インタビュー時年齢:58歳(2014年11月)・女性
線維筋痛症の治療薬の治験(第何相かは不明・プラセボ対照試験)に参加を希望したが、募集定員に達したため参加できなかった。
首都圏在住。2009年ごろ、既存薬の線維筋痛症への適応拡大のための治験に誘われ、参加を希望。プラセボが含まれることや治験中は常用薬が飲めないことなどを不安に感じつつも、治験に向けて準備していた。その後、医師から枠がいっぱいで参加できなくなった旨を知らされ、拍子抜けすると同時に、今まで通り治療を続けられるのですごく残念ということもなかった。

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プロフィール詳細

中村さん(仮名)は、2005年9月16日に下腹部全体にしめつけられるような、腫れているような痛みを覚えた。様々な診療科を回っても原因がわからず、2009年8月にやっと線維筋痛症ではないかと言われた。その間にいろいろな薬を試したが、どれも効かなかった。当時通っていたクリニックの医師から、既存の疼痛治療薬の線維筋痛症に対する効果を調べる治験があるので参加するかと誘われた。この痛みがよくなればどんな方法でもいいという思いで、「受けたい」と答えた。

参加する際には、医師や派遣されたコーディネーター(CRC)から説明を受けた。薬自体は別の病気向けに承認されていたので不安はなかったが、プラセボを含む二重盲検法だったので、効果がある薬に当たるかわからないことが一番不安だった。自分が飲んでいる薬が実薬かどうかがわかるのはかなり先のことになるので、その間の治療がどうなるか、症状が悪化しないかということがとても気になった。「治験はいつでもやめられる」と言われたものの、これ以上つらい状況にはなりたくないと思った。また、治験に参加するには、今飲んでいる薬をいったんすべてやめなければならないことも不安要素だった。睡眠薬も飲めなくなるので、プラセボに当たったとすると治験期間中は自分に効く薬を何も飲まないことになってしまうのが心配だった。

治験に向けて、CRCがついてくれていたことはとても心強かった。こまめに電話で話すことができたし、毎回診察に付き添ってくれて、医師に聞きそびれたことを後で確認することもできた。主治医もそのCRCを信頼していたので安心だった。CRCからの説明で、治験に参加するための検査は指定の病院でしか受けられないことを知り、当時は仕事をしていたので日程の調整や移動距離のことを考えると大変だと思った。

CRCと何度も面談を重ねて準備を進めている間に、医師から「自分の勘違いで治験の枠はもういっぱいになってしまった」と告げられた。プラセボだったらどうしようなどといろいろなことを考えたり、飲んでいる薬を少しずつ減らしていったりと覚悟を決めていたのに、とても拍子抜けした。医師からも何度も謝られた。治験について丁寧に対応してくれたCRCに対しては、あれだけ手を煩わせてしまったのに申し訳ないようにも思った。参加できないことが分かったときは、残念という気持ちと、今までの治療が続けられるという気持ちが半々ぐらいで、いろいろな制限のことを考えると、どうしてもやりたいという気持ちは薄れていた。

治験参加には、主治医との信頼関係が前提としてあり、その上で治験のしくみを理解し、メリット・デメリットを考えるのだと思う。納得できないことがあっては始められない。CRCから丁寧な説明を受けられるかどうかを確認した方がよいと思う。また、治験に関係する検査を受けられる病院をもう少し自由に選べるとよりよいと思った。

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