インタビュー時:66歳(2018年4月)
診断時:51歳
診断名:拡張型心筋症、心不全、腎不全、脳腫瘍
首都圏在住の1人暮らしの男性。インタビュー時は無職。
2003年に拡張型心筋症と診断され、薬を服用し始めた。
2008年に脳腫瘍が見つかり、縁あって地方の病院で手術し、そのまま地方で療養中、心臓の薬を2カ月ほど切らせてしまったら、ひどい息苦しさと下半身のむくみが出現し、2010年都内に戻り、入院治療を受けた。
2017年頃から体重が徐々に増え、2度入院し治療を受けた。
医療者を含め、自分のことを気にかけてくれる人の存在が支えである。
プロフィール詳細
首都圏在住の1人暮らしをしている。2003年に息をするのがきつく感じるようになり受診。心臓が3割しか動いていないと言われ、心臓カテーテル検査を受け、拡張型心筋症と診断された。内服薬を処方され、症状は落ち着いた。2007年に脳腫瘍が見つかり手術を受けた。その後療養を兼ねて地方に住んでいた。2009年頃、病院が遠くなった関係で1-2カ月処方箋を取りに行けず、薬を休んでしまったら、再び息を吸うのが苦しくなり体が引きつるほどで、下半身にひどいむくみも出てきた。病院では、心臓カテーテル検査をしなければ判断がつかないと言われたが、前回、検査に時間がかかり、造影剤で体がカーッとなり、とても嫌だったことと、昔、職場の人で心臓カテーテル検査を受けて亡くなった人がいたことを理由に検査を拒否したため、治療が進まなかった。
病院を転々としているときに、たまたま出会った心臓専門の医師に、首都圏にある現在の病院を紹介してもらい、治療を受けることにした。付き添っていた身内には、「死んでもおかしくない状態だった」と説明されていたことを後で知った。むくみなどで72kgくらいあった体重が退院時には61kgまで減っていた。その後7年間は内服と食事制限で問題なく過ごしていたが、2017年になると、再び体重が増え始め、ある日、出先で苦しくなり、自力でタクシーを捕まえて受診した。この時の体重は再び72kgくらいになっていた。1週間ほど治療のために入院したが、退院1-2週間後、だるさなど同様の症状が出て再入院し、今度は2カ月以上治療を受けた。入院中にも同様の症状が出たことがあり、とにかくだるくて辛くて苦しくて、治療してもらってもこのまま耐えられるか不安だったが、医師や看護師が次々に声をかけながら、励ましてくれたことで何とか乗り越えることができた。
2017年の入院時には、不整脈が確認され、検査と治療目的で心臓カテーテル検査を勧められた。2010年からずっとこの検査を拒んできたが、その不安に対して、何人もの看護師たちがこれまで出会った患者さんの話や自分の家族の経験を教えてくれた。現場で検査に付いている看護師は検査の様子を話してくれた。看護師たちは押し付けるわけではなく、親身に相談に乗ってくれて、とうとう検査を受けることにした。今回の検査はほとんど苦痛を感じることなく無事に終えることができた。前回の心臓カテーテル検査から10年以上経って、機材も総合的によくなったこともあるが、医学的にどうこうだけではない医療者とのかかわりから得られる気持ちの問題は大きいと感じた。
2003年に心不全の徴候が現れる少し前までは日中に仕事をしていたが、仕事が変わって夜働くようになり、昼夜逆転の生活は大変だった。食事は、塩分制限が現在1日6gで、よく行く店では塩分を加減してくれるところもあるが、100%外食のため苦労している。最初に心臓が悪いとわかったときは、高をくくっていた。あのままちゃんと薬を飲んでいたら、違っていたかもしれないと思う。病状や治療については専門用語でなくてわかりやすい言葉で説明してもらっているが、あまり細かいことまで知りたくないし、医師に任せている。自分には親兄弟がいないので、友人や医療者との親しいつながりが感じられるような関係が支えとなっている。
病院を転々としているときに、たまたま出会った心臓専門の医師に、首都圏にある現在の病院を紹介してもらい、治療を受けることにした。付き添っていた身内には、「死んでもおかしくない状態だった」と説明されていたことを後で知った。むくみなどで72kgくらいあった体重が退院時には61kgまで減っていた。その後7年間は内服と食事制限で問題なく過ごしていたが、2017年になると、再び体重が増え始め、ある日、出先で苦しくなり、自力でタクシーを捕まえて受診した。この時の体重は再び72kgくらいになっていた。1週間ほど治療のために入院したが、退院1-2週間後、だるさなど同様の症状が出て再入院し、今度は2カ月以上治療を受けた。入院中にも同様の症状が出たことがあり、とにかくだるくて辛くて苦しくて、治療してもらってもこのまま耐えられるか不安だったが、医師や看護師が次々に声をかけながら、励ましてくれたことで何とか乗り越えることができた。
2017年の入院時には、不整脈が確認され、検査と治療目的で心臓カテーテル検査を勧められた。2010年からずっとこの検査を拒んできたが、その不安に対して、何人もの看護師たちがこれまで出会った患者さんの話や自分の家族の経験を教えてくれた。現場で検査に付いている看護師は検査の様子を話してくれた。看護師たちは押し付けるわけではなく、親身に相談に乗ってくれて、とうとう検査を受けることにした。今回の検査はほとんど苦痛を感じることなく無事に終えることができた。前回の心臓カテーテル検査から10年以上経って、機材も総合的によくなったこともあるが、医学的にどうこうだけではない医療者とのかかわりから得られる気持ちの問題は大きいと感じた。
2003年に心不全の徴候が現れる少し前までは日中に仕事をしていたが、仕事が変わって夜働くようになり、昼夜逆転の生活は大変だった。食事は、塩分制限が現在1日6gで、よく行く店では塩分を加減してくれるところもあるが、100%外食のため苦労している。最初に心臓が悪いとわかったときは、高をくくっていた。あのままちゃんと薬を飲んでいたら、違っていたかもしれないと思う。病状や治療については専門用語でなくてわかりやすい言葉で説明してもらっているが、あまり細かいことまで知りたくないし、医師に任せている。自分には親兄弟がいないので、友人や医療者との親しいつながりが感じられるような関係が支えとなっている。
インタビュー04体験談一覧
- 症状について子どもに話すように教えてもらった。医師を信頼して任せているので、細かい説明は聞きたくない(音声のみ)
- 患者と医師という関係に加えて、家族や友人に近い親しみのある関係性があればよい結果が得られるのではないか(音声のみ)
- カテーテル検査を嫌がっていたが、看護師が折に触れてあの手この手で説得し励ましてくれたので検査を受けた(音声のみ)
- 拡張型心筋症と診断された頃、昼夜逆転の仕事だったので、病院にも行けず薬も飲めなかったことが悪かったと思う(音声のみ)
- 心臓病の手術をした人がやっている中華屋で、自分の状況を伝えて塩分を控えてもらっている(音声のみ)
- 治療費では生活保護制度の医療扶助を受けている。倒れたときに自分で動いて手続きしたが、医療費の心配がなくなった(音声のみ)
- 専門用語 を使わず子どもに教えるように説明してくれるが、あまり細かいことまで知りたくない。先生に任せている(音声のみ)

