プロフィール

インタビュー27

診断時:37歳
インタビュー時:38歳
2000年に乳がんの診断。乳房温存手術、放射線療法、タモキシフェン投与。

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語りの内容(テキストのみ)

病院ではたくさんのことを経験しました。私は自分が英語が分からないことを知っていますし、医師が来ても私とコミュニケーションをとることはできません。医師は私に話しかけることも、痛みがあるかどうかを聞くこともできないのです。病院スタッフの女性たちでさえ、私に「痛みはどうですか?」と聞くことができませんでした。
家の近所の人が私と同じように病気でその病院にいたのですが、病院スタッフは彼女には薬を与え、注射を打ちました。私はその場にいました。
朝、妹(姉)が来た時、病院スタッフは妹(姉)に話しかけました。私はとても驚いて言いました、「どうして?この女性と同じ病気なのよ。病院スタッフは彼女には薬をあげたのに、私には何もくれなかったわ。」そして私はこの病院で落ち込みました。口もききませんでした、だって喋れないのですからね。医師に何て言えばいいのでしょう?彼らは私に2、3日話をするだけで、何もくれませんでした。彼らはこう言ったのです、「家に帰るほかないですね、ここには場所がありませんから。」って。
この時、手術でできた胸の傷が再び開いていました。病院スタッフは時間を割いて傷口を縫合しようとはせず、家に帰るよう私に言いました。家に帰るとその傷はパックリ開いていたのです。私は泣きました。しかも傷は感染していました。病院に戻って胸のことを伝えた時、看護師たちは「感染はしていない」と言いました。だって、水が出てきていたのですよ。
私はただただ泣くばかりでした。それから主治医に会いに行きました。主治医はフランス出身なので、彼とはフランス語で話せるからです。診察を受けに行くと、彼は驚きました。
主治医は薬をくれました、抗生物質です。それに、主治医がいる病院の看護師はとても親切で、私を助けてくれました。主治医には私に薬を与えるように言い、私には毎日来て胸に薬をつけるように言ってくれたのです。

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