のまわりには多くの診療医がいるわけですが、そうですね、私にとってかかりつけの診療医というのはいなかったけれども、いやしかし、ひとりだけいて。ただ、その医師と私は面識もなく、私自身が医療ケアの受け手という立場では彼のことを知りませんでした。
けれども、私の職場のパートナーたちには非常に助けられました。私に休暇をくれ、それはもちろん私が勤めた大学の同僚全員も然り。その中の1人であった、突然に年若くして亡くなった人物が寛大に支えてくれましてね。息子が亡くなって数日経ってその彼が我々の様子を伺いにきてくれまして。私たちがちゃんとやっているかどうか気にかけてくれていたんですね。彼のしてくれたことは本当に、本当に素晴らしかった。

当時、他の方々からは何らかの形で助けを受けられましたか?カウンセリングなどの勧めはありましたか?

まあ、もちろん私たちはたくさんの友人がいて、いろいろなことを彼らに頼ったと思います。彼らは私たちの周りに集り、支えてくれました。医療関係の同僚以外では、友人の助けや支えを頼りとしましたし、彼らの多くは支援の手を差し伸べてくれました。けれども、いわゆる正式な機関へ連絡をするような必要性はなかったと思います。

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